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大明國報 | ||
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10月 15 (木曜日) 2015 | ||
和寧国政府より最終放送 | 00:58 | |
全和寧国民並びに諸国の友人たちに最後の放送を行う。 和寧政府は10数年に渡る国土再建の努力も空しく、ここに解体を宣言しなければならない。 遡ること、610年春、我が忠勇なる皇軍は京城を中夏軍より奪還した。 その後、北進した皇軍は壌平で中夏軍を打ち破り、610年末には寧夏国境まで押し戻すことに成功した。 更に、少数民族と民主化を求める市民の暴動により中夏共産党政府は崩壊寸前にまで追い込まれた。 しかし、進退窮まった中夏軍は611年1月、世界有数のウラン鉱脈を有する和寧本土から収奪した核燃料を用いた水素爆弾を数発使用、皇軍は壊滅状態に陥った。 核攻撃後、燕海君・有子妃両陛下、鄭俊雄首相以下、政府・軍中枢は行方不明となった。 生き残った政府は和寧全土を制圧したが、10数年に渡る戦火と核攻撃による被害、放射能汚染で荒れ果てた国土の再建は難航を極めた。 また、北方より侵入した中夏人・萬州人・檬古人系匪賊、南方より襲来した秋津人海賊、この機に生じて暴動を起こした共産主義者の活動によって治安は完全に崩壊した。 政府は、残存艦船を総動員して国民の脱出に努め、管理下の資源と共に、友好国(石動、レゴリス、スコッチランド、ガトーヴィチなど)へ輸送を行った。 今、我々は最後の難民船を見送り、無人となった廃墟の京城にいる。 我々はこの放送が、世界に向けて届いているかどうかも知ることができない。 最早、この国に残されたものは廃墟と放射能と盗賊だけになってしまった。 我々は、国土・国民を守り抜くことができず、皇祖への忠節と国民への責任を果たすことが出来なかった。 今、我々は全ての責任を取って自決し、和寧民族先祖へ懺悔の旅に出なければならない。 いつの日か、生き延びた同胞が偉大な祖国を取り戻さんことを。 和寧万歳 皇尊万歳 大和寧帝國行政代表 李風伯内務次官 616年11月日付も知れず | ||
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