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コンビョーゾ・ヘッドライン  コンビョーゾ王国が認可して自由な取材をしている報道機関。主に新聞など、文字の記事を書いている。
10月 24 (金曜日) 2014
6:【社会】王国再建後初の大災害 20:12   
557年3月8日、コンビョーゾ王国に大地震が発生した。再建後初の大災害である。

この災害では、農村8箇所、近郊住宅地1箇所が被害を受け、死亡者は534280人、負傷者は1542880人ということである。この被害者の多さにはやれやれであるが、さらに政府を落胆させたのはそれ以外の被害であった。

この地震のせいで北部の発電所が壊滅したのである。ウラン燃料を利用する80000kwの発電量を誇る我が国唯一の発電所であったが、この地震に伴い爆発事故を起こした。その結果はお察しであるが、政府を最もがっかりさせたのはこのせいで震災前は75程度に保たれていた幸福度が一気に64まで下落したことであった。また、支持率の大暴落が発生したのである。これを受けて政府は正気を失ってしまった。早急に発電所を再建しようと地ならしをするも不穏な卵が発見されて中止されて発狂する発展省、焦燥感に駆られながら腐ったように公共投資を続ける社会生活省、かつてない騒ぎになり取っ組み合いが震災後10日間で57件発生して、中には全治76日の大怪我を負った議員もいた議会…

この、災害耐性のなさすぎる王国政府に対して冷静に嘆いているのは、ただ一人クラボンⅡ世女王陛下のみであった。

「防災都市でも作らないと、鎮まらないかしらね…でも、この大混乱はいつか起こると思ってたわ」

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10月 18 (土曜日) 2014
5:【社会】コンビョーゾ王国の幸福度アップ作戦の動向 08:37   
記事4の配信以降、政府は議事堂を建設し、臨時にクラボンファンクラブ会員が議員となり(これが所謂椅子取りゲーム選挙である)、かつて1306487人もいた失業者に関する問題を解決するために国営市場を建設し、556年3月9日現在664286人まで減少しているが(それでも多い)、そういったことをしても幸福度並びに支持率は上がらず、パレードを開いて国民の反乱を何とか抑えながら、公共投資で指数を19、社会保障指数を11にし、教育指数を20にするも幸福度は36程度だった。この値は、当時のこのレベルの国家では最低だったという。後に現代都市になるため、雇用創出に効果のありそうなニュータウンを建設するも意味はなかった。そこで、政府は福祉施設の建設に踏み切る。燃料は有り余っているからと発電所を建設すると幸福度は40になった。そして足掻きつづけて326日たった556年1月19日、、苦し紛れに首都近くに国営恩賜公園(という名のテーマパーク)を建設すると幸福度は48になり、その10日後にまた苦し紛れに社会保障指数を21にすると一気に幸福度は64となった。王室をはじめとする政府は長期間の苦労が漸く報われたと狂喜乱舞した。基本的に、コンビョーゾ王国は民度が低いのである。にしても、10日で幸福度が14も上昇すると、町の様子は全く異なってくる。活気に溢れた町の様子を後のパレードで見たクラボンⅡ世女王陛下は「我が国には、娯楽や、楽しみといったものが必要だったのね…盲点だったわ…」と述べている。今後、首都には娯楽施設やコンサートホールなどが建設される予定である。

現在、現代都市(ここでも娯楽施設は重視される)建設のために建材工場及び建材の製造を行っているが、建材は659426741.3㌧不足しており、先は長いと思われる。
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10月 08 (水曜日) 2014
4:【社会】コンビョーゾ王国発展の歪に対する対処 07:54   
コンビョーゾ王国は554年7月7日より毎度お馴染み支持率低下の時期となった。これにいかにして対処するかというのが毎度の課題である。

再建前、当時まだできたばかりのコンビョーゾ王国では、即議事堂を建てて椅子取りゲーム式に選挙を行い無計画に公共投資やパレードばかりをしていたため、499年の大晦日に卵から反乱軍が出現して国内を蹂躙される事態となってしまった。そして、解散総選挙の直後に巨大隕石が落下するという不幸な事故があるなど混沌とした事態の中中々支持率や幸福度が上がらず、とうとう軍事行動に走ることになってしまった、という悲惨なパターンだった。

現状は、当時とだいぶ異なっている。

当時はファイアリヒ連邦共和国との燃料定期貿易で2ヶ月毎に5兆Vaを得ており、また常に活動を続ける工場も商業施設もあり、維持費をあまり気にせずに公共投資をすることができたが、今は採石場、ウラン鉱、建材工場があるのみでお金を得られる施設がない。定期貿易もない。

しかし、他国からの援助のおかげで建材は有り余っている。

つまり、当時は「お金はあるけど使えない」、現在は「お金の使い道はあるけどお金がない」ということである。

これらの事を踏まえれば、次にコンビョーゾ王国が何をすべきか自ずと見えてくるだろう。
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Referer  (1)
10月 07 (火曜日) 2014
3.【社会】コンビョーゾ・ヘッドラインって何? 22:59   
こうして最近配信を再開したコンビョーゾ・ヘッドラインであるが、その時はもうすでにコンビョーゾ・ヘッドラインを知らない国も多いので、この新聞がいかなるものかをこの機会に書こうと思う。

このコンビョーゾ・ヘッドラインは498年の12月1日に運営を開始し、最初に配信された記事は「【広告】コンビョーゾ・ヘッドライン、配信開始のお知らせ」であった。広告で始まる新聞というのも変だが、その内容(というか、当時の理想)を見ると、「どうしてああなった」と思わせるものがあるかもしれない。その次の記事から記事に通し番号がついており、これは21まで続いた。これを読むとコンビョーゾ王国のかつての姿がありありと見えてくる。これは資料価値をもつものになってきている。

この新聞の語り口は、他国の新聞と比べるとかなり異質なものがある。と筆者が書くのもおかしな話だが、実際に読み比べてみてほしい。この、ゆるい書き方は今やコンビョーゾ・ヘッドラインの伝統となってしまっている。この書き方がコンビョーゾ人にとても受けており、現在も国内随一の新聞となっている。が、外の世界の人から見たら「これは新聞ではなく週刊誌だ」と思う人がいるかもしれない。この、1事件につき1記事の長文を書くというスタイルは、なかなかほかの新聞にはないスタイルである。毎回号外のようなスタイルになっているが、号外もおそらくこのようなスタイルなので一目では見分けがつかないかもしれない。他の新聞と違うところを具体的にあげてみよう。まず、当時は新聞が何だったのかもよくわからなかった執筆部は、中立の立場を守らなければいけない(とされている)新聞に、明確に自分の意見を載せていたり(毎号社説!?)、推測で物事を書いていたり、初期にはステップ解説などもあり、敬語などの言葉の使い方もひどく(主語が「女王陛下が」の文の述語が「取り乱している」だったこともある)、なぜか必要もないユーモアを取り入れていたり、そもそも政治論とか国際情勢とかよく知らなかったりと新聞にはありえないようなものだった。それでも、そのあまりに砕けた調子で書かれた新聞はほかの堅苦しいことの書かれた一般的なそれとは一線を画すもので、通し番号の独自性も相まってか、外国の一部の高位高官で、少なくともニッチ的な人気は得られたものだと思っている(ある国から「毎回楽しく読ませていただいております」というメールを受け取った時は、社員は狂喜乱舞した)。が、記事番号10番という記念すべき記事で、「ファイアリヒ連邦共和国及びコンビョーゾ王国間の安全保障条約」の全文を掲載してあと実質5~6行しか書いていないというありえないような記事を書いてしまった結果、当時のコンビョーゾ・ヘッドラインの本社に苦情のメールが94865件も届いてしまった。この時は大変だったようである。今気になった方もいるだろうが、この「94865」という数字は、当ヘッドラインが集計した正確な数字である。このようなやけに細かい数字もコンビョーゾ・ヘッドラインの特徴の一つである。特に、511年に書かれた記事では、「この時、キングいのらは首都まで783mに迫っていたため、クラボン女王陛下は怪獣の倒れる様子をご覧になった」とあるが、どうやって計測したのか、当時の測定技術には驚かされるばかりである。そしてクラボンII世女王陛下が拉致されている間は配信をやめていたが(組織の維持にはクラボンファンクラブが深くかかわっている)、553年、再び記事「1」が登場することになったのである。そして、現在最新の記事は「2」。これはいつも通りのコンビョーゾ・ヘッドライン色が出ており、久しぶりの登場に、外国からも反応が来ている。というか、これうちの政府の頭の弱さを晒してるんだよなぁ…。そして現在に至るまで、執筆陣は代替わりを続けているものの皆文章力がなく、コンビョーゾ王国における国語教育レベルの低さが露呈している。かくいう私もその一人。早く誰か外国から文章力のある人を呼び込まないんですか?…それだと、持ち味が失われてしまうんだった。

参考:コンビョーゾ・ヘッドラインの紹介文

コンビョーゾ王国が認可して自由な取材をしている報道機関。主に新聞など、文字の記事を書いている。

しかしここまで低能な文章でよく王国政府の検閲が通るものだ…。クラボンII世女王陛下は即位時に受けたテストではかなりの好成績を収め、あの悪名高きコンビョーゾ教育会をねじ伏せた数少ない頭脳の持ち主である。彼女もおそらく読んでいて、我々の低能さにあきれるばかりなのだろう。お許しください!



<検閲者註>これに対し、クラボンII世女王陛下は彼らに内緒でコメントをくださいました。おそらく彼らはこの新聞が世に出されたときにそれを読むでしょう。

コンビョーゾ・ヘッドラインへ いつもお世話になっているわよね。あなた方の新聞は確かに文化的には低レベルだけど、毎回楽しく読んでいるわ。自分の経験したまさにそのことが、貴方達独自の切り口で語られるので、よく当事者になる私にとってはとっても新鮮で面白いのよね。拉致から解放されて帰った時、このヘッドラインが読みたくて読みたくて堪らなかったの。私をこんなにとりこにしたんだから、責任取ってこれからも面白い記事を書きつづけ、私の生活に彩を添えなさい。

私にもこんな風なユーモアが欲しい……。


↑大分ふざけて書いているみたいです。

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10月 04 (土曜日) 2014
2:【国際】石材定期貿易未遂事件 23:20   
我が国はシベリア共和国と最近関係を持った。553年10月27日のことである。

19937:シベリア共和国連邦外務省 > 連邦政府は貴国との国交樹立を希望します。また、開発銀行による融資が可能ということも加えてお伝えします。 (シベリア共和国連邦)

これに対し、政府は「借金はしたくないな…。」と思い、

19937:コンビョーゾ王国外防省 > これからよろしくお願いいたします。融資については今のところ考えておりませんが。 (コンビョーゾ王国第2時代)

と比較的きっぱり断った。それで、この話が終わりになるかと思いきや、

19937:シベリア共和国連邦外務省国際協力部 > 連邦政府は貴国へ30兆Vaの無償支援を行うことを決定しました。資金は来期に輸送されます。 (シベリア共和国連邦)

やはり放っておけなかったのだろうか。大変ありがたいことである。

そんなわけで現在のところよい関係を保っている2国であるが、このような記事を書くことになったのは、以下のような、他の国にはよくあることかもしれないけれどコンビョーゾは初めて体験するような事件があったからである。それは、553年11月21日のことであった。

19941:外務省経済局 > 石材の定期貿易を貴国と結びたいと思っております。石材5000万トンを1兆5000億Vaで如何でしょう。 (シベリア共和国連邦)

「出ました定期輸送提案」。経済班班長が御前会議で放った言葉である。そもそもこのような提案があったのは、我が国が開発の第1手として石切り場を整備したからなのだが。

レートの目安がよくわからなくて会議は混乱に陥った。「これから国土再生にも尽力していかなければならないのだが…。」と、石材需要の大きさを伝える発展大臣、便乗する材料大臣、基盤大臣、「公共投資のための建材の材料だろ!」という社会生活大臣、「何事にもお金が大切だろう」という財務大臣などの意見を聞いたクラボン女王陛下は、「反対意見が多いから、すぐには取り付けないわ。向こう10日間石材を目いっぱい使って様子を見ましょ」と、一旦事態を先送りにすることを提案した。興奮していた大臣たちは一気に収まり、こうして御前会議は終了した。

こうして、女王陛下の提案の通り、大幅な造成が10日間にして成し遂げられたのである。

すると、意外にもその直後、こんな電信があった。

19942:シベリア共和国連邦外務省経済局 > 19941ターンに提案した貿易取引案を取り下げます。 (シベリア共和国連邦)

これは当初、政府で「この国の大規模造成を見て、コンビョーゾには石材が必要なのだから定期輸送はやめようと思ってくれた」としか解釈できなかったが、或る時外防大臣がシベリア共和国連邦の観光者通信欄を見てみたところ、同25日に以下のような記述があった。

19942:王国外政省 > 貴国がコンビョーゾ王国に示した石材対資金のレートが、FENA標準レートに抵触していないか確認を求める。 (ティユリア連合王国)

なんと、553年6月13日に国交を結んでいたティユリア連合王国の介入があったのだ。そこで、この標準レートを確認したところ、石材1億トン=2兆Vaであったことが判明した。

19942:シベリア共和国連邦外務省経済局 > 失礼しました。FENA優遇レートと混在していたようです。同取引の提案は取り下げましたのでご確認いただけますでしょうか。 (シベリア共和国連邦)

FENA圏ではこんな値段なのか…と思いつつ、結局何の決断もしないで済んだので、議会はホッとした。それで、

19943:コンビョーゾ王国財務省 > 価格のレートを忘れてしまった我々の良い助けになりました。ありがとうございます。 (コンビョーゾ王国)

これを見たティユリア連合王国外政省は何と思うかわからないが、これが我々の気持ちである。

が、単純に考えて「元の値段を再提示されるのでは?」と。

また、「これを機にコンビョーゾはFENA に入るのか?」という人が43人ほどいる。

とにかく、経済的な国際関係についてはまだまだ我々にとって未知の領域が多い。この領域をいつか華麗に乗りこなせるようになればよいと思う。
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10月 01 (水曜日) 2014
1:コンビョーゾ王国再建国の謎 23:24   
553年6月、我が国は再び登場することになった。

さて、突然のことでよくわからないと思っている読者の皆様のために、詳しい情報をお伝えしよう。

まず、国が突然に消滅してしまった原因である。記事第19番のAshrmovの自殺が実は関係していたのである。彼は自殺の際に、日誌を残した。その内容は、コンビョーゾ王国発展省音楽部により公開されたのだが、ガトーヴィチ帝国風なシリアスさを持った、緩い国民性(?)のコンビョーゾ王国にとってかなり受け入れがたいものがあった。それはそれでよいのだが、そこでコンビョーゾ王国が図らずもAshmovにひどいことをしでかしていた(左遷など)ことが激白されており、これに激怒したAshrmovのファンが、行政がまともに行われなくなってしまったコンビョーゾ王国を襲撃。とうとうコンビョーゾ王国は滅びてしまったのである。

そして、国が再建設された理由である。クラボン2世陛下があまりにかわいいため、情の残っていたガトーヴィチ帝国のテロリストは彼女を殺さず、拉致することにした。と書くとやばそうだが、「クラボン女王はみんなのもの」という理解はあるらしく、彼女はしばらく快適な拉致生活を送っていたが、しばらくしてクラボンファンクラブから「コンビョーゾ王国でまたあのころを思い出しましょう」という旨の手紙が届いた。当時の荒廃したコンビョーゾ王国においてクラボンファンクラブは最も先進的な組織だった。これに希望を見出したクラボン2世女王陛下は、「私、お国へ帰ろうと思います」と言って、さっさと船に乗り込んでしまった。そのころにはガトーヴィチ帝国も「残念だけど、また会える」として、彼女を見送ったという。そして、コンビョーゾ王国の惨状を目撃するのである。「このままじゃいけない!ファンクラブの力を借りて、またいい国にしましょう!」と、ファンクラブ長に土下座して、いよいよ再建設という運びになった。

開国式典では、「かつては、無駄に発展させようとしすぎていました。そのせいで、国内はいっぱいいっぱいで。だから、余裕のある政治をして、今度はソフト面を大切にしていって、国際的に人気な国を目指します。」と、再び玉座についた女王陛下が話された。

さて、この新聞「コンビョーゾ・ヘッドライン」も配信を再開する。かつては、その詳しすぎる説明、柔らかい文体とやけに細かい数字でその名をはせていたコンビョーゾヘッドラインは、またこれからも事象をとらえ続けるのだからわくわくする読者の方々も非常に多いと思われる。どうぞ楽しみにしていてほしい。
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