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Re: 社会主義のお話

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ヴェールヌイ社会主義共和国

なし Re: 社会主義のお話

msg# 1.13
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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/10/25 13:48 | 最終変更

ドイツ系社会主義国が爆誕してたので今回は急遽ドイツ編です

ギンツブルク「サロートさんも退任ですか・・・って、スヴィトラーナ同志はいつまで政治に首突っ込み続けるつもりなんですかねぇ・・・」
スヴィトラーナ「新首相のシェレストって奴、私昔から嫌いなのよね。他人行儀だし、なーんか周りを見下してるところがあるっていうか・・・新興国と仲良くやってくれるか心配だわ。まだまだ私も頑張らないとってことよ!」
ギンツブルク「ぇぇぇ・・・はやく引退してくださいよ。何年経ってると思ってんですか・・・婚活してるっていう噂も聞きましたが」
スヴィトラーナ「このあたくしが婚活なんてする必要があると思ってるの?」
ギンツブルク「そうですねぇ、共和国は民主主義の国ですから誰にも選ぶ権利というものがあるので、同志は厳しいものがあったかもしれないですねぇ」
スヴィトラーナ「オマエコロス!!!!民主化なんてしなけりゃよかったわ!!!!」
ギンツブルク「なにを仰います。社会主義の必須要件が民主主義のはずなのに、実際はそうじゃない国ばかりですから、共和国は経済体制を除いては、やっぱり東側の社会主義国というより、西側の社会民主主義国に限りなく近いんでしょうねぇ」
スヴィトラーナ「ぅー・・・けどさぁ、うちは別としても、やっぱり議会政治の中で本来の(資本主義打倒の為の)社会主義を実現することは不可能だと思うのよね。社会主義革命と民主化がはじめから一緒に来れば良いのにね」
ギンツブルク「一緒に来たからって本来の社会主義が実現できると?現実はそうでもないですよ」
スヴィトラーナ「あら?過去にそんな例あったかしら?」

 

社会主義のお話
ドイツの社会民主主義

 

ギンツブルク「あー・・・タイトルに出ちゃってますから言いますけど、今回はドイツのお話です。そーいえば、貿箱ってドイツ系の国多いですよね。タイムリーにドイツ系社会主義国も建国されたところですけど、仲良くできそうですか?」
スヴィトラーナ「どうかしらねぇ。ドイツ系が多いのは「世界一ぃぃぃぃ!!!」ってことなんでしょ。あたし達も東独モチーフ多いんだから他人事じゃないってのー。それで、ドイツは社会主義と民主化が同時に来たの?」
ギンツブルク「ドイツといえば、マルクスやエンゲルスの母国でもあるわけですけど、ドイツの左派は、マルクス主義よりもむしろ社会民主主義を発展させたんです」

民主化の遅れた国

ギンツブルク「ドイツ諸邦が一つの国家として統合され、ベルリンに中央政府が誕生したのは、明治維新より遅く、1871年のことでした」
スヴィトラーナ「あら、そんなものなのね。意外だわ」
ギンツブルク「まぁ、そこで成立したドイツ第二帝国は、多くの君主邦の連合体に過ぎませんでしたけどね。バイエルン王国やバーデン大公国、アンハルト公国やヴァルデック侯国などが、それぞれ個別の君主邦であり続けたまま、プロイセン王国の主導で連邦国家を結成したわけです。近代的な統一国家の成立が遅かったドイツは、イギリスやフランスと比べて、民主化の進展も後発でした」
スヴィトラーナ「で、1871年の中央政府誕生で議会政治になったってわけなんでしょ?」
ギンツブルク「ところがどっこい、1871年の憲法で設けられた帝国議会は、男子普通選挙を通じて構成されてこそいましたが、権限は与えられていませんでした。しかも、議員報酬の制度がなかったので、無給でも困らない富裕層ばかりが代議士になり、一般庶民は被選挙権を奪われているも同然の状態だったんです。しかも、帝国内の各邦政府が任命した代表者からなる連邦参議院の方が、選挙で構成される帝国議会よりも大きな権限を与えられていました」
スヴィトラーナ「腰砕けな内容なのね」
ギンツブルク「それどころか、連邦参議院の上には皇帝と帝国宰相が君臨していましたから、完全に君主統治です」
スヴィトラーナ「社会主義運動不可避だわ!!」

同時期に発生した民主化と社会主義運動

ギンツブルク「統一期のドイツにも、社会主義運動は存在していたんですけど、その構成員は労働者や労働組合員ではなく、むしろ知的エリート層でした。社会主義運動が労働運動に先行したパターンです」
スヴィトラーナ「あら、イギリスと対照的ね感じなのね」
ギンツブルク「その一方で、この社会主義運動とは別に、民主主義運動も登場していました。英仏よりも近代国家の形成が遅れたドイツでは、民主化運動と社会主義運動が一緒にやってきたわけなんです」
スヴィトラーナ「ふーん・・・ん・・・ひょっとして戦前の日本も少し似てる?」
ギンツブルク「いずれにしても、些細な点を無視して、あえてまとめてしまうと、社会主義運動と民主主義運動が一緒にやってきたドイツで発展したのが、社会民主主義だということなんですね」
スヴィトラーナ「ちょっ、それはさすがに強引すぎるでしょ!!私も少しは知ってるのよ。ドイツの社会民主党は、別に民主的な議会政治を目指していたわけでもないし、よくある社会主義の一派だったじゃない。それに、民主主義と社会民主主義は、違う系列で生まれてきたものでしょ?だから単純に合体するわけないでしょーよ!!」
ギンツブルク「チッ・・・」
スヴィトラーナ「なんで舌打ちしたー!?」
ギンツブルク「いや、たしかにその通りなんですが、それでもですよ。当時のドイツでは、帝政や君主政治に対抗するという一点において、社会主義と民主主義が、社会民主主義の旗印のもとで共闘、あるいは混淆する余地を持っていたんですよ」
スヴィトラーナ「・・・そういうものなの?んー・・・まぁけど、皇帝や君主側からしてみれば、社会主義だろうが民主主義だろうが社会民主主義だろうが、ぜーんぶ同じ反体制思想ではあるから、そういうこともあるのかしらね」
ギンツブルク「そういうこともある、というより、そっちの方が多いですよ」
スヴィトラーナ「そうだっけ?」
ギンツブルク「ぇぇ、ドイツが例外というわけではけしてないんです。むしろ、いち早く市民革命を経験したイギリスやフランスの方が、世界的には希有な例外だといえるでしょう。アジアやアフリカや中南米を始めとして、世界中の大半の国では、後発的な近代化の中で、社会主義と民主主義が一緒くたに輸入されました。そういった国では、資本主義もまた、民主主義や社会主義と同時並行で輸入されることになりました。地球上に暮らす大部分の人間にとって、それが現実の歴史経験なんですよ」
スヴィトラーナ「まぁ言われてみればそうかも・・・ぇ、この場合ロシアはどうなるの」
ギンツブルク「あれもイギリスとフランスとは逆の意味で完全に例外中の例外、ただの特殊事例ですよ。民主化が国民的な高揚を見せる前に、一握りの社会主義者によって革命運動が持ち込まれた。で、市民革命も普通選挙も共和制も経験しなかったロシア帝国で、いきなり社会主義革命が勃発したと。まぁ民主化の過程を昇華するような形で社会主義革命が現実化したとでもいうんでしょうかね」

ドイツ社会主義労働者党

ギンツブルク「歴史上の出来事でイエバ、ドイツにおける社会民主主義は、1875年を転機に本格的に動き出しました。ラッサール派の全ドイツ労働者協会(ADAV)と、アイゼナハ派の社会民主主義労働者党(SDAP)とが、ゴータ市で合同大会を開き、両派が大同団結してドイツ社会主義労働者党(SAPD)を結成する綱領を採択しました。(ゴータ綱領)この政党は、1890年にドイツ社会民主党(SPD)に改称し、ドイツの政治の中で大きな役割を演じ続けることになるわけですね」
スヴィトラーナ「ぉーそれがSPDなんだぁ。・・・ところで私、ラッサール派とかアイゼナハ派とかよくわかんないんだけど、なんで一致できたわけなの?」
ギンツブルク「まずラッサール派ですが、これは革命路線に関してマルクスと対立したフェルディナント・ラッサールに影響をうけた人々の集団です。ラッサール本人は女性関係のもつれに起因する決闘で1864年に39歳で世を去りましたが・・・」
スヴィトラーナ「女性を巡って決闘なんてカッコイイわね」
ギンツブルク「(そこはありなのか)他方、アイゼナハ派の中心人物は、共にマルクス主義者のアウグスト・ベーベルとヴィルヘルフ・リープクネヒトでした。マルクス主義で考えると対立する両者でしたが、帝国宰相ビスマルクの反社会主義政策に対抗するという点で一致したんです」
スヴィトラーナ「細部は違えど、もっと大きな敵の敵は味方ってことよね。熱いものがあるわ」
ギンツブルク「(それもありなのか)マルクスは、没後に公刊された『ゴータ綱領批判』に見られる通りこの合同大会で採択された党綱領に極めて批判的でした。ゴータ綱領が、革命による刷新ではなく、合法的な手段を用いた自由な国家の実現を謳っていたからです」
スヴィトラーナ「それはわからなくもないわね。だって帝政ドイツは君主邦の連合体なんだから、その中で合法的な手段で運動するということは、既存体制への恭順だって言われたって仕方ないことじゃないかしら」
ギンツブルク「しかし、君主制や帝政の下にある国で運動するからこそ、いきなり革命主義を持ち出すことのほうが非現実的だとも言えちゃうわけなんですよね。普仏戦争を契機に、敗戦国フランスで君主制や帝政が歴史から姿をけした一方で、戦勝国の側では、プロイセン国王ヴィルヘルム一世が皇帝に就任し、帝政ドイツの歴史がはじまったという時代背景を、十分考慮してあげないといけません」
スヴィトラーナ「むむむ・・・」
ギンツブルク「実際、アイゼナハ派に属していたエドアルト・ベルンシュタインにしても、労働運動の先進地イギリスの事情を知るようになると、革命主義に疑問を抱くようになり、いわゆる修正主義の論陣を張るようになりました。民主的に組織された公権力こそが、資本主義的な搾取の源泉である民間の営利活動を厳しく統制し得るという理屈になったわけです。当初、この考え方は、ベーベルやカウツキーらによって非難されましたが、それでもベルンシュタイン流の現実路線は少しづつ、時に第一次世界大戦以後ということになりますが、大きな影響力を獲得していきました」
スヴィトラーナ「なるほど・・・ソ連が解体された今になっても、ヨーロッパの多くの国で政治勢力の一翼を力強く担ってるわけだものねぇ・・・」

つづく

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