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概要 anchor.png

正式名称コンビョーゾ王国
国旗
国旗.PNG
標語努力と土下座なくして発展なし
国歌土下座しなさいっ!Sit Down On The Ground
公用語英語
首都Apologirl
政治体制民主主義のようなもの
国家元首クラボンII世
政治代表同上
面積8.3万sq.Km
人口1096万人(557年 11月中旬現在)
建国490年12月中旬(17675期)建国 553年6月再建

コンビョーゾ王国は、最近再発進の道を歩んだ王国であるが、そこからわずか1日後になんとティユリア連合王国から「国交を結びたい」という連絡が来た。第1時代では出遅れてしまったのか?とにかくうれしい限り。

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国旗の紹介 anchor.png

コンビョーゾ王国の国旗は、上記のとおりであるが、これは通称をつけることのできないものであり、何とも形容しがたいものである。「これが個性でしょ」と、クラボンI世女王陛下は語る。
さて、この国の国旗は、4隅に赤、青、緑、黄を配し、中央は黒で、そこに浮かび上がるようにして白い正三角形が象徴的に配置してあるデザインである。デザイナー(女王陛下という説が有力)の絵があまりに下手だったのでこのような幾何学的なものになったものだと思われる。しかし、国旗でこのような色のわけかたは意外と珍しく、その点を「センスがいいんじゃない」と、気に入っている様子である。赤は商業、青は工業、緑は農業、黄色は軍備などを意味するようで、そこから発展(=中央の正三角形)がもたらされるものだ、というメッセージが込められている。ちなみにここで黒は背景としての意味しか持たないことで宮殿内は一致しているという。

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地理[編集中] anchor.png

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独立までの経緯 anchor.png

 コンビョーゾ地域ではもともと「コンビョーゾ語」なる言語が話されていた。当時のコンビョーゾ民族は、今の公用語の英語など、学問している人でないと理解できない状況であった。
 そんな中、帝国主義がうねり始め、のどかなコンビョーゾもそのあおりを受けブリテン王国の植民地となってしまう。
 そこではブリテン人の指示に対応するための英語の教育が義務づけられた。この影響で現在のコンビョーゾの公用語は英語である。その中で、コンビョーゾ語は少なくとも50年前に滅亡してしまった。(現在、独立したコンビョーゾ王国では、このコンビョーゾ語の研究がブームである。)
 しかし、ブリテン王国のフリューゲル脱出が決まったあたりで独立の機運が高まっていった。
「主がいなくなった今、新しい主を立てよう!」
コンビョーゾ民族の中から新たな王を立てる動きが起こった。というのも、政治に不慣れな民衆はある一人に従うほうがやりやすかったという事情があったのである。そうして、王を決める戦いにクラボンI世が勝利した。その動きにブリテン王国は、「植民地ごと連れ込む気はない、どうせ捨てるなら」とフリューゲル脱出前にコンビョーゾの独立を認め、晴れて独立を果たしたコンビョーゾであった。この際、ブリテン王国には資金・資源等を大量に援助していただいており、この時の感謝の意は代々語り継がれている。

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国王の紹介 anchor.png

名称未設定 1.png
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概要 anchor.png

・女王クラボンI世。知らぬ間にお亡くなりになっていた。

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略歴そのほか anchor.png

地方のある貴族の家に生まれる。
実は今の「クラボン」という名前は本人が後になってつけたものであり、当時の本名はレベッカだった。
当時、独立運動が盛んだったコンビョーゾでは、議会を立てるほど民衆に力がなく、王様を立てることにした。
彼女もその候補のうちの一人であった。そのため、親は彼女に厳しいしつけと教育を施した。のちに彼女は
「大変ストレスがかかったわ」と振り返っている。
さて、教育の内容には旧世界の文化圏などもあったが、彼女はその教本の中にあった、日本人の土下座の画像に大変感激した。
潔く深々と頭を下げるその姿、頭頂部の高いルクス値が大変感動的であったという。彼女は実はドジばかりしていて、
そのたびに大変申し訳なく思っていたのだが、それをうまく表現する方法がみつからなかったためかと思われる。
こうして土下座をマスターしたレベッカ。その後も学問にはげんだ結果、その他の国王候補者の平均年齢が25.7歳、またほとんどが男だったという大変不利な状況にもかかわらず、卓越した才能と知性、性格と礼儀正しさ、さらには策略の点で他の追随を許さず、とうとう女王になった。
そして彼女が15歳の時にコンビョーゾの独立が決定し、彼女はようやく一国の女王となったのである。
即位式では当然土下座を披露し、観衆の度肝を抜いた。
彼女はレベッカという名前を捨ててクラボンという名前にした理由について「王様だから名前は特別じゃないといけないけど、あまりに長ったらしくて堅苦しい名前だとダメでしょう?だから、かわいくて親近感の持てそうな名前にしたの」

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女王としての活動 anchor.png

初期は、コンビョーゾの名前を広く知らしめるために、外交に少し力を注いだ。現在のファイアリヒ連邦共和国との燃料貿易は彼女の功績が大きいであろう。また、土下座のパフォーマンスが年々向上しているようである。
外務省以下その他の官庁にも土下座教育が推進されており、土下座はもはや旧世界の日本を超えたコンビョーゾ王国独自の文化になっている。ちなみに、彼女は土下座の際のルクス値は金髪が高めてくれると言っている。

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逸話 anchor.png

クラボンI世が夫のピアソン氏に結婚を申し込むときにも土下座したのだが、当時まで「土下座なんてださい」と思っていたピアソンは彼女のちょこんとしたかわいらしくそれでいて誠実な土下座に一目ぼれし、見直した。そして、優しく彼女の手を取ってあげたという。

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政治 anchor.png

コンビョーゾ王国の政治は、議会・国王・裁判所の三権分立制である。これが確立したのは500年ごろという。
議会の定員数は720である。
現在議席を持つ党は以下の通り。
501年1月下旬、第一回王国議会はわずか約2年で解散して、もっとまともに選挙するべきとして、政党を作る期間を設けた。これによって、政党が5つできた。

平和党防災や万一の戦争のための軍備・防衛を整え来たるべき時に備える政策を推し進める。新興国を助けるための少しの努力ができるように頑張る。
国民党国民の幸福を重視し、公共投資や社会福祉政策・教育を充実させようとしている。
繁栄党市場・文化・資源・商品の利用を重視し経済成長を目指す。
クラボンファンクラブ(CFC) [heart]女王陛下のためなら何でもする。クラボン女王の望みをかなえるために尽力。最近入党者がにわかに増えている。''
UCC反乱軍の中で起こってきた、平和的にクラボン王政を反対する考えを持つ人々の集団。彼らは王政を完全廃止し、大統領制を作ろうとしているようだ。

以下、省庁組織図である。

soshiki.png

扱う分野を簡潔に説明する。

経済班国の経済機能が集中する。
財務省国から入ってくるお金を各省庁に回し管理。
発展省経済発展のための文化そのほかの売り込み、アピール、商業・都市開発などの計画を請け負う。
材料省商品生産等のための資源の消費・出納など。
能力省エネルギーの消費・出納など。
青生省農業、食糧関係の出納や農家の待遇を扱う。
研究省新技術開発、その資金供給、学者の環境整備。
社会班社会をよくして豊かに暮らせるようにする。
基盤省インフラなどハード面のサポート。
社会生活省社会保障などソフト面のサポート。
秩序反省法律を取り扱う。
人間形成省名前からあれな雰囲気がするかもしれないが、教育関係の物事を扱う。入試問題が鬼畜だ。
'国防班'国の平和を守る。
内防省警察・パトロールで反乱や犯罪を防ぐほか、災害時には彼らが活躍する。
外防省外国の攻撃から国を守る。また、上記のいずれの省にも関わらない外交関係のこともここの担当だという。

なお、この組織には外務省がない。この理由は、建国初期に貿易では外務省しか働かず、したがって、資源や資金を管理しているも同然で、外務省の権力が大きくなりすぎてしまったという反省があるからである。

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国歌紹介 anchor.png

「国歌がほしいわね」というクラボンI世女王陛下のわがままお願いにより、国歌を作らねばという話が宮殿内で持ち上がったが、コンビョーゾ王国内に作曲家が1人もいないという大問題が発生した。しかし、「旧世界の国歌のパクリだけは避けたいの!!」という女王陛下の土下座により、作曲家探しの波乱が発生。
そこで、近場に作曲家はいないかと探していたら、ガトーヴィチ帝国にアシュルモフという作曲家がいるという。彼はガトーヴィチ帝国の国歌を作曲したことがあり、実績がある。しかし、彼の作風は独特で、どんなものができるかわからないリスクがあった。しかしほかに作曲家がいなかったもので(作曲家はお金を得るのが難しいという)、クラボンは聖断を下した。ガトーヴィチ帝国に国書を書いた(本人いわく「国書を書く練習。交渉方法が土下座しかないのもねえ…。」)。
要約すれば「クラボンでございます。友好国のよしみで、貴国の国歌を作曲したアシュルモフ氏を我が国に派遣してくださいっ」
というものであった。ガトーヴィチ帝国外務省はこれに対し「コンビョーゾ王国から国書が来るとはよほどのこと」と思い、派遣を決意する。
斯うしてアシュルモフは来昆した。「作曲の材料にもなりそうですからね」
そして、クラボンI世女王陛下に謁見した際、彼女の「予想はしていることとは思いますが、我が国に作曲家がいないんです!ですから、あなたに我が国の国歌を作曲して頂きたいんです。それと、この機会にコンビョーゾ王国に音楽学校を作ってほしいので、どうかよろしくお願いいたしますっ!」という土下座に心をひかれた。彼女の土下座には誰もが心を引かれるというが、彼もその一人だったのである。アシュルモフ氏はこれを快諾し、本気で作曲をした。作詞も初挑戦した(ガトーヴィチ帝国国歌はテジュル-ヴィチ作詞だった)。その結果、できた国歌がこれである。

歌詞
1.
 Oh Combioso,my pride! I've got love and freedom!

 May this light go on under Queen Clabon!
 And we citizens work hard for ourselves by ourselves!
 Our power makes us stronger and makes us warmer!
 *Sit down on the ground for our combioso!
  Let's show our great graces to the whole world!
  Sit down on the ground for our Clabon!
  Let's show our love to her,and she loves you!

2.

 Oh Clabon, my lover! I've got such a charming queen!
 Your smile makes me happy! Your dogeza makes me peaceful!
 You love me, love everyone,and we all love you so much!
 How cute! How kind! You're the best queen!!
(*repeat)

この国歌は、音楽的にはかなり親しみやすくできており(コード進行はかなり独特であるが)、また旋律も歌えるようになっており、テジュルーヴィチが作詞を放棄するほどの前衛的な旋律もなくなったので万々歳であった。
しかし、アシュルモフがあの土下座に心をひかれすぎたのか、2番が完全に「女王陛下へのラブソング」になってしまい、宮殿内で「不敬罪にあたるのでは」という声が上がってきたが、これに対し女王陛下は「でも、民衆のみながこんな気持ちだったらうれしいわね…」という爆弾発言をした。王国の「王様」という立場の従来のあり方について疑問を投げかけたものであった。この後彼女は「これでいいわ…(照れ)」とした。

国歌の発表式典で、女王陛下が述べた感想は以下の通り。
「今、とっても恥ずかしいですっ!アシュルモフがこんなに私を愛しているなんて・・・うれしいわ!でも、この歌をもとに、王国の発展のために頑張りましょう!!」


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最終更新: 2014-10-28 (火) 08:03:05 (JST) (1784d) by Ashrm