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香麗民国 | ||
고려민국 | Republic of Goryeo | |
国旗 国章 | ||
標語 | 弘益人間 | |
国歌 | 愛国歌 | |
公用語 | 韓国語・日本語・中国語 | |
首都 | 京城府 | |
政治体制 | 民主共和制 | |
政府 | 総統 | 崔柄一 |
首席長官(首相) | 全世垠 | |
成立 | 779年3月15日(28053期) | |
建国 | 434年6月(朴氏龍鮮王国建国) |
概要
香麗民国はフリューゲルの「東方」地域の中夏地域から突き出した龍鮮半島を統治する共和制国家である。
北は中夏人民共和国と国境を接し、香麗海(秋津海)を隔てて秋津地域が存在し、その向こうに石動地域が存在する。
住民は朝鮮民族の流れである香麗民族が半数以上を占める他、中夏・秋津・石動といった周辺国民も多く暮らしている。
そのため、韓国語が第一公用語、中国語・日本語が第二公用語とされている。
朴帝室と締結された「旧大幹帝国帝室特別礼遇条約」により「龍鮮王国」「大幹帝国」「大和寧帝国」の後継国家として成立した。
国家元首及び行政長は「総統」(President/총통)であり、首相に相当する「首席長官」率いる各部の長官が執行を担当する。
立法府としての議会、司法府としての最高裁判所以下、下部の裁判所が設置されている。
※現在は三民主義の「軍政・訓政・憲政」の三段階期における「訓政期」として香麗国民党が政府を指導しているが、情勢の安定後、総選挙を行う方針である。
なお、政党・結社の自由は保障されている。
795年に民主選挙が実施され国民党政権が続投した。
大明帝國滅亡後
萬州・和寧共和国の討伐後、中夏大陸へ兵を進め実効支配に成功し「大明帝國」を称した朴氏王朝であったが、国土の安定に失敗し、中夏大陸諸民族の求心力を失い帝国解体を宣言した。
龍鮮半島は朴氏王朝の手を離れた貴族両班に支配されたが支持されず、事実上の無政府状態に陥いる。
716年1月15日、「龍鮮共産党」によって龍鮮人民共和国が建国されたが、726年頃に崩壊した。
中夏民国の官僚で、姜節世大総統の信奉者であった龍鮮族の尹明善は三民主義理念による祖国・民族再興を志し、退職して世界各地の幹国系コミュニティを渡り歩いて同志と支援者を集め「香麗建国党」を結成した。
半島では軍閥や貴族、共産党の残党が割拠していた。建国党は義勇軍として「建国軍」を組織し半島に帰ってきた。
建国党に賛同する知識人・貴族・軍人の参加を得ながら統一を進めていき、首都「京城府」周辺を実行支配し、江夏島に宮殿を構える朴帝室と「旧大幹帝国帝室特別礼遇条約」を締結し「大幹皇帝」の尊号と宮殿の保全を条件に後継政権樹立が認められ、779年3月15日「香麗民国」が成立した。
香麗民国建国後
建国軍による「軍政」から「香麗国民党」(建国後「香麗建国党」から改称)による「訓政」(一党制)に移行した。
政府は農林業を中心とした食料・建材確保を中心にしつつ、石材の輸出利益による工業・商業の発展を図り、「憲政」(民主制)移行を目指している。
情勢の安定により「憲政」へ移行した。
しかし、経済成長は様々な主義主張党派の台頭を伴うものであった。
穏健派の左派・右派に「香麗民主連邦」復活を掲げる共産勢力、「朴朝復僻」を掲げる皇党派(王党派)まで出現し政党を組織するまで至ったのである。
香麗民族
旧地球時代の韓民族(朝鮮民族)をルーツとしている。
儒教的精神を基調としつつ、仏教徒やキリスト教徒が多い。
性質としては「気性が激しい」「気が短い」というややマイナスな印象も挙げられてはいるが、「おおらかで融和的」「人情に篤い」などの面も良く知られている。
石動民族
旧地球時代の西日本の人々がそのルーツとされている。濃い味よりも薄味を好む、角餅を用いず丸餅を用いるなど、東日本系の秋津人と比して文化的な違いが多く存在するとされている。
歴史的経緯から香麗人と性格的共通点が多く指摘されている。
政治
尹明善は中夏民国の政治体制を踏襲しつつ、様々な民主・共和国家の統治機構を研究し香麗民国政府を設計した。
「司法」・「立法」・「行政」の三権に、官吏の採用システムたる「考試」と官吏の監察システムたる「監察」の二権を加えた五権分立により民主政治の徹底を目指している。
総統
Presidentの漢字訳には日本式の「大統領」と中国式の「総統・大総統」が存在するが、孫文及び姜節世を尊敬している尹は「総統」の号を採用した。
「大総統」としなかったのは中夏民国への遠慮があったとされている。
中夏民国の「大総統」及び、後継政権中夏人民共和国の「国家主席」は絶大な権限を有しているが、強権を好まない尹は憲法によって修正を加えた。
中夏とは異なり、直接選挙によって選出される。
【総統の職権】
・香麗民国の国家元首として統治権を総攬する。
・立法院を召集し、開会・停会・閉会を宣告する。国民大会の同意により立法院を解散する。
・法律案と予算案を立法院に提出する。
・公益を増進するために法律を執行し、また法律の委任に基づいて命令を発布する。ただし、命令を以て法律を変更させることはできない。
・治安を維持し、非常災害事態を防ぐため、緊急に立法院を召集できないときは、議会の同意を得て法律と同等の効力を持つ総統令を発布する。ただし、次期立法院が開会されたときに当該総統令の追認を請求しなければならない。立法院が否認したときはその効力を失効する。
・官制・官規を制定する。総統は文官・武官を任免する。
・国軍の大元帥として全軍を統帥する。軍の編制および兵額を定める。
・外国の大使・公使を接受する。
・条約を締結する。ただし、領土の変更および国民の負担が増加する条款については、すべて立法院の同意が必要である。
・爵位・勲章およびその他の栄典を授与する。
・辞職または職務の遂行が不可能のときは、副総統がその職権を代行する。
・立法院が議決した法律は総統によって公布・施行される。
おおむね中夏民国大総統の職権を踏襲しているが以下の修正がなされている。
・宣戦と講和を宣告する。→宣戦・講和は総統が立法院に提案または議会が発議し、立法院が決定して総統が執行する。
・法律により、戒厳令を宣告する。→戒厳令の布告には議会の同意を必要とする。
・大赦・特赦・減刑・復権を宣告する。ただし、大赦は立法院の同意が必要である。→大赦・特赦・減刑・復権は政府が裁判所に提案し、裁判所が決定する。
権力執行機関
- 国民大会
憲法上最高機関とされ、五権の頂点に位置するものとされている。立法院を通過した憲法修正案を再審査することを任務とする。
憲法上以下の役割が明記されている。
- 憲法改正
- 首席長官の選出
- 立法院の提出する憲法修正案の議決
- 正副総統及び首席長官の弾劾
- 行政院
憲法上の最高行政機関と規定されており、首席長官は首相に相当する。
首席長官のもと各部が置かれ、各部長官が執行する。
部名 | 担当業務 | 内部部局 | 外局 |
総統府 | 総統執務機関 | 秘書室・司書室・管理局・情報部・広報室・会計部 | 開発統合局 |
外交部 | 各国との外交。各国大使館・公使館との連絡業務等。 | 外交政策局・東方地域局・国際協力局・国際法局 | 在外国民支援局 |
内務部 | 国内の地方行政・建設土木・郵便業務・通信業務の統括を担当。 | 地方局・建設土木局・社会局・観光局・郵政局・電信局・電波局 | 運輸庁・鉄道庁・厚生庁・労働庁 |
財政部 | 税収、国家財政担当。 | 主計局・主税局・関税局・理財局・証券局・銀行局 | なし |
国軍部 | 香麗民国軍の軍政担当。 | 軍務局・人事局・衛需局・兵器行政局・艦船行政局・医務局・整備局・燃料局・兵務局・会計局・衛生局・法務局・技術研究局・建築局・地図院 | 民国軍高等軍法会議・陸軍総司令部・海軍総司令部・空軍総司令部・宇宙情報軍総司令部・慰問部・国軍士官学校 |
司法部 | 刑務所管理、司法行政等を担当。 | 刑務所局・地裁局 | なし |
教育部 | 教育・文化・学術行政を担当。 | 初等中等教育局・教育推進担当局・高等教育局・体育局 | 文化財庁・科学技術庁 |
農林水産部 | 農業・漁業の行政を担当。 | 食料局・生産局・経営局・農村局 | 林野庁・水産庁 |
工業資源部 | 工業・鉱業の行政を担当。 | 経営局・工業振興局・鉱山開発局 | 石油開発庁 |
通商部 | 商業の奨励・統制と貿易管理を担当。 | 商務局 | 特許庁・交易管理庁 |
公安部 | 警察・保安行政を担当。 | 警務局・人事局・艦船局・装備局・会計局 | 警察庁・海洋警察庁・公安大学校 |
法制局 | 法令案の審査・立案や法制の調査を所掌事務とする国家機関。 | 法令審議会・立法審議会・調査局 | なし |
会計検査局 | 予算の運営を検査・監視する国家機関。 | 調査局 | なし |
- 立法院
各国で言うところの議会に相当する機関。一院制。立法委員(議員)の任期は5年で総統による解散もある。
- 司法院
国家の最高司法機関で、各種訴訟の裁判や公務員の懲戒を担当している。司法院は大法官会議を設置し、15人の大法官で構成され、立法院の同意を経て総統が任命している。大法官会議は違憲審査権を有する。司法院の下で、さらに最高法院(最高裁判所)、高等法院(高等裁判所)など通常の裁判所システムがあり、通常の民刑事事件を審理する。
- 考試院
全ての公務員の採用試験や任用、管理を行っている。考試委員の任期は6年で、立法院の同意を経て総統が任命している。香麗民国の公務員は考試院の採用試験と資格審査を受けることが法律で定められている。
- 監察院
公務員の弾劾、糾明及び国政調査を行っている。監察委員は選挙により選出される。
関係国
関係指標 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
高 | ← | ← | - | → | → | 低 |
親密 | 友好 | 良好 | 普通 | 不穏 | 険悪 | 最悪 |
国名 | 関係(変動) | 備考 |
普藍共和国 | 良好 | 建国時に支援、取引実績あり。 |
中夏人民共和国 | 良好 | 度々支援を受ける。尹総統は共産政権に理解を示している。 |
ガトーヴィチ帝国 | 普通 | 朴氏王朝時代は帝室による交流があった。王朝時代と変わらぬ友好を期待。 |
レゴリス帝国 | 普通 | 世界の超大国、良好な関係を望みたい。 |
ストリーダ王国 | 普通 | 世界の超大国、良好な関係を望みたい。 |
通商部はヴェニスグループとの交易ルートを擁する。
文化
【民族衣装】「韓服」
(一般的な成人)
(一般的な子供)
朝鮮系民族である香麗民族に伝わる伝統的民族衣装である。
その他、秋津人や石動人、中夏人、萬洲人などはそれぞれ伝統的な民族衣装を有する。
【食文化】
辛味が好まれる。
朴帝室
朴帝室はかつて「龍鮮王国」「大幹帝国」「大明帝國」の君主であった一族である。
元々は男系継承であったが、「大明帝國」建国の際、嫡流に近い皇族が女子しかおらず、傍系男子か直系女子のどちらが相応しいかと論争があった末、盟邦であった石動の影響を受け直系女子継承を推す声が多数を占めたことから女系継承へと変わった。
明の滅亡後、幹半島は軍閥と共産勢力、地方貴族が割拠する戦乱の時代となり朴帝家は帝国海軍を率いて江夏島と蔡州島を抑え、中夏・秋津・石動地域と交易することで朝廷を維持してきた。
「龍鮮人民共和国」(第二共和国)の崩壊後、京城府まで兵を進めたが、陸軍力が乏しいため半島統一は出来ずにいた。
その頃、「香麗建国党・建国軍」を結成して半島に進撃した尹明善は共和主義者であったが、朴帝家に対する敬意があった。
また朴帝家寄りの軍閥や貴族を取り込むために朴帝家を立てる政策を取った。
その結果が「旧大幹帝国帝室特別礼遇条約」である。
この条約によって香麗民国は龍鮮王国・大幹帝国・大明帝國の系譜に連なる正統政権であることをアピールし、朴帝家は「皇帝」の尊号を保持され他国元首に相当する扱いと江夏島を私領とすることができた。
過激な左派勢力の中には条約破棄と江夏島の回収を主張するものもある。
歴代当主(国王・皇帝)
歴代 | 名前 | 廟号 | 年号 | 生没 | 在位期間 | 在位年数 | 称号 |
初代 | 朴成秀 | 太祖 | 無し | (384年~444年) | (434年~444年) | 10年 | 龍鮮国王 |
龍鮮初代国王、萬州族の出身とも伝わる。 | |||||||
2代 | 朴安哲 | 太宗 | 無し | (408年~491年) | (444年~484年) | 40年 | 龍鮮国王 |
治世中に龍鮮人民共和国・蔡州共和国との再統一や議会開設、東方共同体の興亡・龍鮮戦争を経験し、オセアニカ・アースガルド戦争の戦火の中で崩御した。 | |||||||
3代 | 朴純徳 | 高宗 | 光龍 | (445年~514年) | (484年~514年) | 30年 | 大幹皇帝 |
オセアニカ・アースガルド戦争という未曽有の国難と復興の支柱となった。即位記念式典中に香麗民主連邦軍に暗殺される。 | |||||||
4代 | 朴世成 | 聖祖 | 天安 | (477年~568年) | (514年~568年) | 55年 | 大幹皇帝 |
石動皇室の伊勢宮皇后と共に各国を歴訪し君主外交に努め、強権政府から民主制に着地した頃の名君と伝えられる。 | |||||||
5代 | 朴京煕 | 徳祖 | 世寧 | (500年~没年不詳) | (568年~584年) | 25年 | 大幹皇帝 |
幼少より秀才で知られた。オストマルク貴族のルイーゼ皇后と共に父帝に倣った君主外交・文化政策に努めたが、民主連邦の南進により帝位を喪失 | |||||||
6代 | 朴洛水 | 仁宗 | なし | (生没年不詳) | 在位実績なし | なし | 大幹皇帝 |
南進騒動により皇太子であった彼を差し置いて鶴秀が皇位を継いだ。没後、6代皇帝として祀られる。金髪碧眼で知られた。 | |||||||
7代 | 朴鶴秀 | 神祖 | 紹和 | (547年~没年不詳) | (584年~616年?) | 32年? | 大和寧皇帝 |
南進騒動により即位。南北統一後「大和寧帝国」と称したが政府機能麻痺により滅亡。龍鮮王国以来の政府は断絶した(ゲーム終了) | |||||||
8代 | 朴枖原 | 光祖 | 尚徳 | (602年~658年) | (616年~658年) | 42年 | 石動亡命和寧皇王 |
滅亡後の混乱の中、石動に亡命した皇族の中で最も嫡流に近いため女帝として即位した。以降石動皇帝家に倣った女系継承となる。 | |||||||
9代 | 朴永華 | 高祖 | 洪楽 | (633年~没年不詳) | (658年~?) | ? | 和寧皇帝・中夏皇帝・萬州可汗・檬古可汗たる大明皇帝 |
和寧第二帝国の建国後、龍鮮史上初めて中夏大陸を征服し「大明帝國」を建国したが版図を維持できず国家崩壊(二度目のゲーム終了)、その後の行方は知られていない。 | |||||||
10代 | 朴明華 | 中宗 | 安国 | (637年~718年) | (695年~718年) | 23年 | 大明皇帝~大幹皇帝(実態は江夏島領主) |
姉の永華に代わって大明皇帝を継承した彼女の最初の仕事は明の解体を宣言することであった。戦乱続く「和寧」の国号を不吉と考え「大幹」に戻す。大陸を放棄して幹半島の再建に取り組もうとするが既に半島は戦国時代の様相であった。江夏島と蔡州島を抑え、江夏島に宮殿を構え本土を伺う体制を築いた。 | |||||||
11代 | 朴善華 | 英祖 | 明文 | (659年~734年) | (718年~734年) | 16年 | 大幹皇帝(江夏島領主) |
在位中に「龍鮮人民共和国」と並立することになるが、共和国側は江夏島に手を出せず、朝廷が生き残った。 | |||||||
12代 | 朴恩華 | 順宗 | 平世 | (683年~767年) | (734年~767年) | 33年 | 大幹皇帝(江夏島領主) |
13代 | 朴仁華 | 宣宗 | 天豊 | (706年~788年) | (767年~788年) | 21年 | 大幹皇帝(江夏島領主) |
779年に香麗建国党と条約を結び、香麗民国成立を認め、江夏島を私領とした。 | |||||||
14代 | 朴承華 | 元号廃止 | (727年~801年) | (788年~801年) | 13年 | 大幹皇帝(江夏島領主) | |
15代 | 朴尚華 | (752年~) | (801年~802年) | 1年 | 大幹皇帝(江夏島領主) | ||
病弱かつ女子に恵まれていなかったことから妹君の娘、麗華に譲位した。 | |||||||
16代 | 朴麗華 | (789年~) | (802年~) | 大幹皇帝(江夏島領主) |
人物
尹明善
元中夏民国の官僚で龍鮮族の出身、無政府状態の同胞を憂いて職を辞し、世界中の幹国系コミュニティを渡り歩いて同志と支援者を集めて「香麗建国党」を結成した。
左右の合同を理想とし、あらゆる思想・主義主張を偏見で見ることはない。
軍閥などが割拠する半島統一のため、武力として建国軍を組織したが、行使することは極力避けて説得を重視した。
総統として祖国の復興を遂げた後は、学校を作りたいと思っている。
語録
「100パーセント保守的な人間も100パーセント革新的な人間もありえない」
「右翼だけあっても左翼だけあっても飛行機は動かない」
「資本主義によって成長し、社会主義によって還元することが理想だ」
「自我革新・民族革新」(肖像をお借りした安昌浩さん本人の言葉です。)
添付ファイル: