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Re: 社会主義のお話

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ヴェールヌイ社会主義共和国

なし Re: 社会主義のお話

msg# 1.9
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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/4/13 2:33 | 最終変更

スヴィトラーナ「エルツがプロイセンで、フランドル市民軍はパリの国民軍、フランドルの政府は国防政府・・・ちょっと展開が似てたわね」
ギンツブルク「ぐ、偶然でしょう・・・。ととと遠くから見れば同じように見えるが、近くから見ると細部が違う!
スヴィトラーナ「・・・まぁいいけど。さ、早く続きを話してちょうだい」

 

社会主義のお話
神話となったパリコミューン(後編)

 

【民主主義の拒否】

スヴィトラーナ「とりあえず、不審な点だらけではあったけど、プロイセンとの休戦後も、徹底抗戦を望んだパリの国民軍は存続したのね」
ギンツブルク「そうですね。ただししばらくすると、徹底抗戦派のガンベッタが国防政府を追われてしまいますし、続く国民議会選挙では、パリの期待とは裏腹に、地方部で得票を伸ばした守旧派が勝利します。そして、アドルフ・チエールを首班とする国民議会が、パリを避けてボルドーで成立し、パリの国防政府に取って代わってしまうのです」
スヴィトラーナ「うーん・・・こうなってくると、フランスの国内情勢は、反パリかつ反徹底抗戦へと向かわざるを得なくなってくるわね」
ギンツブルク「その通りです。事実、新政権の首班となったアドルフ・チエールは、プロイセンとの講和に向けた予備条約も締結しますからね。そして、守旧派を主力とする新議会は、ベルサイユに居を移し、対独講和の完結とパリの平定を急ぎ始めます」
スヴィトラーナ「平定といっても、数十万人の一般人が民兵化してるのを、上手く収拾できるのかしら」
ギンツブルク「ぇぇ、パリの方も黙ってはいなかったですね。前回「国民軍の指導者たちが、国防政府を非難して兵士たちに蜂起を呼びかけた」という話をしましたけど、国民軍の指導者たちは、なんとか抵抗を組織化しようと、これをもう一度試みました」
スヴィトラーナ「ふーん。けど前回は民衆にそっぽ向かれたのに、同じじゃないの?」
ギンツブルク「このことについて、マルクスは以下のように語っています」

国民軍は自らを再組織し、旧ボナパルト派の若干の残存部隊をのぞく全部隊によって選出された中央委員会に最高指揮権を委ねた。

スヴィトラーナ「へぇ、一応再組織化できたんじゃない」
ギンツブルク「この記述そのものは、歴史的事実に基づいたものです。ただし、国民軍の中央委員会に最高指揮権を委ねるという行為が、はたして何を意味しているのかということは良く理解しておく必要があります。結局のところ、その行為は、一都市の民兵組織が、普通選挙に基いて合法的に組織された議会を否定したってことです」
スヴィトラーナ「選挙に負けたから、武力に訴えるみたいなことかしら」
ギンツブルク「極端に言えばそういうことですよ。名実ともに非合法化してしまいました。ちなみに、勿論と言うべきか、これら一連の動きの背後には第一インターナショナルからの働きかけがあったわけです。この働きかけがなければ、パリコミューンが生まれることもなかったと言えるでしょう」
スヴィトラーナ「その働きかけには、前回と違って民衆は賛同してくれたってわけ?なぜかしら」
ギンツブルク「何度も言うように、当時の民衆層が民主主義や社会主義といった思想に共鳴したなんてことはありません。実際問題として民衆層を刺激したのは、ベルサイユに居を定めた合法的な新政権が、家賃の支払い猶予を停止したうえ、国民軍兵士の日当を原則的に廃止したことなんです。パリの民衆にとっては、思想や主義主張がなんであれ、兵士日当の廃止は死活問題です。逆に、だからこそ新政権の側は、日当を廃止することで、カネ目当てで国民軍に参加する者は激減するだろうと考えました。明らかに、パリ国民軍の武装解除を進めるための政策だったわけです」
スヴィトラーナ「けどそれも、民主的な手続きを経た政権のいうことには変わりないんだものね。それを拒否してしまうということは、その後が大変なことになりそう」

【パリの一時的勝利とコミューン議会】

ギンツブルク「かくして、1871年3月18日がやってきます。この日の早朝、政府側は、国民軍が所有する227門の大砲を接収しようと、モンマルトルの丘に軍を進めます。ですが、これに対して号鐘に呼び覚まされた群衆(女性も多かった)が、政府軍の動きに敢然と抵抗したのです。ちなみに、マルクスによると以下のようになります」

3月18日の夜明け、パリは『コミューン万歳!(Viva la Commune!)』という雷鳴のような叫びで目をさました。

スヴィトラーナ「雷鳴のような叫びを起こそうと思ったら、その前に人々が目を覚ましてないといけないんじゃないの
ギンツブルク「言わないお約束です。ともあれ、この日の朝、パリの民衆は蜂起の呼びかけに応えたのです。ただそれで激闘が開始されたわけではないですけどね。政府軍の兵士たちははじめから戦意を欠いており、あっさり投降したばかりか、パリの民衆に共感する者さえ現れる始末でした。その結果、政府軍の指揮官は直ちに群衆に捕らえられ、その日の内に銃殺されてしまいます」
スヴィトラーナ「なにそれよわっ!」
ギンツブルク「この事態に慌てた政府は、全部隊に対してパリからの退却を指示せざるを得ませんでした。そして、日が暮れるころには、市庁舎に集結したパリ国民軍の中央委員会が、図らずも首都の支配権を掌握することとなったのです。正当な自治政権を組織する必要に迫られた中央委員会は、翌19日、いわゆるコミューン議会のための選挙を、同月の26日に実施すると発表しました。そして予定通りに投票が行われ、当初の92議員が選ばれました。著名人としては、裕福な地主の家に生まれた画家のクールベが、第六区選出議員として、その中に含まれていましたね。ちなみに、マルクスによると以下のようになります」
スヴィトラーナ「またでた」

コミューンは、フランス社会の健全な要素を真に代表し、したがって真に国民的な政府だったのだが、しかしそれと同時に労働者の政府として、労働を解放する大胆な戦士として、まさに国際的であった。

ギンツブルク「ま、コミューン議会のメンバーは、労働者層の議員は間違いなく半数未満だったんですけどね」
スヴィトラーナ「ちょっと何言ってるかわかんないわね」
ギンツブルク「しかも、コミューン議会選挙の投票率は異様に低くてですね、47%強に過ぎなかったんですよ」
スヴィトラーナ「あら、やっぱり民衆は無関心だった?」
ギンツブルク「というよりも、有権者の多くがパリを脱出してしまっていたんですよ。18日以後、富裕層や官吏を中心に、多くの人々が動乱や混乱を恐れて、続々とパリから逃れていきました。(主にベルサイユへ)要するに、自治政権の樹立に反対する人々は、そもそも投票していなかったということになりますね。あ、あと付け加えると、有権者でいえば47%ですが、住民の人口比でいくと13%弱の民意で成立した感じになります」
スヴィトラーナ「なんだか目眩がしてきたわ」
ギンツブルク「それでもマルクスによれば『国際的』『真に国民的な政府』なんですってさ」
スヴィトラーナ「もうやめて・・・」

【あっけない崩壊が意味するもの】

ギンツブルク「何にしても、選挙二日後には、市庁舎前広場に集まった人々を前に、中央委員会のメンバーでもあるランビエ議員が、パリの自治を担う政権が誕生したことを高らかに宣言しました。ちなみに、その時響き渡った歌声は、いつもと同じフランス国歌(La Marseillaise)でした。あ、ここでまたマルクスの言葉を紹介します」
スヴィトラーナ「ちょっ!やめてって言ってるでしょ!」

旧世界は、労働共和国の象徴である赤旗が市庁舎の屋上にはためくのを見て、怒りの発作に身悶えしたのである。

スヴィトラーナ「社会主義や共産主義を象徴する旗なんだから、それでいいじゃないの!なにか文句あるの?!」
ギンツブルク「いや、たしかにパリコミューンは赤旗を標識にはしていたんですけど、別に『労働共和国の象徴』であるが故に採用したものではないので・・・。逆に、マルクスがそう言ったから、その意味で有名になったという方が正しいですね。第一インターナショナルにしても赤旗を標識にしてたわけじゃないですし、赤旗自体は労働者階級が形成される以前から存在していましたしね。現代の私達の感覚で、この赤旗を見ては、認識がズレるということです」
スヴィトラーナ「ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!」
ギンツブルク「さて、そろそろ終盤です。承知の通り、パリコミューンは5月21日から28日の『血の一週間』によって幕を閉じます。けど、実は内部崩壊は4月の初旬からはじまっていました。実際、パリの国民軍も離脱者が続出したことで、その頃には兵力が激減していました。前年に国民軍の勢力が急拡大したのは、あくまでも祖国防衛という愛国的な動機に支えられてのものだったからです」
スヴィトラーナ「よく考えてみれば、数十万の国民軍を一週間で制圧ってすごいものね」
ギンツブルク「そうです。このとき、政府軍の兵力は13万、パリの国民軍は多く見積もっても約3万でした」
スヴィトラーナ「減りすぎぃ!」
ギンツブルク「数ヶ月前には兵力30万を数えたパリ国民軍の兵力は十分の一以下になっていたのです。この事実を直視すれば、パリコミューンに対する民衆の支持は、早々に失われていたと見るのが自然でしょう。要するに、社会主義者の大衆煽動は、完全に失敗に終わったということです」
スヴィトラーナ「南無三」
ギンツブルク「後に残ったのは、膨大な数の犠牲者だけでした。ちなみに、パリを殲滅し、2万数千人を虐殺した政府軍兵士の中には、パリ鎮圧に動員させることと引き換えにドイツ軍が解放したフランス人捕虜も含まれていたということです」
スヴィトラーナ「なんもいえねぇ」
ギンツブルク「口調おかしいですよ」

【エリートの犠牲になった民衆】

ギンツブルク「第一インターナショナルを始めとする社会主義勢力は、当初、素朴な愛国心を巧く利用することで、パリコミューンに対する民衆の支持を集めることに成功したのは事実ですね。結局、一般大衆を煽動して、一時的な喝采を演出するためには、単純かつ常識的な価値観に訴える手法が常に最も有効なんでしょうね」
スヴィトラーナ「逆に言えば、当時の民衆には社会主義や共産主義なんて、ほとんど別世界の関心事だったということなのね」
ギンツブルク「そうですね。そういう時代でした。それにも関わらず、労働運動の指導者や社会主義者たちは、パリコミューンに乗じてフランスの他の都市(マルセイユ、リヨン、トゥルーズ、ナルボンヌなど)でね同様の自治政権を樹立しようと画策しました。ことごとく失敗しましたけどね。パリコミューンの動きは地方住民からも共鳴されなかったと見ることもできるでしょう」
スヴィトラーナ「これに巻き込まれたパリの住民たちって、とても不幸だったということなのね」
ギンツブルク「マルクスは、パリコミューンの犠牲者について次のように述べています」

パリの住民が、ヴェルサイユ軍の進入後8日にわたって戦った際に示した自己犠牲的な英雄精神は、彼らの大義の偉大さを反映しているのだが、それと同様に、軍人たちの鬼畜行為は、彼らをその雇われ復讐者にしている文明に固有の精神を反映している。

ギンツブルク「あえて問います。パリの住民は、誰の犠牲になったというのでしょう
スヴィトラーナ「それは・・・」
ギンツブルク「頭脳明晰なマルクスは、犠牲者に対して「英雄」だの「大義」だの「偉大」だのといった美辞をちりばめておくことを忘れていません。ですが、事実を直視してください。近代的な初等教育を受ける機会のなかった多くの人々が、自分たちとは無縁の学識をもつ人々に乗せられて、結局は殺された挙句、偉大なる英雄として奉られ、後々まで・・・そう、現代まで宣伝材料に供されることになったのです」
スヴィトラーナ「けど・・・それでも私たちは・・・そう、この一事例で、社会主義的な理論や知見が否定されるわけじゃないわ。現実の歴史は、理屈どおりにいかないものだって、そう思う」
ギンツブルク「・・・マルクスにしても、理論家や思想家であったと同時に、一つの時代の中で行動せざるを得なかった生身の人間だったということですね」
スヴィトラーナ「ちょっとショッキングな話だったけれど、歴史を客観的な事実に基いて冷徹に見る大切さが、なんだか少しわかった気がする」
ギンツブルク「19世紀後半という時代を、パリコミューンという出来事だけで意味付けしてはいけません。同じ頃、労働運動の先進地であるイギリスでは、マルクス流の革命思想とは別種の、非革命的な社会改良主義が台頭していました。また、第一インターナショナル自体も内部分裂を余儀なくされ、1872年9月には、事実上その幕を閉じることになりました」
スヴィトラーナ「あ、話つづく感じ?」
ギンツブルク「イギリスの社会帝国主義は―」
スヴィトラーナ「あーあーあー!今日はもうおしまい!疲れちゃったわ」
ギンツブルク「ぇー・・・」
スヴィトラーナ「昔話してる暇があったら、私達の純粋社会主義をいかに成功させるかを考えなさいギンツブルク同志!あなたの好きな昔話に学んで活かすのよ!」
ギンツブルク「じゃあ是非党幹部にしてください」
スヴィトラーナ「却下します!」
ギンツブルク「ぇー・・・」

パリコミューン編 完

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