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Re: 社会主義のお話

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ヴェールヌイ社会主義共和国

なし Re: 社会主義のお話

msg# 1.8
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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/4/3 21:04 | 最終変更

社会主義のお話
神話となったパリコミューン(前編)

1871年3月18日~5月28日の72日間にわたり、パリに樹立された革命的自治政権。普仏戦争にフランスが敗れた際、パリで小市民・労働者が民衆軍を結成し、臨時政府・議会に対抗して組織。敵国プロイセンの支援を受けた政府軍の攻撃により「血の一週間」の戦闘後壊滅。マルクスが高く評価し、その後の社会主義運動・理論に影響を与えた。
『広辞苑』第六判「パリコミューン」

国防政府のプロイセンとの和平交渉に反対し、同時期にフランス各地で蜂起したコミューン(la Commune)のうち普仏戦争後の1871年3月26日に、史上初の「プロレタリアート独裁」(マルクス)による自治政府を宣言した。このパリ・コミューンは約2ヶ月でヴェルサイユ政府軍によって鎮圧されたが、後の社会主義、共産主義の運動に大きな影響を及ぼし、短期間のうちに実行に移された数々の社会民主主義政策は、今日の世界に影響を与えた。
wikipedia日本語版「パリ・コミューン」より抜粋

 

【マルクスによる栄誉】

スヴィトラーナ「なんでここに広辞苑があるのかわからないけど、概要はわかった。これもまた画期的な出来事だったのね」
ギンツブルク「しかしですね、このパリコミューンというのは、机上の社会主義思想と、社会主義の歴史的現実の落差を振り返るには最も適した題材でもあるんです」
スヴィトラーナ「そうやってまた社会主義の幻想を打ち砕こうとするのね・・・」
ギンツブルク「議長同志、「幻想」って自分で言っちゃってますよ。まぁその、パリコミューンは、何万人もの一般庶民を犠牲にしたという意味では重要な出来事でした。ですけど、これだけはあえてはっきり言わせてください。1871年のフランスで、一般の賃金労働者が自らの意思で革命政権を打ち立てるなど、絶対に、ぜっっったいにありえません!
スヴィトラーナ「ぇえー!だって辞書にはそう書いてあるじゃない!あなたなんなの!?ちょっと反社会主義が過ぎるんじゃない?」
ギンツブルク「と、とんでもありません!社会主義の価値そのものは否定されるはずがありません!ですから私は、逆に社会主義の真価を知るためには、古い神話的呪縛から離れて歴史を見直すべきだと申し上げているのです!パリコミューンは、神話化されてしまったものの代表なんですよ!」
スヴィトラーナ「(´;ω;`)そんな大っきい声出さなくてもいいじゃん・・・」
ギンツブルク「ぇ、あ、え・・・」
スヴィトラーナ「いいから続けて・・・」
ギンツブルク「は、はい・・・(やりにくい)パリコミューンの名は、高校の世界史教科書にも登場することもありまして、広く知られている有名な出来事です。1990年台に始まる学習内容の大幅な削減にもかかわらず、パリコミューンの語は、薄っぺらになった教科書にも残すに足る重要事項だと見なされているのです」(もちろん日本の話ですよ)
スヴィトラーナ「だから重要なのは間違いないんでしょ」
ギンツブルク「マルクスは1871年に執筆した「フランスの内乱」の中で、パリコミューンを賞賛し、次のように述べました」

労働者のパリ、ならびにパリコミューンは、新たな社会の光輝ある先駆者として永遠に讃えられるべきであろう。その殉教者たちは、労働者階級の偉大な胸の内に大切に祭られている。

ギンツブルク「マルクスの筆によって、パリコミューンは「永遠に讃えられる」べき栄誉を授けられ、以後の労働運動や革命運動に大きな影響を与えるようになりました。ですがこの「フランスの内乱」なる著書は、「資本論」などとは異なり、教養書や学術書ではなく、政治的意図に満ちた文書です。実際ですね、フランスで出版されているフランス史の本を見ても、パリコミューンは特に大きな扱いをうけていませんからね」
スヴィトラーナ「ぇ、そうなの?誇りそうなものなのに」
ギンツブルク「客観的な事実として、首都だけで起こった72日間の出来事に過ぎないんですよ。それではパリコミューンを取り巻く歴史的事実について、相対的な視座から振り返ってみましょう」
スヴィトラーナ「やだ振り返りたくない・・・」

【普仏戦争】

ギンツブルク「1870年7月19日、ナポレオン三世統治下のフランスは、プロイセンに宣戦布告しました。いわゆる普仏戦争の勃発です。この戦争の引き金はご存じですか?」
スヴィトラーナ「詳しくはないけど・・・たしかスペイン王家の継承問題よね。だから(中の人が)王政国家はやりたくないのよ。おんなじ人間に身分も何もないのに、みっともないわ」
ギンツブルク「まぁ根底には、ドイツ統一を目指すプロイセン王国と、それを阻止しようとするフランスとの葛藤があったんですけどね。ナポレオン三世にすれば、ドイツが統一されて大国化するのは、重要な懸念事項だったということです」
スヴィトラーナ「そんな他者の都合で、分断されている国はいまでもあるものね」
ギンツブルク「マルクスは、「万国のプロレタリアよ団結せよ!」と叫ぶ一方で、普仏戦争に反対しませんでした
スヴィトラーナ「それはおかしいわね。社会主義や共産主義の思想は、単なる国家指針ではないのよ。国境を超えた世界観ですし、戦争の廃絶も重要な目的なんだから」
ギンツブルク「マルクスもその目的を否定したわけじゃありません。しかし、その目的を達成するには、あらゆる現実的な戦略を駆使して、まず革命を起こすことが先決だと考えたんです。そのためには、戦争すら手段のひとつに過ぎなかった・・・事実、マルクスは普仏戦争でプロイセンを支持しています
スヴィトラーナ「パリコミューンを賞賛したのに、その弾圧を支援したプロイセンを戦争では応援していたっていうの?!」
ギンツブルク「その通りです。マルクスは、ドイツ諸邦が統一されて、ひとつの大きな国民国家になるほうが、大規模な階級闘争を展開しやすいと考えたんです。だからといって、この考え方が、フランスの社会主義者や労働者たちの共感を得られるでしょうか?」
スヴィトラーナ「得られるわけないわよね・・・」
ギンツブルク「まぁ、そうなりますね」

【パリコミューンへの動き】

ギンツブルク「ともあれ、普仏戦争は、ドイツ諸邦を味方につけたプロイセン側が、7月の開戦直後からフランス側を圧倒し、ナポレオン三世自身も、セダンの戦いに破れ、捕虜として収監される破目になります。この知らせがパリに届くと、激怒した民衆が暴徒化し、ブルボン宮殿(現在の国民議会議事堂)を占拠してしまいました。そして、その場で演壇にたったレオン・ガンベッタが帝政の失効を宣告すると、共和派の代議士たちはパリ市庁舎に集まり、そこで共和国及び国防政府の樹立を宣言したのでした」
スヴィトラーナ「ナポレオン三世・・・哀れなものね」
ギンツブルク「ここからパリコミューンに向けた一連の動きがはじまることになります。頭脳明晰なマルクスがこの機会を見逃すはずがありません。普仏戦争の勝敗が確定的となり、ドイツの統一が時間の問題になると、もうプロイセン側を支持する理由はなにもありませんから、次なる課題は、このパリでの動きを、いかにして自身の戦略に結びつけるかということになります」
スヴィトラーナ「なんだかマルクスが怖くなってきたんだけど」
ギンツブルク「このような次第で、マルクスはプロイセンの領土割譲要求を非難するとともに「フランスの内乱」の冒頭で次のように述べることとなるのです」

1870年9月4日、パリの労働者たちは共和政を宣言した。それはほぼ即座にフランス全土で、一つの異議の声もなく歓呼の声で迎えられた。

ギンツブルク「なんて言ってますけど、ガンベッタ自身は富裕商人の息子であって、労働者でなければ労働者階級の出身でもない。しかも、このフランス人の「歓呼の声」とやらも、愛国的な感情に煽られたものではあるでしょうけども、社会主義や共産主義の思想に基づいたものではありませんからね。実際、ガンベッタの主張はプロイセンに対する徹底抗戦だったんですよ」
スヴィトラーナ「主導者が労働者階級でなくたって、一般大衆も含む、国民が一致団結して共和政を支持したっていってるんだから良いじゃないの」
ギンツブルク「冷静に考えてみてください。まだ初等教育も始まっていなくて、第一次産業で生計を立てる国民が過半数を大きく超えていた時代に「ひとつの異議もなく「歓呼の声で迎えられた」訴えって、一体なんなんでしょうね?」
スヴィトラーナ「それは・・・」
ギンツブルク「まぁ、ともあれです。二週間も経つとプロイセン軍の包囲にパリも危うくなってきます。これに対する国防政府の態度は、(ガンベッタの意思はともかくとして)徹底抗戦を望むパリ市民の期待に応えるものではありませんでした。どのみち敗戦濃厚なのですからね。そうなってくると、国防政府はむしろ敵軍よりもパリ民衆の方に懸念を募らせていくことになります」
スヴィトラーナ「なんだかあっけない展開ね。信念ってものが足りてないのよ!」
ギンツブルク「もっとあっけない話が後編にありますのでお楽しみにしてください」
スヴィトラーナ「ぇぇー・・・」

【国民軍結成】

ギンツブルク「そんな経緯で、パリでは自主的に祖国を防衛しようという機運が高まり、国民軍への志願者が急増していました。ちなみに当時のパリでは、国民軍のメンバーだけが武装していたようではないようでして、一説によると、国民軍も含めて武装した住民の総計は 約50万人に昇ったとか。現実として、数十万人の一般人が民兵化していたのです」
スヴィトラーナ「理由や意図はわかるけど、それでも異様な光景だったでしょうね」
ギンツブルク「この想定外の事態に対して、国防政府の樹立を宣言した代議士たちでさえ、強い警戒感を抱かざるを得ませんでした。パリの状況は極度に緊迫していたと言えるでしょう。マルクスは、国防軍を賞賛する一方で、国防政府を強く非難していました。その解釈はかなり戦略的なものでしたが」
スヴィトラーナ「戦略的なもの?」
ギンツブルク「歴史的事実に照らす限り、国民軍の一般兵士が政治的な革命意識を強く抱いていたとは考えにくいんです。実際、国民軍の指導者たちが、国防政府を非難して兵士たちに蜂起を呼びかけますが、民衆層はまったく反応しなかったので、空振りに終わっています。マルクスが著した「フランスの内乱」は、この客観的事実に関して、明確に言及を避けています」
スヴィトラーナ「労働者たちの功績のように賞賛していたのに、革命に無反応だったというのは確かに都合が悪いわね」
ギンツブルク「そんなこんなで、ドイツの再統一が宣言されると同時に、フランスの国防政府はプロイセンとの休戦協定に応じてしまいます」
スヴィトラーナ「けどそれには民衆は怒りだすんじゃなくて?徹底抗戦を望んでいたって言ってたわよね」
ギンツブルク「ですので、この際パリに関しては、武装した民衆を刺激しないようにということで、一種の例外的な処置が取られました。パリの国民軍は、自ら二億フランの賠償金を支払うことと引き換えに、その武装解除を免れたんです」
スヴィトラーナ「ぇ!?どういうこと?」
ギンツブルク「不可解ですよねぇ。しかも一体どこからそんなお金が出てきたんでしょう?もちろん、困窮する庶民たちが払ったわけではないでしょうから・・・?」

(後編に続く)

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