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アルビオン連盟王国の人物(スコッチランド時代の歴史上の人を含む)を掲載する。
歴史的文献の為、敬称は全て省略する。
特に表記しない限り、当時の呼称(王太后など)を表記する。

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初代:アルトリウス1世 anchor.png

(在位:650年12月1日~673年10月1日)
(生没年:596年5月22日~673年10月1日)
連盟王国初代女王。全名はアルトリウス・ヴィクトリア・アレクサンドラ=カーディフ。厳格な性格で知られ、貴族というよりは軍人的な性格であったという。また、官僚的であり、規則には大変うるさかった。王たるもの壮健でなければ統治者の資格なしという信念の持ち主で、王宮にエレベーターや自動歩道などの設備を設置することを禁じた。酒豪でヘビースモーカーだったが660年に禁煙を達成して以後一切喫煙していないとされる。男好きでも知られ王宮に愛人を何人も抱えていた。そのため正式な王配はおらず三人の娘たちはそれぞれ父親が違う。傲慢かつ尊大な性格のため、自らを基準とした単位(クイーン単位)導入まで検討していたが、その際はさすがにイエスマンの側近たちでさえ反対し、また膨大な予算がかかることを指摘されたことから断念する。しかし晩年は病気がちになったこともあり人前にでることはほとんどなくなり、王宮の自室で怪しげな祈祷などに没頭していたとされる。死の2か月前に倒れる直前に「死にたくない」とつぶやいていたことが侍従の口から語られている。
弱いことを悪としていたため、共産主義政権時代の弱者救済の社会政策をすべて廃止し、また、弱者を社会から排除するために制定した優等遺伝子保護法によって200万人以上も逮捕・投獄され処刑されている。また、それ以外にも政治的粛清を定期的に行っており、その治世において累計500~1000万人以上が処刑されたと言われる。
QueenArtorius.jpg

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語録 anchor.png

  • 世界の摂理は弱肉強食、適者生存、優勝劣敗である。人類社会もその例外ではあり得ない。異常者が一定数以上に増えた社会は、活力を失って衰退する。私の熱望するところは、人類永遠の繁栄である。したがって、人類を種として弱めるがごとき要素を排除するのは、帝国の統治者たる私にとっての神聖な義務なのである。(660年2月22日・優等遺伝子保護法制定時の議会での演説)
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第2代:メアリー3世 anchor.png

(在位:673年11月15日~)
(生没年:657年11月4日~)
連盟王国第2代女王。全名はマーガレット・メアリー・エリザベス=カーディフ。謹厳な祖母アルトリウス、豪放磊落な母メアリーオブカーディフと対照的に内気な性格。アニメやゲームなどに造詣が深く、王太子時代は貴族令嬢たちとともにアニメフレンドに出かけてはアニメグッズを買いあさっていた。現在も石動アニメをよく視聴している。
先代アルトリウス1世と王太子メアリーオブカーディフが急逝したため女王としての教育をほとんど受けなかった。そのため政務に励むも政治的な能力はほとんどないに等しく、摂政や臣下の貴族の助けを借りながらなんとかやっている。
ただし政治と関係ない学術的知識や宮廷儀礼に関する知識は豊富で先代の軍人的な性格と対比して貴族的な性格が強い。
一部では君主としての品格「だけは」あると言われている。
政治的な信条としては祖母アルトリウス1世は苛烈すぎると批判しながらも、民主政治に対しても批判的な意見を持つことで知られる。

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語録 anchor.png

  • 大衆により指導者が生み出されるのが民主政治というもの。選ぶ側が醜悪ならば選ばれるのも必然的に醜悪になります。そして大衆とはえてして醜悪なものです。そんな体制が理想的という方が妄信ではありませんか。ならば伝統と格式ある一族が安定的に品格ある政治を行う方が責任の所在が明確な分、何万倍もマシというものです。(675年10月9日・新聞社のインタビューに対し)

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王族・貴族 anchor.png

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王配 anchor.png

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フランシス・アルバート・カーディフ=ハイランド anchor.png

(生没年:657年9月4日~)
ハイランド公アンの三男として生まれる。12歳の時に王国軍幼年学校に入り軍人としての教育を受ける。
674年6月に女王メアリー3世との婚約が発表されるも本人はそれをニュースで知るなど結構ぞんざいに扱われていた。
背景には摂政であるハイランド公爵リチャードが外戚となり権力強化を目指すためのものとして見られている。
婚約発表から1年後の675年6月に正式に成婚式が行われメアリー3世の王配となる。
王族とはいえ一般人と変わらない生活から一転して王家の人間として扱われ少々苦々しく思っている。
一般人に混じって生活していたため価値観が王族らしからずちゃらんぽらんな性格であるとされ、高級貴族からは品がないなどと言われる。
いわゆる政略結婚でメアリー3世と結婚したものの、夫婦仲は非常によく、庭園でいちゃつく姿が目撃されネット上では「リア充」という批判が飛び交っている。

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ハイランド公爵家 anchor.png

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政府高官 anchor.png

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エリザベス・クロムウェル anchor.png

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平民 anchor.png


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最終更新: 2016-10-08 (土) 23:36:55 (JST) (2757d) by kedn