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カル=シスマの赤い花
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- カル=シスマの赤い花 (ゲスト, 2015/9/4 23:40)
- Re: カル=シスマの赤い花 (ゲスト, 2015/9/4 23:40)
- Re: カル=シスマの赤い花 (ゲスト, 2015/9/8 13:58)
- Re: カル=シスマの赤い花 (ゲスト, 2015/9/10 19:42)
- Re: カル=シスマの赤い花 (ゲスト, 2015/9/13 19:44)
カル=シスマの赤い花
msg# 1ゲーム内外交や設定とは一切関連ございません。
Re: カル=シスマの赤い花
msg# 1.1【エーラーン調査団員の手記】
私はマーガベル共和国への調査に向かうことになった。
そう。
気の弱い女性はその地名を聞いただけで卒倒してしまうというあのマーガベルである。
マーガベルへ行く方法は一つしかない。
ノイエクルスのどんづまり、ネオ・ヴォルガからローカル線に乗って無人の雪原を三日三晩走りぬける。
すると目の前に人間が住んでいるとは思えないほど荒廃しきった炭鉱街があらわれた。
ここがマーガベルの首都ナルシェである。
「まだフリューゲルにこんなところがあったのか…」
思わず口に出てしまった言葉を、同行した主教から失礼だと咎められた。
獣の皮を幾重にもまとって防寒着とした住民達が遠巻きに私たちを見ている。
外は豪雪、気温は零下五度。我々は暖かい時期に来れたという。
ここまでの汽車の旅で、農耕地帯といったものはついぞ見えなかった。
遊牧という言葉もおこがましい狩猟採集の生活。
ノイエクルス連邦が放置していたのも頷けよう。
少なくとも凍死することはない南西ヴォルネスクと、果たしてどちらがよりましであろうか。
案内役の老人の、非常に訛りの強いロシア語を何度か聞き返しながらこの国のことを話しかける。パチパチと、石炭ストーブからの音が聞こえる。石炭。彼らをここで今まで生きながらえさせてきた黒いダイヤ。だが原子力発電が主流のこのフリューゲルでは、それらは黒い石程度の価値しかないのだ。
「お初にお目にかかります。教皇庁のみなさま」
全く場違いな、完璧な造形を持った人形のような美女が、マーガベルに欠片も縁のなさそうな優雅な乙女が、ルーシェベルギアス風の赤いドレスの裾を摘んで一礼した。
「レティシャ・ゼストーキーソーン。夢魔です。以後お見知りおきを。歓迎致しますわ」
「お目にかかれれたことにマズダー神と偉大なる熊に感謝を。…あの書簡は貴女が?」
「はい。ペルシャ語ができますのは、この国にはわたくししか」
おりませんので。と、姿に恥じない美声と、完璧な発音を持って我々の言葉を話す。
…只者ではないのはすぐに解った。気付かざるを得ない。彼女には影がない。
主教をちらりと見る。主教は気付いているのかいないのか、たわいのない社交辞令から、土産物のエッサーの茶器を手渡し、代わりに彼女をモデルとしたマトリョーシカ人形を受け取る。
意気投合したのか、主教と彼女はこの国の気候から、茶葉の流通、宗教事情、政治事情、ノイエクルスの関係…そしてパリーサー慈善修道会の活動や神学談義にまで及んだ。
「相当高位の魔のモノですよ。あれは」
深夜、主教がそう私に言った。
「…では、サザンベルク公国のように?」
「いえ、無差別に人を襲う性質ではない様子。それに光石は最後の手段です」
「美しい悪霊、という印象でしょうか」
「そうですね。まずは、相手の出方を伺いましょう」
Re: カル=シスマの赤い花
msg# 1.2【ナルシェ ─ マーガベル共和国】
マーガベルのボスであるティモフ議長の前で、愚にも付かぬ議論が目の前で行われている。
統一後に早速やってきた危機についての閣僚会議。数時間に及ぶ検討。飛び交う主張。酒瓶が散乱していたが、まともな結論は何一つでなかった。
巨漢にしてうわばみであるティモフ議長は手の届くところの酒瓶がすべて空になっていることに気づき、大声で追加を命令しようとして、冷えたウィスキーのグラスがそっと差し出されたことに気が付いた。
「レティシャ。いるのならいると言え」
「わたくしは殿方の都合の良いときにだけ現れて、不機嫌なときには見えませんの」
「ほう。つまり俺は不機嫌だったのか」
「ええ、とても」
アルコールの臭いが充満する退廃の会議室に、全く似つかわしくない夢魔が着席する。もともとその席は彼女の上席が座っていたが、今はテーブルの下で酔いつぶれ醜態を晒している。
「どう思う?」
「シェロジアの件ですか? ウェールリズセには多大な援助を受けておりますが、正直申し上げてよろしくないですね。弱い相手に強く出ることなら誰にでもできましょう」
「いや、そっちの方じゃない。ノイエクルスの方だ」
「はい。解っております。なので、シェロジアのお話を致しました。会議の席で叫び出すウェールリズセに比べれば、ノイエクルスは過分に紳士的です」
ティモフ議長は椅子から立つと、分厚い窓ガラスに向こうに吹き荒れる夜のブリザードを見やる。彼我の国力は圧倒的であり、山賊紛いの政府に肩入れする国家など無い。
「冬将軍が軟弱なノ連軍を自動的に撃退する」「いざとなればノイエクルスの伸長を阻止するため、エーラーンやレゴリスが百万の軍勢を送ってくれる」などと世迷い言を宣うのはそこの外交委員長と警備委員長だけで充分である。
すなわちこの会議は、拒絶したらノイエクルスが実力行使にでるか、でないか。の予想会議なのである。
「不毛ですわね。貴方はどうしたいのです。そしてそれは数多の生命を賭けるに値しますか?」
Re: カル=シスマの赤い花
msg# 1.3【レティシャの書斎 ─ マーガベル共和国】
「……それで、はるばるレゴリスから来たのですか」
レティシャは呆れと哀れみの入り交じった声でレゴリスの魔術結社からのエージェントを迎えた。栄光のブリンストからこの酷寒の僻地に飛ばされるなど、余程の事だろう。エーファ・ブルーンスは既視感を感じながらもレメゲトン流の作法にて肯定の意を示す。
「はい。レメトゲン/Lemegetonはヴァレフォール/Valforの高貴なるクルーエルドリーム様のフリューゲル/Fluegelへの来訪を歓迎するとともに、好意的不干渉協定/Magic Allianceを提案致します。輝月/Ahura Mazdāと暗月/Angra Mainyuが重なるまでこのエーファはクルーエルドリーム様との契約大使/Human sacrificeとして云々」
口上を述べつつ、エーファはかつて自分が相対した夢魔との共通点と相違点を探る。昏き欲望をくすぐる蒼きルティーナを月とすれば、この朱きレティシアは清純にて高貴─太陽にも思える。自ら輝くもの。
リーゼロッテからの蜜蝋の封書を開封し、無言で眺める夢魔。残酷なる夢との契約締結が、エーファに課せられた上級魔術師への昇格試験だ。
「何か、試験や試練でも受けているのですか」
「はっ。貴方様の側にお仕えし、その御力の一端を盗むことが、私に課せられました試練でございます」
「…そうですか。解りました。ではわたくしのお手伝いをお願いします」
相好を崩したエーファを見て微笑みながら、レティシアはエーファの目には触れぬよう、二枚の便箋を封筒にしまい、金庫に入れ施錠した。
その便箋の一枚目にはこう記載されていた。
合格よ。私の所に戻りなさい。
二枚目にはこう記載されていた。
残酷なる夢へ。その間抜けは貢ぎ物だ。喰って良いぞ。
Re: カル=シスマの赤い花
msg# 1.4【ネオ・ヴォルガ ─ ヴォルネスク特別行政区】
まつりごとには儀式というものが必要であるので、"ヴォルネスク特別行政区マーガベル自治区"の発足ともなれば、国内外にその正統性をアピールするためにそれなりの式典が執り行う必要があるのだった。
相次ぐ内戦の荒廃の跡も生々しいネオ・ヴォルガの政治広場にて、ロレンシオ行政区長官はカル=シスマの反逆者どもがどの面下げてやってきたかと憤懣やるかた無く過ごしていたが、ノイエクルス代表のスピーチにより、ヴォルネスク政府の混乱と無為が民族分裂の危機を引き起こした──しかし連邦のたゆまぬ政治的努力によりそれは回避された。という物語がヴォルネスクの民に提示された以上、口に出すことははばかれた。
ぱちぱちぱち。
動員された多数の人民たちの、訓練された盛大な拍手がネオ・ヴォルガの政治広場に鳴り響く。
この後は軍事パレードを行い、田舎者どもに立場の差を思い知らせる手はずである。
「…あれは?」
ノイエクルス代表が政治広場の一角を指差す。人々のどよめき。指し示したそこには車両かなにかが見える。
ロレンシオ行政区長官は慌ててパンフレットを見返し、パレードの前にマーガベル代表のスピーチがあることを確認した。
それは一つの大きなソリを引き摺る数十人の行列であった。困惑した警備車両に包囲されながらもそれは貴賓席の前にまで辿り着く。
ソリの上の覆いが取り外された。
「象…?」
ソリの上にくくりつけられていたのは動物だった。巨大としか形容できないそれ。体高4メートル以上、体重20トンと推定される雪原の王──マンモス。
ソリを引き摺ってきた者達の代表、毛皮をまとった巨漢─セミョーン・R・ティモフ議長─が、マイクも使わずに声を張り上げた。
「ノイエクルスの王よ!」
「これは貢ぎ物だ! 我らを生かせ。さすればもっと食べ物をやろう!」