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KiCT  KiCT(赤きトルキーの取材局)は708年にトルキー政府の正式な認可を受けて民間により設立された報道機関です。国営報道機関である統一日報が国内で一強体制を敷く中、その体制に風穴を開けることを目標としています。
7月 03 (水曜日) 2019
【アーカイブ】普蘭合衆国、ライン共和国に宣戦布告 ほか 21:50  トルキー社会主義共和国 
本記事は国際的通信障害が続く843年9月(30375期)に国際談義場において行われた本局報道のアーカイブ及び再掲記事です。



普蘭合衆国、ライン共和国に宣戦布告

843年8月、普蘭合衆国は「水面下における平和的外交交渉の決裂」を理由にライン共和国に宣戦布告した。普蘭合衆国は以前より「水面下での交渉事案が存在する」などと公表していたが、どのような事案についてどのように交渉が行われていたのかなど詳細は明らかではない。

戦争は同月付において「停戦し講和交渉に移った」などとする記事が存在しているが、一部には「交渉がまとまらなかった場合開戦期通りに戦闘を開始するのでは」という見方も存在している。

同国は正当性無き戦争の禁止及び正当性の判断などを可能とする目的の平和原則条約起草委員会にも参加しているが、今回の騒動はその起草を待たずして起こった格好だ。

政府は一連の騒動について次のようにコメントした。「普蘭合衆国による今般の行動は諸国の国際平和に向けた足並みを大きく乱す暴挙であり、極めて遺憾である。同国が自らの行動を真摯に見直し、冷静な行動を取ることを強く望む。」

国内の一部においては今回の騒動により平和原則条約起草委員会の意義そのものを問う声も聞かれる。共産党急進派のある議員は「暴走をやめようと語る委員会の参加国が暴走してるんじゃ意味がない。語られる"平和原則条約"がただの紙屑であることがはっきりした。」と批判の色を隠さない。

国家間における諸般の関係について詳しいハーミト・エヴェレン=アンカラ大学法学部准教授は「今回の騒動によって、委員会が普蘭合衆国に対し何らかの行動を起こすことは避けられないだろう」と話した。平和原則条約起草委員会はトルキーの国際協調を推進させたい外務省肝いりの案件でもあり、その行方が注視される。



普蘭合衆国、ミルズ皇国内に軍事顧問団派遣か

843年8月、普蘭合衆国はミルズ反乱と同国との間の関係について説明を求めるライン共和国の諮問に対し書簡に於いて、「ミルズ皇国の要請に基づき少数の顧問団を派遣し内戦終結を模索している」などと回答を行った。普蘭合衆国とミルズ皇国は相互不干渉についても言及した平和友好条約を締結しており、この条約に違反する可能性がある。

一方でミルズ皇国は同国の報道機関を通じ「軍事顧問団が派遣された事実はない」と明確に否定しており、両国の主張には食い違いが生じている。

専門家は「事実であれば国家関係の基本原則をも根底から揺るがす行為であり、国際社会には容認されないだろう。」と話した。



ガトーヴィチ民主帝国が成立

843年9月、ガトーヴィチ帝国は840年1月に成立していた民主帝国法に基づき正式に"ガトーヴィチ民主帝国"へ移行した旨発表した。

同国は前回行われた選挙により左派連立政権が成立し、民衆主権による政治の実現を訴えており、この国号の変更は帝国の国家体制そのものに大きく変革を加えていく第一歩目と考えられる。

これらの一連の動きに関しては民主帝国法成立を受けた840年9月発効のサンサルバシオン条約機構の決議において「条約機構は同国における昨今の勤労階級の権威向上に祝意を表すると共に、同法が同国の勤労人民の権利向上に資するものとなることを強く祈念する。」と言及されており、単なる国号変更に留まらず民衆のための改革を実行していけるのかが注目されている。

これらかつての代表的資本主義国家における社会主義のうねりについてトルキーの社会主義政党の代表・重鎮らはどう感じたのだろうか。主要政党を対象に取材を行った。

「この改革により同国の人民の権利向上が加速していくことを期待すると共に、同国人民のたゆまぬ努力を称賛する。」(エルデム・バヤル代表/労働党(左派出身))

「同国は伝統ある君帝制と民衆の権利という難しいバランスにある国であり、その中に於いても理想へと歩む同国の政治家の努力に敬意を表したい。」(セチュキン・コルテュルク党首/社会民主党(右派出身))

「勤労階級に対する興味関心の拡大が同国をより良き方向へ導くことを願う。」(ゼイネプ・サイ代表/緑の党)

「民主帝国への国号の変更に祝意を表する。この変革が同国の民主主義に良く作用していくことを願う。」(ルステム・クビライ党首/共和人民党)

「民衆の権威を向上させようとする同国の動きに賛意を表するが、一方で伝統に敬服を持つ気持ちは忘れてほしくないと思う。」(バイェーズィート・オズズィル共同代表/公正党)

「前時代的な封建君主制を事実上認めるものであり、論ずるに値しない。同国の勤労階級にあたっては真の民主主義の獲得を目指し戦い続けてほしい。」(アッバス・コルテュルク書記長/共産党(急進派出身))





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【アーカイブ】大規模通信障害が継続中 全世界で混乱 ほか 21:47  トルキー社会主義共和国 
本記事は国際的通信障害が続く843年4月(30358期)に国際談義場において行われた本局報道のアーカイブ及び再掲記事です。



大規模通信障害が継続中 全世界で混乱

839年中旬、突如としてフリューゲルの全域において長距離間通信が不可能となる現象が発生した。その後840年初旬に一時的に回復が確認されるが、同年11月頃再度発生し現在まで続いている。

この通信障害により民間においては国際報道が事実上不可能となった他、国家間においても国際会議場の使用が不可能となったことで外交交渉などが停止するなど深刻な混乱が生じている。

原因についてはかつて無い規模の恒星フレアの影響という説が有力視されている。

関係者らは早期の復旧を目指すとしているが、ある専門家は「今現在の技術を続けるのなら復旧は無理。代替を早く探した方がいい」と話すなど復旧の目処は今だに立っていない。

現在各国は国際談義場により取り組みの継続を図っているものの非公式の枠を出ておらず、国際社会全体が事実上完全に停止した状態は長引きそうだ。



ミルズ皇国において内戦勃発

839年11月、ミルズ皇国においてミルズ王党派を名乗る勢力が武力蜂起し同国は内紛状態へと突入した。内紛は2年後となる841年12月に収束が発表されたが、その8ヶ月後の842年7月には反政府勢力による大規模な破壊活動が報告されており情勢は依然不安定な状態が続いている。

同国はトルキーとの間で貿易取引を行うなど比較的深い関係にある国家であり、情勢はトルキー国内においても注視されていた。

外務省は会見において一連の騒動に言及し、「ミルズ皇国の2年間に及ぶ内紛の勃発に関し、戦災による犠牲者に哀悼の意を表すると共に、約2年間の時を経て留めない争いに終止符が打たれていることに祝意を表したい。一方で同国には情報公開の不足やその政治体制などには強い懸念が存在しており、この内戦の収束によりこれらを解決する取り組みが加速することを期待する。」と話した。

内乱に関しては一部よりミルズ皇国政府の政治弾圧の可能性も指摘されるなど同国の責任を追求する向きも存在する。大規模な通信障害により国際社会は停止状態が続いているが、同国政府が何らかの行動を示すことは避けられない見通しだ。

一方でそれらの懸念に基づき共産党の議員より同国への武力介入が主張されたことに対しては政府は「混乱を更に増大させるのみの結果となるだろう」と否定した。

政府は勤労階級の復興支援及び内政状況の安定化のため複数の支援を送っており、ミルズ政府がそれら支援により持ち直しを図ることができるのか注目される。



【独自】民主化に躓くミルズ、その道筋を追う

839年11月から841年12月まで続いた内戦を含むミルズの混乱はいかにして始まり、そして続いているのか。ミルズ市民及び政府関係者への独自取材により紐解いていく。

事の発端は同国の建国にまで遡る。建国当初はアダム・フォン・ミルズによる絶対王政により始まったその国家は830年に突如として民主化を宣言し、アダム皇が政治的実権を手放すと共に第一回の"選挙"を行った。

この"選挙"はそれぞれの候補者らの立候補により議席が定められるという民意が反映されがたい方式によるものであり、国際社会はこれを民主的でないとして半ば否定した。

しかし当時の政府関係者によれば、この"選挙"もまたようやく実現されたものなのだと言う。

「建国当初においては今みたいな混乱などなかったんです。それはアダム皇の手腕とカリスマ性があらゆる不満をかき消すほどに素晴らしいものであったからです。王党派の妙なアダム皇信仰はこの頃が忘れられないからなのでしょう。

皇国にとっての転機のは829年中頃だったでしょうか。この時にアダム皇が民主化を進めたいと言いだしたんですね。しかし残念ながら政府や国民はほとんどが民主主義について十分な知識を持っていませんでした。ここから歯車が次第に狂い始めました。

まず第一の失敗は政府の多数派が民主主義について誤った見解を共有しそこで凝り固まってしまったことでした。そこで皇国は830年選挙での完全民主化の機会を逃すこととなりました。

第二の失敗は第一回選挙の当選者を『立候補者からの抽選』などという方式で決めてしまったことです。これにより選出された下院は政治知識が無い議員も混在する魔境となり、その後の正しき民主化への取り組みに大きく支障を与えることとなりました。

第三の失敗は国民の間に民主主義国家の一員であるという自覚を萌芽させられなかったことです。これにおいてミルズの民主化が空回りすることが確定づけられてしまいました。」

830年選挙当時のミルズシティ市民らに対する我々の独自取材では市民はこう答えている。「選挙って何か良いんだろ?」「初めて出来た外国の友達に『投票には行ったんだろうね?』と言われたよ 投票って何?」「なんかよくわからないけど、前に進んでるんならいいんじゃない」…

これらの市民の声から見えてくるのは関係者での証言でもあるようなミルズ皇国市民の権利に対する意識の致命的な欠如だ。選挙への立候補者はなんと全国民の4分の1にも及んだと言われているが、国民の意識がこうであれば選出議員の意識が如何であるかは想像に難くない。

「無理だったんですよ。選出された下院には会派という概念が当然無ければ、なんならどんな職務をこなすのかという自覚さえ全く無かったんですから。」こう語るのはラルバ内閣においてミルズの民主化に向け携わってきたと語る議員だ。

「最終的な首相の選出は少人数の委員会が行ったと記憶しています。ラルバ氏は優等な教育機関で政治の知識が豊富だったということが良かったのでしょうね。しかし会派という概念がないこの議会では彼はまさしく"一人与党"の情勢でした。したがって彼がまず何をしたかと言えば選出された議員に対する教育からでした。

これによってようやく議会が議会の体を成し始めたのがなんと3年ほど過ぎた時からだったでしょうか。それほどまでに議会は壊滅的な状態でした。

そこから機は熟したと判断した内閣は国民への社会教育の推進に取り掛かり始めました。この教育はすでに成人し義務教育課程を修了した国民も対象に非常に広く再度行われる運びとなり、民主主義国家への土台が完成するのをひたすら待ちここで3年が経過したと思います。

これで6年なわけですが、実のところ全ての政治家や市民がこの方針に賛同したわけではありませんでした。それらの知識を履行した上で、改めて王権の強化を求める意見が一定数存在したんですね。

氏の見落としはその政治信条が共和制の国家におけるものだったことです。一方でアダム皇は元首を退いてもなお国民からの敬服を失ってはいませんでした。これが君主制の持続を望む人々との乖離を生み出す結果となってしまいました。

コレにより生み出された最も重大な結果はミルズ国内における政治団体についてそれらの要件及び民主主義観点からの尊重を定めたいわゆる"政治団体法"の制定に失敗したことでしょう。これによってそれまで緩やかに形成されてきた"政党会"は"政党"となる機会を失い、全てがいわば"地下組織"であるという異常な状況を生み出しました。

報道では地下組織化させたと言っていますが、そりゃ地下組織化するってもんですよ。だって規定が出来なかったんですから。合法か非合法かもわからないのに堂々とやる真似は出来ないってもんです。まあ、結局の所これが一番の内戦の要因だったんでしょうね…」

民主化の取り組みが遅々として進まぬまま時は選挙を目前に控える839年11月となり、ついに政党会の一つであるミルズ王党派が「自然の町」を拠点に武力蜂起を行う。

絶対王政の必要性を訴え、社会主義者を虐殺するなど非常に急進的な色の強かったこの政党会はなぜ政府に反旗を翻し内戦の決断を行ったのか。

ある王党派の関係者は我々の取材にこのように語った。

「背景にあるのはこの国の歩みゆく未来への深刻な不安感だ。建国当初、我々は明確に前を見据え歩めていたはずなのだ。ところが"民主主義"が入り込んでからというもの、この国は一切前に進めていない。

このままでは何もかもが中途半端なままこの国は迷宮の中で消えていく運命になる。そういう感覚が我々の中にはあった。」

事実、この時期の取材において市民の一部からは「この国はこのままダメになるのか」といった政治体制に関する不安の声も聞かれるようになっていた。国家全体に薄いながらも閉塞感が存在したことは確かなようだ。

「私が決断に至ったのは総裁の演説を聞いてのことだ。総裁は私が抱えていた閉塞感を明確に挙げ、この国を再び前に進ませようとする強い意志をぶつけてくれた。おそらく王党派の殆どがそうした理由で行動を始めた者だったろう。」

結果として王党派は一部地域を占領するに至るまでの人員を確保することとなり、839年武力蜂起に至る。

しかし間近に選挙が存在する状態でなぜこうした強硬な手段に出る決断に至ったのか。こう問いかけると関係者はわずかに後悔の念も口にした。

「私は盲目的な状態にも陥っていたのだろう。前を向けないからと戻るのではなく、前に向くために全力を注げばよかったのだ。

そうでなくとも我々は"政治団体法"で規定されようとしていたところの政治団体の要件を満たすものとなっていたのだから、来る第二回選挙で堂々とそれを掲げていればよかったのだ。

しかし、当時の私はそれが出来なかった。そうしたくなかった。この国を作り直したい、という自己の欲求を満たしたかったのかもしれない。

…我々が武力蜂起を決断したことには総裁の願いも関わっていたように思う。『選挙が来ればこの国は確実に手遅れになる』そんな思いがあったように記憶している。

政府に対する不安と不信が極限に達したのがあの瞬間であったのだろう。」

しかしその後反王党派勢力は急速に連携を深め、結果として841年12月に勝利に至っている。

王党派に対する団結の背景には一体何があったのだろうか。ある議員は語る。

「王党派の蜂起はまさしく藪から棒でした。それまで宇宙空間に自由浮遊するがごとく何ら進まなかった我々に『このままでは民主主義はダメになる 間に合わなくなるぞ』という憔悴が生まれました。歩みだそうという共通認識が初めて生まれたと言っても過言ではないでしょう。

考えて何もしないことは、考えずして何かを成すことよりも恐ろしい。そんな気に至りました。」

第二回選挙は内戦に伴い延期され、またどのような規定で行われるかも不明なままだ。しかし内戦を乗り越えた国民らは確かな前に進む決心を抱いているようだ。

「新たな選挙がどういう制度であるか、私はまだ知らない。しかしどういう制度であろうが、私は私なりの考えを政治に反映させたいと強く願っている。」

内戦はミルズ皇国に深刻な経済的損失と国際信用の喪失をももたらした。同国の政治家や国民はこの痛みを戒めとして、前に進むエネルギーとすることができるだろうか。ミルズ皇国の歩みは始まったばかりだ。



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4月 25 (木曜日) 2019
帰国のÖBD元代表ら、8年間滞在の国家を批判 他 21:30  トルキー社会主義共和国 


帰国のÖBD元代表ら、8年間滞在の国家を批判

831年11月にイスタンベル港湾より公然と帰国した過激派資本主義組織「資本と平和の民主主義(ÖBD)」の元代表であったジャフェル・メネメンジオウル氏が、記者らの前で初めて滞在先での生活について語った。同氏は8年間ある資本主義国家に赴き数々の勉強を行っていたとした上で、帰国の理由について次のように語った。

「当初我々は滞在先の国について資本主義の理想郷、あるいはこの国を含めたありとあらゆる国家が取るべき姿であると思っていた。事実滞在のほとんどの期間中は非常に興味深い知識も得られ、非常に充実した生活を送っていた。しかし我々は間違っていた。(長い沈黙)このような話をするのだからお分かりだろうが、我々を致命的に失望させるに足りることが立て続けに起きたということだ。」

メネメンジオウル氏は続けて"失望"について語った。

「まずお断りしておきたいが、我々の目指す国家体制とは一部のアカ共…失礼、一部の方々が批判するような無政府やポピュリズムといったものではない。あくまでも個々人が自らの良心を元に自由な経済活動が出来るというただそれだけのものだ。国家自体はあり方を大きく変えられながらも最低限の機能のみを持ち続けるべきと考えている。(沈黙)民族がどうといった考えは好まないが言わせていただく。我々が滞在した国家は森林が特徴的であったから仮に緑の国と呼ぶこととしよう。長期に渡った滞在期間で一番最初に違和感を抱いたのが5年前のことだった。当時我々は…えー…たまたま現地の海洋調査を手伝っていたのだが、その時緑の国の友人からその海域から離脱するよう連絡が届いた。しかし快晴の中波も穏やかであり、その他ありとあらゆる天気予報を覗いても荒天の兆しは一切見られなかった。不思議に思い聞いてみるととある国の…あー、表現を非常に曖昧にするがご了承いただきたい…重大な実験が行われるためだというのである。それを聞いた時私は耳を疑ったものだったが、ややあって緑の国の船が離脱を求めたためにそれが真実であると知った。その後現地での…交友関係を駆使して情報を集めると緑の国政府はそれを嬉々として受け入れ、非常に緩やかに決定したらしいというのだ。我々は非常に驚いた。これでは国民が荒れ狂っていてもおかしくはないと思い散策したが、首都はあくまでもいつもどおりの平和な状態であった。我々はこの段階ではこれの示す重大な事実に気づくことができなかったが、それから5年後、つまり去年の中頃にその違和感が確信へと変わった。現地の人々との交友関係を通じて聞くに、緑の国に対し緑の国民があまりにも無頓着なのだ。彼らには共同体の一員としての自覚は欠片もなく、社会的市場経済というのみが彼らの国家に対し求める1つの事項であった。国民がそうであるのなら緑の国政府は言うまでもないだろう。彼らはあまりに風見鶏的な考え方を行い、ただ東風でなければよいというそれだけの信念のみが緑の国を構成していた。政府でさえ実際の所彼らにとっては問題ではなかったのだ。…これらはあくまで我々が共有しやはり同じように思ったというだけのただの”実感”ではあるが、そうと考えざるを得ない根拠が複数出てきたということを申し上げる。私からは以上だ。」

会見ではその後記者らの質問が行われたが、氏が”緑の国”や”とある国”についてそれ以上の言及を行うことはなかった。なお警察によればメネメンジオウル氏他同行したとみられる複数の元党員らはÖBDでの裏社会的な繋がりを利用し海外への密入国を行い現地において別人として活動していたと見られている。元代表らについてÖBDは口を閉ざし続けている。



広がる反資本主義思想 国際情勢の影響も

832年3月、アンカラ市街において共産党が主導する反資本主義デモが行われた。当初公園の敷地内に収まっていたデモは多数の支持者によってその規模を増やし、一時安全確保のため警察が増員される大規模なものとなった。

デモにおいて共産党急進派の筆頭と言われるフスレウ・エルチェティン議員は「資本主義という悪魔に騙されてはならない。彼らの脳裏にあるものは全ていかに自らの私腹を肥やすかのみであり、彼らの言葉には必ず裏に黒い私利私欲が潜んでいる。自らの野望のため大多数の労働者を搾取し、そして生まれた経済格差を個々人に責任転嫁したのは一体何であったか。社会主義体制に生まれた我々はそんな悪魔がこの国でのさばることを断じて許してはならない。今こそ我々の先人らの革命思想を思い出す時だ。トルキーの労働者よ、団結せよ!」と語り、参加者らから万雷の拍手喝采を浴びた。

このような反資本主義の集会自体は共産党急進派がかねてより不定期行っていた恒例のものとなっているが、共産党の主流である守旧派はこれまで我関せずの姿勢を貫いてきた。しかし今回のデモでは守旧派議員からの参加も複数確認されており、共産党が一丸となり主導した初の反資本主義集会となった。この集会は通りすがりの一般市民らも多数途中参加するなどコレまでにないほど大規模になったことも特徴的である。どうしてここに来て反資本主義が急速に勢いを増しているのだろうか。

トルキーにおける社会主義の歴史などに詳しいブダック・ヒュリヤ=イスタンベル大学教授は近年の国際情勢の影響が大きいと指摘する。

「第四共和政以前の歴史を見てもこうした反資本主義の思想が人気を集めるのは珍しい。ここ数年、複数の資本主義国家において外交問題が生じ世界情勢が非常に不安定なものになっている。トルキー国内でも海外に滞在した資本主義者が公然とある資本主義国家を批判するなど現在海外の資本主義国家に対する疑念が広がっている。今回反資本主義が人気を集めているのは資本主義に対する敵意というよりも、資本主義を採用する国々への疑念が原動力となっているのではないか。」

政府は「デモは合法的な手続きの元で行われていた。個別の政党の活動としての結果であり、政府としてコメントすることは差し控えたい。」とした。



外務省、カズカズ共和国に関する最新見解発表

832年2月、外務省は未だに渡航禁止令が取り下げられていないカズカズ共和国について言及し、現状を含め以下のような見解を発表した。

「カズカズ共和国ではルイス・シャルスト氏が国家元首として就任したと発表されているが、政治的混乱を収束や新体制などの『内戦は起こっていない、あるいは未然に終息した』と判断できる情報は現時点においても存在しておらず、政治的混乱が解決されたかどうかについても不明なままである。外務省としてはカズカズ共和国政府に一連の騒動、そして現時点での国内情勢について詳細に説明する責任が存在しており、ルイス氏もまた例外ではないと考える。国民の皆様に置かれましては引き続き同地への不要不急の渡航は中止としていただき、やむを得ず滞在する場合にはくれぐれも現地での情報に目を離さず身の安全を最優先に行動していただきたい。」



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3月 31 (日曜日) 2019
外務省、カズカズ共和国への渡航中止を勧告 他 16:49  トルキー社会主義共和国 


外務省、カズカズ共和国への渡航中止を勧告

828年1月、外務省はカズカズ共和国に関して渡航危険レベルを3に引き上げ同国への渡航を中止するよう勧告した。同国は我が国との間に国交を有しないことから渡航危険レベルは1に指定されていたが、827年に内乱の危険性から2へと引き上げられていた。外務省はこの指定に関して以下のように述べた。

「カズカズ共和国においては同地域を指導していたカズ・シャルスト氏の死去以降体制の再構築が試みられているが、方向性の異なる派閥との間での意見の衝突が長期に渡って続いており同国に滞在する観光者の間には不安が募っている。また意見を衝突させている同国の各派閥や同国の国内情勢について情報が不明の点が非常に多く未だに新体制発足の情報も入ってきていないことから、外務省としてはカズカズ共和国は既に事実上の内乱状態に陥っていると判断し、同国への渡航危険レベルを3へと引き上げ、同国への渡航を可能な限り中止するよう勧告する。また現在カズカズ共和国領内に滞在する邦人については同国政府が機能不全状態に陥っていており武力衝突の危険性も高まっていることから、身の安全を最優先に行動し場合によっては周辺国への退避や一時帰国も検討するよう勧告する。」

カズカズ共和国の体制その他の情報は非常に少ない。一部情報筋ではカズ氏死去後の体制で優位を得るため同国行政府では”帝国主義派”と”保守派”との間で苛烈な権力闘争が繰り広げられており、立法府は二大派閥の相互妨害により完全な機能停止状態にあると言われているが、現状では具体的な情報は存在しない。カズカズ共和国のこの混乱に関してはは伝聞や噂からなる雑多な情報が入り乱れているのが現状であり、政治体制の見直しを進めた同国の”共和国最高議会”がそれを乗り切り新体制を構築できるのかが注目されている。その後記者らからは同国についての質問が行われた。以下に一部を抜粋する。

―カズカズ共和国の政治について外務省が把握している情報を可能な限りお教えいただきたい

「外務省が把握しているカズカズ共和国についての情報は非常に断片的なものに限られており、同国の政治に関しては不明な部分が非常に多い。断片的な情報からカズ・シャルスト氏のカリスマが国家運営に大きく影響を及ぼしていたことは予想されているが、同氏が指導していた体制や同氏の死去後の状況は不明である。」

―カズカズ共和国との間に国交は存在していないとのことであるが、今後同国との関係をどのように取り持っていく予定であるか

「外務省においてカズカズ共和国に対し何らかの外交的行動を行う予定は現時点では存在しない。一方で現在同国に滞在する邦人の安全確保のため、現在様々なルートを通じ邦人の安全確保を全力を上げて行っている。またこの渡航中止勧告が同国との国交開設などを拒むものではないことをこの場において申し上げる。」



827年映画興行収入ランキングが公表

トルキー映画の指標を表す値がこれまでの配給収入から興行収入に切り替わったことに伴い827年の映画興行収入ランキングが集計され発表された。

第三位は巨大怪獣の出現に際した国家内部の動きを描いたダーマード・カルカヴァン監督の特撮映画「シン・いのら」がランクインした。従来の巨大怪獣に際した人物のドラマを描いてきた怪獣映画の伝統を根本的に覆し、国家内部に焦点を置いたこの作品は当初限られた映画館でのみ上映される”怪作”とされたが、上映期間後半に入り口コミなどから広まり全国へ及ぶ爆発的な人気となった。

第二位は不思議な物質により”アニマルガール”となった動物たちが動物的本能と人間的な価値観の狭間で葛藤し争うメフメト・ヨシザイール総監督の長編アニメーション「劇場版のけものエネミーズ」がランクインした。テレビアニメとして824年に放映されて以降大人気シリーズとなったのけものエネミーズの集大成とも言われたこの作品はグッズが軒並み売り切れとなる”のけエネ旋風”を生み出した。またアニメの監督から本作品の脚本・アニメーション監督を努めまさしくのけものエネミーズの顔となっているタッキー氏はこれらの功績からトルキーアニメ界の最高の栄誉と言われるフゼイフェ賞(メディア部門)を受賞した。

第一位には資本主義社会で生きる男性が同僚との競争に敗れ堕落していく物語を描いたハムゼ・アイドアン監督の実写映画「青の砦」が付いた。監督自らの経験が加わっていると言われるこの物語は社会に蔓延る闇のみでなく人に潜む欲求の恐ろしさをも描き出し、社会主義社会に生きるトルキー国民の恐怖を掻き立てた。アイドアン監督は既に次回作の制作に取り組んでいると発表しており、ファンらの期待は最高潮だ。また828年2月には同作品の小説版も発売され、こちらもベストセラーとなる大人気を博している。

827年はブームを巻き起こした映画が並び立つまさに爆発の年であり、このところ下火と言われたトルキー映画界にとって大いなる進歩の年と言えるだろう。

おわび

映画興行収入ランキングの公表を報じた記事において誤った年月を記してしまっていたため、訂正いたしました。読者の皆様方におかれましては誤った情報により混乱を生んでしまったことをお詫び申し上げます。



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3月 05 (火曜日) 2019
政府、外交活動の全面的再開を宣言 他 19:18  トルキー社会主義共和国 


政府、外交活動の全面的再開を宣言

政府は823年8月、開国に必要とされる諸手続きが全て完了したと発表し外交活動の全面的な再開を宣言した。第三者委員会への参加や記念式典への出席等の外交活動は近年既に行われていたが、貿易等を含めた全面的な外交活動は約100年振りのこととなる。

アンカラ市街では開国の報を受けて各店で大規模なセールなどを行い、この日を待ちわびた遠方からの買い物客も殺到する大盛況となった。市場関係者へのインタビューでは「これから大量の外国製の商品を裁いていくのが楽しみだ」と強い期待感を寄せていた。

一方で開国後のトルキーの展望は明るいものとは言えない。8月付で解散となった外務省の開国緊急対策室の最終報告書及び推移予想によると「現在の国際社会は需要の暴騰により資源の供給不足の傾向にあり」、「開国後燃料及び商品の供給の見通しは明るくなく、経済へ悪影響が及ぶ可能性は極めて高い」とされている。民間の統計企業による823年度の9月~10月期間(6期)の統計では消費された商品は約130兆Va相当、商品による消費燃料は約26億ガロンとの試算がなされており、今後の外交でこの確保が急務となることは避けられないだろう。

以下アフメト・エルドアン内閣総理大臣の宣言の一部を抜粋し掲載する。

「今回の外交活動の全面再開はおよそ100年振りの事となる。100年もの年月を経て国際情勢は変化している。そして1世代を25年と置くのであればおよそ4つもの世代を超えており、当時の経験といったものを活かすことはもはや不可能に近いであろう。開国緊急対策室の報告と予想によれば我が国の経済の先行きも決して明るいものだとは言えず、此処から先は苦難が待ち受ける事だろう。だが、我々は歩みを続けなければならない。遠き昔、非常に限られた技術力においてここフリューゲルへの移住を見事果たしたのは何故か。非常に長い動乱の時代が終結し、このような平穏の時代がもたらされたのはなぜか。それは苦難を恐れずに歩みを続け、目標を実現させた我々の先祖の世代がいたからに他ならない。我々の手で苦難を乗り切り、そして次の世代にこの国を繋いでいこう。そしてこの時代が歴史の一部となった時に『そんな時代があってよかった』と振り返られるよう、団結し全ての力を捧げよう。」

その後開かれた会見では主に今後の政策についての質問が多く挙げられた。こちらも一部を抜粋する。

―ある民間企業の試算では『鎖国前の経済体制をそのまま維持することは厳しい』とされている。政府としては今後どのような経済政策を行っていく方針であるか。

「政府としても現状の体制のままで世界経済に復帰していくことに非常に困難が付きまとうことは把握している。今後は先の人民院選挙において賛同を得られた『農林業強化案』を軸に再開発等を進めていきたい方針だ。具体的にはまず肥大化している商業人口の削減を行い、膨大な商品の需要を軽減する。生じた余剰人口は農業や林業に従事するよう政府を挙げて推進したい考えだ。また燃料需要の軽減のため国家規模についてもある程度縮小を行う方針だ。しかし具体的な数値目標などは現時点で定まっていない。急激な方針転換は混乱を生む可能性が強いことから、経済バランスを慎重に見極めながら実行していきたい。」

―813年戦争での各国の被害状況などから現在防衛体制の見直しが必要との声が軍務省関係者から聞かれる。政府としての見解をお聞きしたい。

「現在までのところ我が国は他国による攻撃に晒された経験はないが、拡大した軍の規模の中で非効率的な指揮体制などの問題が生じていることは事実である。政府としては現在の軍の体制の見直しを行っていき、防衛・攻撃双方において効率的な指揮を行える体制を整える方針だ。」



鉄鋼レート問題について九カ国が共同で声明。政府「双方の立場を尊重した解決を望む」

近年、鉄鋼について国際的に主流な相場と異なるレートで取引を行う国家に対し、是正を求める国家との間で緊張が生じている。この情勢を受けて823年9月、当事国を含めない九カ国による対話の支援を表明した共同声明が発表され、現在も問題解決への糸口が探られている。

この声明を受けて共和国外務省は以下のようにコメントした。

「昨今の貿易に関わる緊張は憂うべきものであり、早期に解決がなされることを切に望んでいる。国家同士が取引を行おうとするとき、双方には異なる事情が存在しており時にその事情は取引自体に影響を及ぼすものであることもある。そういった場合においてどういった交渉を行うかは双方の判断に委ねられており、最終的な決定は双方が納得し、双方の事情を尊重したものでなくてはならない。現在公正とされている”国際相場”はこれまで行われた数多くの取引において、多くの国が納得できるものであったという慣例の存在であり、あくまで取引は双方の事情を尊重するという大前提に立ち、その上でこの”国際相場”についても検討を行うという形で運用すべきだ。政府としては九カ国の共同声明について一定の理解を示すものであり、また対話の取り組みを支援する意向を歓迎する。昨今の緊張が当事国同士の立場を尊重した形で解決されることを望む。」



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3月 01 (金曜日) 2019
第48回人民院選挙実施 政権交代へ 他 21:04  トルキー社会主義共和国 


第48回人民院選挙実施 政権交代へ

823年3月、人民院の解散に伴い第48回人民院選挙が実施され、社会民主党-共和人民党の連合が敗北。アフメト・エルドアン新首相率いる労働党の単独政権が発足した。

政党      改選議席数   議席数 増減

社会民主党   121       95    -26

共和人民党   40       21   -19

トルキー労働党 168       208   +40

共産党     26       29   +3

緑の党     40       39   -1

無所属     5        8     +3

エルドアン首相は政権運営にあたり一部共産党との連携も行うとしている。共産党が政権へ協賛することは第四共和政史上初のことである。両政党共に「農林業強化案」を主張した政党であり、今後トルキーは大きな変革を迎えることとなりそうだ。

一方野党に転落した社会民主党、共和人民党は厳しい結果となった。久しぶりの3桁の議席数を獲得し大躍進を遂げた社会民主党は再び3桁台へ転落。近年議席を喪失し続けている共和人民党は改選議席の半分近くである19議席を喪失した。今回の選挙では3人の共和人民党議員が党からの離脱と無所属での立候補を表明し見事当選するという結果も出ており、共和人民党の求心力の低下は留まることを知らない。

この選挙は連立に参加していた緑の党の連立離脱により始まった。緑の党は連立離脱の理由として「現政権との路線の致命的な食い違い」を挙げた。この路線の食い違いは820年の両院同時選挙が発端とされる。820年の両院同時選挙では与党側は急ピッチで策定した「鎖国前復帰案」を掲げ労働党や共産党と争ったが、緑の党はこの案の策定にほとんど関わることが出来なかったと言われている。ある社会民主党党員は取材に対しこう証言している。

「本来であれば3党合同で決めるのが筋で、むしろそれこそが今までにやってきたやり方だった。しかし労働党と共産党が『農林業強化案』を持ち出してきたことに対し、政権側としてもなにか用意する必要に駆られ問題が生じた。というのも、緑の党の政策は農林業強化案に親和性が高いものだったからだ。しかしそんな中で3党での妥協点を探るような時間はもはや残されておらず、やむを得ず政権としてでなく社会民主党と共和人民党の共同として『鎖国前復帰案』を発表し、選挙後に緑の党の信任を得るという形を取った。」

しかし緑の党はこの鎖国前復帰案に選挙以降も支持を表明することは無かった。連立政権そのものはその後2年ほど続いたが、開国が差し迫り「鎖国前復帰案」への支持が強く求められたことで離脱表明に至った格好だ。

緑の党の離脱により少数与党となるウラス政権は内閣不信任を回避するため解散の一手を打つ他なく、今回の選挙へと至った。ある社会民主党幹部は「そもそも急ピッチで決めたことに従ってくれなんていう方が無理だった。しかし実のところ、どう足掻いてももう政権側にはあの手しかなかった。完璧な政略負けだよ。」と話した。



ÖBD、海外への活動拠点移転を準備か

現在の第四共和政の打倒と資本主義社会の構築を主張する「資本と平和の民主主義(ÖBD)」が海外への移転を図っていたとみられることが発覚した。

警察によると別件での調査中、イズマル県に位置する廃港に停泊する不審な船舶を発見した。船舶を調査した所ÖBDの活動に関係すると見られる機密と記された複数の書類と大量の違法薬物が積載されており、警察は同様の荷物を持ち船舶に近づいてきた男を違法薬物保有の疑いで現行犯逮捕した。男は「あいつらに頼まれて運んでいた 俺はあの中身は知らん」と供述しており、警察はこの船舶が届け出のなされていない違法大規模動産であったことと、船内で発見されたいくつかの指紋からÖBDが「運び屋」に依頼し海外脱出への準備を整えていたものとして調査を続けている。

ÖBDは本件についての取材を全て拒否し続けている。ドゥユ・セネル法務大臣は「なんとしてでも犯罪の海外脱出を阻止するため、全力を挙げて調査に取り組む」とした。



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2月 15 (金曜日) 2019
820年両院同時選挙実施 他 20:54  トルキー社会主義共和国 
820年両院同時選挙実施

820年はトルキーでは異例の両院同時選挙が行われる選挙の年となった。

焦点となったのは「開国後の経済政策」についてである。

現在トルキー国内においては自国経済に注力し限定的な外交を行うことで持続可能な国家体制を築き上げる「永続国家計画」の修正・廃止が目指されており、開国後の混乱を最小限に抑えるための努力が関係省庁において続いている。

しかし現在のところ、与党内の方針の対立もあり外交活動再開以降の見通しについては白紙に近い状態だ。

この議題は40年に渡り続く社民-共和-緑連立政権を悩ませる重大な議題であり、内閣の危機は差し迫ってると言ってもいいだろう。「もはや後回しにはできないだろう」とは内閣関係者の声だ。

13代目首相ジャフェル・ギュルセル氏の息女であるミュジデ・ギュルセル=イスタンベル大学教授(共和人民党顧問)は819年に自身の講演会でこのように語った。

以下特に注目を集めた部分について抜粋する。

「~むしろ今にもなってそんな話してる方が不思議です。780年に父の政権が発足した当初から、開国の方針を決定すると同時に開国後の政策を急ピッチで策定していたはずなんです。父は首相であった11年半はとにかく開国、開国だったと当時のことを語っていました。しかし実際はなんと『現在までのところ決定している事項はない』というじゃありませんか。この40年間、一体何に時間を費やしていたのでしょう。私はCHPの立場ですが、常に労働党が政権確保間近に迫っている中で緊張感というものはなかったのかと大変困惑しています。~」

彼女の声がメディアを通じ瞬く間に全国民へと広まったこともまた、トルキーにおける「開国後の経済政策」がいかに重大な議題であったかを示しているだろう。

820年の両院同時選挙は労働党と共産党の主張した「農林業強化案」、社会民主党と共和人民党が共同で発表した「鎖国前復帰案」の事実上の一騎打ちとなった。

左派政党が支持を集める近年の傾向に合わせて前年の上述のギュルセル氏の発言が注目を集めていたことにより、「国民の信を問う」として異例の同時選挙に踏み切ったアクス首相の判断に「自死行為だったのでは?」と恨めしい声を上げる党関係者も見られた。

人民院

政党      改選議席数   議席数 増減

社会民主党   112       121   +9

共和人民党   53       40   -13

緑の党     40       40   0

トルキー労働党 166       168   +2

共産党     24       26   +2

無所属     5        5    0

人民院では労働党、共産党、社会民主党が軒並み議席数を伸ばした一方で、共和人民党の議席喪失に歯止めがかからない状態となっている。

緑の党は議席数を維持し支持の手堅さを見せつけた。

結果として現政権は3党で計201議席を獲得し辛うじて政権交代を免れたが、緑の党と同率での与党第二党となった共和人民党は離党者を出すなどその求心力の低下が指摘されており、予断を許さない状況が続きそうだ。

地方院

政党/会派        改選議席数   議席数 増減

トルキー労働党     69       138   -2

社会民主党       25       54   +2

チューリップ同盟    14       27   0

共産主義戦線      9        23   +4

共和人民党       11       11   -6

アルミニア民族共同体  4        11   +2

地方院では労働党は議席数をわずかに減らしながらも過半数を維持し、人民院と地方院の間で第一党が異なるねじれ状態が続いている。

地方院発足以来より労働党以外の政党が第一党を獲得したことは数えるほどに留まり、地方選に強い労働党の地力を見せつけた格好だ。

共和人民党は地方院においても議席を大きく減らし続けており、政権内での発言力の低下は免れない。

ここ十数年勢力を伸ばし続けているアルミニア民族共同体は、今回の選挙により初の2桁議席を獲得した。

同党の活動領域でもあるカリス県、エリジラム県においては労働党に匹敵する議席を確保しており、今後も侮れない勢力となっていくだろう。

拡大の背景には一時民族自治権の拡大も示唆した共和人民党への失望感があるとも指摘されている。

近年快調の共産主義戦線は今回農村地域において特にその力を大きく発揮した。政権交代を免れた連立政権も「農林業強化案」の声を無視することは難しくなるだろう。

資本主義活動家ら、違法薬物取引の疑いで一斉逮捕

警察は10月下旬、現体制の打倒と資本主義体制の樹立を目指す「資本と平和の民主主義(ÖBD)」本部に強制立ち入り捜査を行い、違法薬物取引の疑いで幹部ら4名を含む関係者31名を逮捕したと発表した。

逮捕容疑は活動資金の確保と現体制の撹乱を目的とし組織的に違法薬物の取引を行っていたとしている。

ÖBDは過去にも違法薬物取引の容疑で複数の構成員の逮捕者が出ている。容疑者らはいずれも容疑を否認しており、「素性がわからない組織に脅され保管していた」と供述している。

今回の強制捜査により押収された違法薬物は大型バン1台分にも及び、警察は押収されてない薬物や製造の事実などの余罪があると見て捜査を続けている。

取材に対し同組織は「取引の事実は存在しない。このような不当逮捕を行う現政府はやはり腐敗した体制であり、組織をあげ断固たる対抗処置を行う。」と次なる活動を示唆した。

ズュムレ・セキ法務大臣は会見で「法を犯した者は罰せられる。法を忘れていたとしてもだ。」と徹底的な対抗姿勢を示した。



その他

民主党、幹部2名の除名を発表。党内清浄運動の一環か

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7月 29 (土曜日) 2017
アルミニア系民族政党合流へ 他 21:25  トルキー社会主義共和国 
26152期 726年6月15日

アルミニア系民族政党合流へ

アルミニア系の三大民族政党であるアルミニア民族共同体代表ホヴハンネス・テリアン、民族躍進進歩党党首ザベル・エスカンダリアン、大アルミニア主義人民党代表ユスフ・ハチャトゥリアンは14日共同会見を開き、アルミニア系民族政党の分裂状態を解消し、アルミニア民族共同体の一党に合流することを発表した。

三党はアルミニア独立党(注1)が675年の第一回地方院選挙を前に"自治県派"、"自治共和国派"、"民族自決派"の三派閥で意見が対立し空中分解してできた政党であり、これらの合流によって再びアルミニアの一大民族政党が成立することとなる。

合流に至る経緯について新たなアルミニア一大民族政党の代表となるテリアン氏は「第十一回地方院選挙は労働党が分断の後遺症によって足を引きずっていたにも関わらず、我々にとって非常に厳しい結果になった。国政においても我々は未だ自治拡大の要求を実現できておらず、同志らからは批判の声も上がっている。我々の目指す方向は必ずしも同一ではないが、この厳しい状況においては分断している場合ではなく、党派の垣根を超えて団結しアルミニア人の権利拡大に向けて活動していくことが重要であると感じた。」と話した。

アルミニア人の民族史などに詳しいファリフ・バジェオウル=イスタンベル大学名誉教授は「アルミニア系の民族主義政党三党は国政に参加しても今ひとつ成果を上げることができずにおり、穏健派のみならず民族主義者からも激しく突き上げを受け、さらに不信感から徐々に支持そのものを失いつつある。しかし少数民族の自治権獲得は多くのアルミニア人にとっての悲願であるし、第四共和国においては未だに何ら成果を出せていない。アルミニア人の自治権獲得という目標のため、アルミニア系の民族主義政党は今こそ団結しなければならないと感じたのでは。」とした。

新たな一大民族政党の誕生によって少数民族政策に関する議論がより活発になっていくこととなりそうだ。

なおこの合併によりエルズム県議会ではアルミニア人共同体が第二党、イージム県では同党が第三党となる。

記者会見においては主に今後の政策に関してを中心に質問が行われた。

以下は質問とそれに対する回答の抜粋である。

――第十一回地方院選挙の結果についての話があったが、この合併の議論が始められたのはいつごろからか。

「議論としては674年の独立党解党直後から既にあったが、本格的な合併交渉が始まったのは725年の第十一回地方院選挙からだ。」

――第十一回地方院選挙が厳しい結果に終わった原因は何と考えているか。

「今回の地方院選挙では主に農業改革をどう進めていくのかということが焦点になっていたが、我々は農業改革と少数民族との関係を示していくことができず、国民の理解を得ることができなかったと考えている。」

――党派の垣根を超えて団結していくとのことだが、合流した三党は元々その主張に差異があった。それらの差異をどのように1つにまとめていくのか。

「第四共和国成立以降これまで我々は地方院や地方議会においてそれぞれ活動してきたが、アルミニア人の自治権獲得という大きな目標すら未だに実現できずにいる。その為我々は『アルミニア人の自治権獲得』という大きな目標をひとまず目指していく。そしてそれが実現した後はその獲得した自治権がどうなのか、どうするべきなのかということを議論していきたい。」

――最終到達点が自治県、自治共和国、民族自決というものなのかということは棚上げという認識でいいか。

「そういうことではなく、まずひとまず『アルミニア人の自治権獲得』を目指す。そしてその実現が自治県、自治共和国、民族自決であるにしろその獲得した自治権がどうなのかという議論を行っていく。棚上げではなく、自治権の獲得後政府の少数民族政策がどうだったのかという議論を行っていくという認識をしていただきたい。」

――自治権獲得の手段が自治県であるにしろ自治共和国であるにしろひとまずは関係ないということか。

「そういうことだ それがどうだったのかという議論はその後に行っていきたい。」

――今回の合併によりエルズム県議会では第二党となる。これによって地方議会での存在感が一層高まることが予想されるが、今後どのように活動していくのか。

「地方においてはまず県議会という枠組みの中で少数民族の権利を高めることを目指し、そして『アルミニア人の自治権獲得』を訴えかけていきたい。」

――一部では一部県議会の与党を狙っているのではと噂されているが、これは事実か

「少数民族の権利向上のために必要であればその可能性も否定しない。」

――記者らの質問が終わり会見の最後に

「トルキーにおける少数民族政策というのはやはり非常に大きな問題であるし、今後トルキーにおける主要な政治的課題になっていくものと思われる。そうした中で我々は少数民族の立場に立ち『こういうことをしてほしい』といったことも訴えていく政党となることを目指す。おそらく自治権の獲得までの道は厳しいが、少数民族として団結して取り組んでいきたい。」



注1:トルキー内戦(第四期)の混乱に乗じて結成され、674年まで存在したアルミニア系の民族政党。当初は民族自決を主張していたが、時代を経るごとに徐々に軟化する党員らも出てきていた。



トルキーの食糧事情「建国以来最大の危機にある」

ジェマル・デスタン財務大臣は13日定例会見においてトルキーの食料事情について触れ、「建国以来最大の危機的状況にあり、早急な対応が求められる」とした。

この発言は農業改革の進捗等を報告した後に行われたものだった。

またその後の記者らの質問に対し「万が一の際には他国からの大規模輸入も必要になるだろう」との見解も示した。

また農業規模が増加することに伴う商業効率の低下と予算減少の懸念については「そういった懸念は今のところ薄いが、万が一ということも否定しきれない」と厳しい表情で語った。



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7月 22 (土曜日) 2017
KiCT外国向け報道開始 他 12:34  トルキー社会主義共和国 
26108期 725年3月14日

KiCT外国向け報道開始

KiCT(赤きトルキーの取材局)の外国向け報道が正式に認可を受け開始された。

現在までのところトルキーから外国へ向けての報道が認可されている民間の報道機関は存在せず、民間の機関としても報道機関全体としても初の快挙である。

統一日報の運営の他、民間報道機関の認可なども司るジェウデト・アヴジ報道担当官は、認可について「外国への報道を統一日報が全て担うのでは公平性に欠け、(統一日報の)仕事の多さから速報性にまで欠けてしまう。KiCTにプレッシャーをかけるわけではないが、トルキー国内の時勢を外国に伝える重要な機関となることを期待している。また統一日報一強体制に風穴を開け、その他の民間報道機関が躍進する一つのキッカケとなれば我々としても肩の荷が下りる。」とした。

我が局の取材に対し、トルキー国内のみならず外国の報道機関やその実情などを研究するファリフ・チェリク=アンカラ大学教授は「第三共和政(注1)で多くの報道機関が取材機能を喪失し、唯一取材機能が残ったのが元々労働組合党(注2)の機関紙だった統一日報だった。この状態は17年の内戦(注3)を経ても修復されることはなく、内戦(注3)においてトルキー労働者評議会(注4)が勝利して以降、別々の機関が担うべき取材・報道機能は全てこの統一日報1つで担ってきた。開国して外国に向けての報道が必要になるとそれすらも担うようになり、もはや統一日報はパンク寸前になっていた。そこで708年以降国内の報道を民間の報道機関に任せ、経験が積まれ次第順次海外向け報道も任せていき統一日報の負担を減らそうということをやってきていた。その最初の成功例が出て統一日報としても本当に肩の荷が降りたと思っているのではないか」と話した。



注1:正式名称は「トルキー社会共和国」。トルキー内戦(第三期)の終結に伴って建国され、4年間存続した社会党による一党体制国家。アッバス・アタイズィによる独裁体制が敷かれ、報道機関に対しても「反動勢力」として強力な弾圧を加えていた。

注2:社会党に強制的に合併されるまで存続した社会主義政党。第三共和政の崩壊後反アタイズィ派の社会主義者らをまとめ上げトルキー労働者評議会を結成した。

注3:第四共和国(現在のトルキー)が建国されるまで続いたトルキー内戦(第四期)を指す。社会主義勢力と社会民主主義勢力、独立を求める少数民族との衝突だった。

注4:現在の労働党の原型となる社会主義政党。第四共和政での民主主義の導入に反対した勢力が共産党として分離した以外はほぼ労働党に受け継がれた。




【独自】第十八回人民院選挙の前後を探る

労働党結党以来の分断が元となって発生し、労働党が労働党の議席を奪い取るという初の"労労対決"も行われた第十八回人民院選挙の前後ではどのようなことが起こっていたのだろうか。

我が局独自の取材を通してそれを探っていきたい。

まず労働党対労働党という構造を理解するには、その分断の原因から知っておかねばならない。

720年6月までの労働党は主に現在のトルキーの食料生産方針を見直し、より農業生産効率を高めようとする農業改革の具体的な方法について話し合っていた。

この時既に労働党では主にハト派党員によって主張された「農業組合のシステムを改革し、効率のいいシステムに再編する」農業組合改革案、主にタカ派党員によって主張された「農業組合が行政的行為を行えるよう権限を拡大し、集団農業の効率を高める」大集団農業案の2つの案までは絞られていたが、これ以上の議論の進展が見えず行き詰まりの状態にあった。

これ以上議論による成果は出ず、内閣にその判断が委ねられていたのだが、そんな中ヴォルネスク独立戦争が発生し、SSpact加盟国もそれに伴って戦争状態に突入したことによって労働党は騒然となった。

農業改革の議論は一旦棚上げされ、労働党としてもこの事態に対する対処を議論していたのだが、しかしこれもハト派党員の「SSpactとしての参戦には当たらず、参戦の必要はない」という主張とタカ派党員の「ヘルトジブリールに倣い、我が国も参戦するべきだ」という主張が真っ向から対立し、なかなかまとまらなかった。

そこに一国の運命を決める議論に決着がつかないままにファルク・ウラス内閣総理大臣が、労働党の分断を避けるため独自に「SSpact加盟国の戦争状態突入という事態を重く受け止める」という声明を行ったが、この声明がタカ派党員の目には「不参戦を内閣総理大臣が独断で決定した」ように写り、ウラス首相に対する不信感が募ってしまったのである。

最終的な決着がつかないままにヴォルネスク独立戦争は終結し、経緯や理由は全く異なりながらもハト派党員の主張が受け入れられた形になったのだが、前述の農業改革の議論を再開する際にウラス首相の「農業組合のシステムの改革こそがより確実な改革方法であり、(農業組合の)無理な介入で農業を破綻させてはならない」という声明を出した。この声明自体はヴォルネスク独立戦争で後回しにされていた内閣の判断を議論再開時に下しただけなのだが、ウラス首相に対する不満を募らせていたタカ派党員がこれに露骨に不快感を示し、一部は「ウラス首相はハト派党員の回し者だ」とまで発言。こうして労働党の分断が決定づけられてしまった。

一方で議会では他に社会民主党・緑の党・民主社会同盟によって「国土のあらゆる地点に農業に特化した地区を儲ける」国土改造案も持ち上がっており、前述の2つの案と合わせ激しい議論が予想されていた。

労働党内部ではハト派党員の農業組合改革案が優勢ではあったものの、タカ派党員の大集団農場案は他に共産党も支持しており、ウラス首相はこの分断の状況では議会での激しい議論を戦い抜けないと判断。人民院の解散に踏み切った。

選挙戦においては与野党のみならず、労働党同士でもウラス首相が中心となったハト派党員らとダーマード・デュラン外務大臣が中心となったタカ派党員らによる激しい攻防が繰り広げられた。

一部の選挙区では共産党によるハト派党員の演説妨害が行われ、厳重注意処分となるなどした。

結果はハト派党員、タカ派党員はどちら共に議席を落とすも、ハト派側が粘り勝ちという辛勝を遂げた。

この結果を受けてタカ派党員らはハト派党員の主張に協力することを決定し、タカ派党員がハト派党員に屈する形で労働党の分断が解消された。

なおこの間に聖樹の食料収穫量激減という重大な出来事も発生し、農業改革はより国民の感心の寄るところとなった。

ウラス首相は「聖樹による食料収穫量激減という出来事は国際的にも問題となっている。トルキーとしても急速な解決を図りたい。」としている。

この農業改革をなんとしても急ぐため、国土改造案との妥協案も探り野党の支持を得、急ピッチで改革を終わらせる構えだ。

ある社会民主党党員は我々の取材に対し「国土改造案は労働党内部の諍いとは関係なく、野党3党で慎重に議論を積み重ね続けてきてようやく完成した渾身の案だ。選挙という名の内紛にも付き合わされたのだし、1つや2つこちらの主張が受け入れられるのも当然だ。」と話した。



【社説】「参戦派」「非戦派」とはなんだったのか

ヴォルネスク独立戦争でのSSpact加盟国の戦争状態突入については政治家のみならず国民も非常に感心を持って情勢を見守っていた。

統一日報・KiCTの合同世論調査(対象者数2810人 回答率81%)ではSSpact加盟国の戦争状態突入についてなんと73%の回答者が「感心がある」と答えた。

またそれに伴う議会前での「参戦派」「非戦派」の連日の演説や、双方の激しい衝突に関しても85%もの回答者が「感心がある」と答えている。

しかしそれらの活動に注視していくと、その急進性や国民の関心度に反し、実に不可解なことがいくつかあることがわかる。

まず1つは「構成人数の異様な少なさ」にある。

SSpact加盟国の戦争状態突入は前述の通り国民も非常に関心を持って見つめており、それに伴う議会前での活動も多くの国民に知れ渡っていたはずであるが、それらを写した写真などをよく検証していくとその参加人数は双方ともに100人程度に留まることがわかっている。

主催者側が双方ともに5000人前後の数字を発表しているのにも関わらず、である。

内戦などを見れば分かる通り、トルキー人はこのような大きな社会的動きには便乗して混ざっていく傾向がある。

その国民性と出来事が多くの国民に知れ渡っていたことを考えると、活動が非常に大規模なものにならなかったことは余りにも不可解だ。

2つめに「既存の危険政党との活動の類似性」がある。

トルキーに存在する二大危険政党といえばやはりアタイズィ体制の流れをくみ現在の民主主義を全否定する「革命的共産主義者同盟」と、社会主義というシステムを全否定し自由放任主義導入のため既存の社会主義政党を全否定する「資本と平和の民主主義」だろう。

この2つの活動は現在主だって「街頭における集団スピーチ」と「批判に対する徹底的なヘイト」に絞られているのだが、この2つの方針は「参戦派」「非戦派」の活動に奇妙なほど合致するのである。

またこの危険政党2つと議会前に集結した2つの主張は当初は似て非なるものであったが、時間がたつにつれて「参戦派」は「革命的共産主義者同盟」の、「非戦派」は「資本と平和の民主主義」の主張へみるみるうちに近づいていったことにも注目すべきだろう。

具体的には「参戦派」は当初は「SSpactの意義を守るため、トルキーも参戦すべき」という程度のものだったが、次第に行政府の権限を強めるというものが混ざり、最終的に「議会の全議席を『信用に値する政党』に与えるべきだ」という危険な主張をするようになり、「非戦派」は「トルキーの利益を考慮すると、参戦することは望ましくない」というものだったが、次第に「平和を守り自由を愛そう」と主張し始め、最終的に「軍隊の解体、三権分立の徹底、『個人の利益』の尊重」という全く無関係な主張をするようになった。

これらの主張は使われる単語の違いこそあれど2つの危険政党の主張と概ね同じものであり、議会前に集った2つの勢力が何らかの形で2つの危険政党に影響を受けていることは明白だろう。

最後に「既存の危険政党との繋がり」がある。

これらはヴォルネスク独立戦争の終結後捜査が進むにつれて判明した事実であるが、議会前に集った2つの勢力と2つの危険政党の間には2つの奇妙な繋がりが存在することがわかっている。

1つ目は議会前に集った2つの勢力はどちら共に2つの危険政党からの資金的・人的支援を受けていたこと。

2つ目は議会前に集った2つの勢力の主導者がどちらも2つの危険政党の幹部との会談を行っていたことである。

この2つの事項が2つの勢力どちらにも当てはまっているという時点で奇妙なのだが、この2つの勢力がそれぞれ関係を持った危険政党と主張が"近づいた"危険政党とが完全に合致しており、その奇妙さがますます大きくなる。

これら3つの観点から、議会前に集まった2つの勢力「参戦派」と「非戦派」はそれぞれ「革命的共産主義者同盟」、「資本と平和の民主主義」が自らの主張を国民に広めるために議会前に派遣した傀儡だったと判断ができる。

議会という神聖な場を利用し危険な思想を正当化しようとしたという点は甚だ憤ろしい。

ヴォルネスク独立戦争が終結するとともに「参戦派」は自らの主張が叶わなかったことがなんともないかのようにあっという間に解散し、「非戦派」はまるで自らの主張を議会前での活動のおかげで政権側が受け入れたかのように演説を行い解散した。

もはや「参戦派」も「非戦派」も存在しないが、かつて議会前を占拠したこの2つの勢力が本当に正当で適切なものであったのか、改めて考慮する必要があるだろう。
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