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33: 2017-03-17 (金) 19:21:38 akai ソース 現: 2019-07-25 (木) 20:24:02 akai ソース
Line 4: Line 4:
|首都|アンカラ| |首都|アンカラ|
|最大都市|イスタンベル| |最大都市|イスタンベル|
-|元首|ユセフ・シャヒーン内閣総理大臣|+|元首|内閣総理大臣|
|政治体制|社会主義共和制| |政治体制|社会主義共和制|
|公用語|トルキー語| |公用語|トルキー語|
Line 18: Line 18:
赤は労働党、革命の際流れた血、革命的思想、社会主義、情熱を表し、 赤は労働党、革命の際流れた血、革命的思想、社会主義、情熱を表し、
中央には社会主義の象徴である鎌と槌を 中央には社会主義の象徴である鎌と槌を
-左上にはイスラームのシンボルたる三日月と五芒星を配している+左上にはイスラムのシンボルたる三日月と五芒星を配している
*産業構造 [#xf9b7705] *産業構造 [#xf9b7705]
 +生産のために必要な各種生産施設(工場や社屋など)や、農業や居住のため必要な土地や建物などの不動産は全て国が所有することとなっている。
 +新たに社屋の建設や耕地の拡大など土地の改変を行う際には現地の地方自治体に届け出をし役人の現地調査を受けて認められる必要がある。市町村役所や県庁が調査した記録は国にも集計され、管理がなされている。
 +また動産においても各種大型機械などの生産活動に必要な大掛かりな物については同様に国への届け出が必要である。こちらは通しの型式番号と機械の大まかな種別、現在の管理者・所在地の3種類のデータが管理され、管理者が公共機関である場合には点検の記録まで厳密に集計がなされていることもある。
 +国民の収入などについては扱いがやや煩雑となっている。まず営利法人の場合は直接に給料を支給せず、一月に一回毎にその期間の収入・支出を届け出、その届出を元に国が企業より資金を徴収する。その後国は徴収された額から各種税金を差し引き、その上で国民の収入を部門毎(独身、核家族など家族形態による分類が多い)に一定額に定め、分配する形で国民に支給する。この際特別な事情がなくその月に一定時間以上労働活動に従事していなかった者は支給対象から外されその月の収入を受け取ることができない。
 +次に個人事業主の場合は一月に一回ごとその期間の収入・支出を届け出、その届出を元にして国が求めた資金を納付する。残った売上げはその個人の判断にとされ、結果個人事業主には被雇用者よりもやや多額な現金の管理が委ねられることとなる。
 +こうして受け取った現金は国民が良心に基づいて自由に用いていいとされ、各種商品の購入や預貯金などに回すことができる。
 +負傷や再就職の失敗などの特別な事情があり労働活動に従事できなかった者に関しては届け出を行うことで一定額の現金支給を受けることが可能であるが、一般的な健康な国民が受けられる支給額に比べると微々たるものであるのが現状である。
 +これらの手続きや届け出の多くは現地の地方自治体を通じて行われるため、多量の届け出に対応するために地方自治体の担当部署や経済省労働収支局は人員が特に膨れ上がっている。また柔軟性の乏しい縦割り行政を生んでいるとの指摘も根強い。
 +教育や福祉、インフラなどの各種公共のサービスについては国の負担の元で無償で提供されることが定められている。
*国家構造 [#t6e40fcd] *国家構造 [#t6e40fcd]
Line 43: Line 52:
市区町村には必ず民主主義に基いて選出された10議席以上の議会と住民の直接選挙によって選ばれた首長が存在することになっており、運営はこの二元代表制を中心に行われることとなっている。 市区町村には必ず民主主義に基いて選出された10議席以上の議会と住民の直接選挙によって選ばれた首長が存在することになっており、運営はこの二元代表制を中心に行われることとなっている。
市区町村議会や首長の任期や選挙等は上位の県が決定することができ、国が定める地方自治の本旨に反しない限りはこの県の定めたものが適用される。 市区町村議会や首長の任期や選挙等は上位の県が決定することができ、国が定める地方自治の本旨に反しない限りはこの県の定めたものが適用される。
 +
 +**アンカラ特別行政州 [#paba6374]
 +&ref(アンカラ.png,mw:150,mh:100); &ref(アンカラ中心街.png,mw:150,mh:100);
 +首都アンカラを中心とした地域を管轄する自治体。
 +議会、中央省庁、最高裁判所といった国の主要機関が集中した国家の要とも言える地域であり、社会主義の象徴として大規模な都市計画に基づき建設されたトルキー国内最大の計画都市である。
 +多くの組織の本部などが集中する地域でもあり、帝政期や内戦期を通じてトルキー国内の重要な都市に位置づけられていた。それゆえに内戦期には特に激しい戦闘が勃発した都市となり、長い動乱の内に史跡はほぼ全てが失われている。
 +
 +**イスタンベル特別行政州 [#h897d016]
 +&ref(イスタンベル.png,mw:150,mh:100);
 +トルキー国内最大の都市であるイスタンベルを中心とした地域を管轄する自治体。
 +国の主要機関は存在しないものの、トルキーの貿易において重要な位置にする海運の要所である。
 +帝政期の史跡も含めた伝統的な町並みが多く残される一方で、中心街は再開発により先進的なビル街に生まれ変わっている。
 +トルキー正教会の中心的都市でもあり、東方正教会の宗教施設が各地に見られることも特徴である。
 +ギリシヤ人が最も多く居住する地域だが、トルキー人が最多数派を占めるためギリシヤ語が見られることは多くない。その他にはクルディア人も居住している。
 +
 +**ブルシ県 [#bb704fcd]
 +&ref(ブルシ.png,mw:150,mh:100);
 +県都はブルシ。ブルシはトルキー第四の都市である。
 +山麓に位置し、イスタンベル・アンカラからの交通の便が良いことから冬には多くのスキー客が訪れる。
 +緑のブルシと呼ばれるほど公園や緑地が多い町並みが特徴。環境への意識が高く、緑の党の重要な強力な基盤の一つともなっている。
 +
 +**イズマル県 [#w7c218a5]
 +&ref(イズマル.png,mw:150,mh:100);
 +県都はイズマル。イズマルはトルキー第三の都市である。
 +イスタンベルに次ぐ規模の港湾施設を有し、また伝統が残る沿岸部の町並みが美しいことでもよく知られる。
 +
 +**アンタリア県 [#s27b26e9]
 +&ref(アンタリア.png,mw:150,mh:100);
 +県都はアンタリア。
 +地中海性気候の代表的な地域。夏は乾燥した南風が吹き込み、冬も北部の山脈に北風が遮られ暖かい。
 +国内有数の避寒地。見晴らしの良い海岸には高級住宅街も存在し、この地域に別荘を持つことは憧れとも言われる。
 +
 +**コンヤ県 [#jea5a996]
 +&ref(コンヤ.png,mw:150,mh:100);
 +県都はコンヤ。
 +著名なイスラム教の施設が多く存在する宗教色の濃い街。
 +政教分離が徹底されて久しいトルキーにおいてもある種敬服を持たれ、中心部では今も厳かな雰囲気が街を包んでいる。
 +気候区分的にはステップ気候に位置する。夏場の乾燥により、地元女性が肌を守るためヒジャブなどを着用することも雰囲気の形成につながっていると言われる。
 +アンカラとの交通の便が大きく改善されたことで、郊外はアンカラ都市圏のニュータウンとしての開発が模索されている。
 +
 +**カイサリ県 [#laca851f]
 +県都はカイサリ。
 +トルキー人とクルディア人の混合地域だが、街中の多くはトルキー語が使用されている。
 +トルキー中部に位置し東西をつなぐ商業都市。
 +内陸のため気候は寒暖の差が大きくやや厳しい。
 +
 +**マラテヤ県 [#d4a06ef1]
 +県都はマラテヤ。
 +トルキー人とクルディア人が概ね半々となっているが、使用される言語はトルキー語が主流である。
 +農業が経済の主となっており、杏の生産が盛んであり、特に乾燥杏は国内生産のほとんどをこの県が担っている。
 +
 +**カリス県 [#e166b972]
 +県都はカリス。
 +トルキー人とアルミニア人の混合地域。近年は両民族の居住地域がより明確に別れつつある。
 +北部の高地に位置するため気温の年較差・日較差が共に大きい。
 +気候区分的には湿潤大陸性気候に位置する。
 +
 +**ディヤルバクラ県 [#gc684242]
 +県都はディヤルバクラ。
 +クルディア人が主流派。クルディア人居住地域の中心的な都市である。
 +
 +**ムシュ県 [#w139eef9]
 +県都はムシュ。高地に位置する県であり、高地地中海性気候に位置するため夏は高温乾燥で、冬は冷え込み降雪が多い。
 +クルディア人が主流派である。都市部ではトルキー語とクルディア語の共存が進んでいるが、クルディア語のみが使用され続ける地域も存在している。
 +
 +**エリジラム県 [#m21a8e7f]
 +&ref(エリジラム.png,mw:150,mh:100);
 +県都はエリジラム。
 +クルディア人とアルミニア人の混合地域。クルディア人は南部、アルミニア人は北部と概ね居住地域が別れている。
 +このためにトルキーの中でも特にトルキー語の勢力が弱く、多少政情も不安定な傾向にある地域となっている。
 +県都付近はいざ知らず、農村部などに出てしまうとトルキー語がほとんど通じない場合もある。
 +海抜1000メートル超の高地に位置し、典型的な厳しい湿潤大陸性気候となっている。
 +
*年表 [#i599bfb2] *年表 [#i599bfb2]
|631年8月|革命政権樹立| |631年8月|革命政権樹立|
|634年6月頃|大フリューゲル帝国(後に共同管理区域クイーンズ)から宣戦布告 政府は「通り魔」と表現。| |634年6月頃|大フリューゲル帝国(後に共同管理区域クイーンズ)から宣戦布告 政府は「通り魔」と表現。|
|634年9月|「通り魔」の実態をようやく把握。政府の外交・情報収集努力のなさが浮き彫りに| |634年9月|「通り魔」の実態をようやく把握。政府の外交・情報収集努力のなさが浮き彫りに|
-|636年11月|労働党が将来的な民主化などを盛り込んだ講和条例を各党と締結。長きに渡る混乱が終わり、自由社会へ|+|636年11月|労働党が将来的な民主化などを盛り込んだ講和条例を各党と締結。長きに渡る混乱が終わり、民主政へ|
|637年8月|議会の設置により民主化。これに伴い国号もトルキー臨時社会主義連合からトルキー社会主義共和国に変更。| |637年8月|議会の設置により民主化。これに伴い国号もトルキー臨時社会主義連合からトルキー社会主義共和国に変更。|
|637年9月|民主化に伴う国内初の選挙の結果が発表。| |637年9月|民主化に伴う国内初の選挙の結果が発表。|
Line 53: Line 135:
|639年5月|改憲や定数増加など抜本的な改革案を賛成198反対2で可決。| |639年5月|改憲や定数増加など抜本的な改革案を賛成198反対2で可決。|
|641年10月|サンサルバシオン条約機構が設置される。| |641年10月|サンサルバシオン条約機構が設置される。|
-|642年9月|第二回選挙を実施。労社連立政権へ| +|BGCOLOR(#808080):650年頃|BGCOLOR(#808080):国家機能停止期間(凍結期間)|
-|650年頃|国家機能停止期間| +
-|655年3月|第三回選挙を実施。国家機能停止期間以来初。|+
|(不明)|定数増加などの改革案を賛成多数で可決。| |(不明)|定数増加などの改革案を賛成多数で可決。|
|660年11月|長年非正規のみとなっていた軍隊が正規軍を編成し復活。実質的な再軍備。| |660年11月|長年非正規のみとなっていた軍隊が正規軍を編成し復活。実質的な再軍備。|
-|661年2月|第四回選挙を実施。セキ首相の引退により新首相が就任。また労働党単独政権へ| 
-|665年9月|第五回選挙を実施。野党の苦戦が続く| 
-|671年5月|第六回選挙を実施。野党による議席の奪い合いが熾烈に| 
|673年3月|トルキー初の人工衛星「オスマン」の打ち上げに成功| |673年3月|トルキー初の人工衛星「オスマン」の打ち上げに成功|
|673年6月|国内外における石材の採掘や取引を終了。後継は鋼鉄へ| |673年6月|国内外における石材の採掘や取引を終了。後継は鋼鉄へ|
Line 66: Line 143:
|674年1月|アイクル首相の辞任のためイノニュ新首相が就任| |674年1月|アイクル首相の辞任のためイノニュ新首相が就任|
|675年7月|二院制の導入などの憲法改正案を全会一致で可決。行政改革の要| |675年7月|二院制の導入などの憲法改正案を全会一致で可決。行政改革の要|
-|~|第一回地方院選挙を実施。主に労働党の地方政治が焦点| 
|675年8月|観測衛星「メスィフ」の打ち上げに成功| |675年8月|観測衛星「メスィフ」の打ち上げに成功|
-|676年4月|第七回人民院選挙を実施。野党の躍進目立つ| 
-|680年7月|第ニ回地方院選挙を実施。地方税に関する議論が焦点| 
-|681年3月|第八回人民院選挙を実施。地方税の可否が問われる| 
|681年5月|首都アンカラ付近に巨大隕石が落下。死者・行方不明者は1000万人以上。| |681年5月|首都アンカラ付近に巨大隕石が落下。死者・行方不明者は1000万人以上。|
-|684年8月|第九回人民院選挙を実施。巨大隕石災害に対する対応が焦点| 
-|685年7月|第三回地方院選挙を実施。地方災害対策法に関する議論が焦点| 
|687年3月|イノニュ首相の辞任によりクルディア系のユセフ・シャヒーン元アンカラ州知事が就任。| |687年3月|イノニュ首相の辞任によりクルディア系のユセフ・シャヒーン元アンカラ州知事が就任。|
|687年9月|南部の農村地帯に巨大隕石が落下。死者・行方不明者は約230万人。| |687年9月|南部の農村地帯に巨大隕石が落下。死者・行方不明者は約230万人。|
-|688年9月|第十回人民院選挙を実施。地方改革の是非が問われる| 
-|690年7月|第四回地方院選挙を実施。地方改革と民族政党の結びつきが加速| 
-|693年8月|第十一回人民院選挙を実施。| 
-|695年7月|第五回地方院選挙を実施。民族自治市の設置の是非が焦点| 
-|698年8月|第十二回人民院選挙を実施。大詰めを迎えた地方自治法の改正議論が焦点| 
|700年5月|市区町村の設置を定める地方自治法改正案が成立。13年に渡る議論がついに終結。| |700年5月|市区町村の設置を定める地方自治法改正案が成立。13年に渡る議論がついに終結。|
 +|713年1月|トルキー第四共和政の父、メフメト・セキ元首相が逝去。95歳。晩年は執筆活動に励む。|
 +|715年1月|ユセフ・シャヒーン首相が高齢のため辞任し、ファルク・ウラス前軍部大臣が首相に就任。|
 +|BGCOLOR(#808080):729年頃|BGCOLOR(#808080):持続可能な経済を建設しようとする永続国家計画に基づく長期鎖国に突入。|
 +|BGCOLOR(#808080):731年6月|BGCOLOR(#808080):鎖国が諸外国の信頼を損ねたとしてウラス首相に対する第四共和政初の内閣不信任決議が可決される。|
 +|~|BGCOLOR(#808080):第20回人民院選挙の結果に基づきデスタン新首相の社緑連立政権が発足。労働党は初の下野。|
 +|BGCOLOR(#808080):740年1月|BGCOLOR(#808080):デスタン首相が突然死。初の規定の選挙後混乱の収束のため無所属の元軍人であるテミルジ氏が任命される。|
 +|BGCOLOR(#808080):743年12月|BGCOLOR(#808080):選挙出馬の認可範囲を拡大する他の憲法改正案が可決される。|
 +|BGCOLOR(#808080):746年7月|BGCOLOR(#808080):テミルジ首相の辞任と人民院解散による選挙により、再度労働党単独政権が発足する。|
 +|BGCOLOR(#808080):755年9月|BGCOLOR(#808080):労働党員の汚職事件を受け「国民の信頼を回復する」とした選挙に労働党が敗北。|
 +|~|BGCOLOR(#808080):社会民主党の閣外協力を受け民社-社民-緑-自由の四党による連立政権が発足する。|
 +|BGCOLOR(#808080):757年11月|BGCOLOR(#808080):緑の党が連立より離脱。アル首相は「今一度国民の応援をいただきたい」と解散に踏み切る。|
 +|BGCOLOR(#808080):759年1月|BGCOLOR(#808080):社会民主党が連立より離脱し、アル首相への内閣不信任決議が可決される。|
 +|~|BGCOLOR(#808080):第30回人民院選挙の結果に基づきトゥルナゴル首相が再選され、労働党単独政権が再発足する。|
 +|BGCOLOR(#808080):764年3月|BGCOLOR(#808080):トゥルナゴル首相の辞任のため、エリジェ新首相が就任する。|
 +|BGCOLOR(#808080):777年7月|BGCOLOR(#808080):エリジェ首相の辞任のため、アクス前幹事長が首相に就任する。|
 +|BGCOLOR(#808080):780年4月|BGCOLOR(#808080):共和人民党との政策における対立を抱え解散した選挙に労働党が敗北。|
 +|~|BGCOLOR(#808080):選挙の結果によりギュルセル首相率いる共和-社民-緑連立政権が発足する。|
 +|BGCOLOR(#808080):791年11月|BGCOLOR(#808080):ギュルセル首相の辞任のため、バラミール新首相が就任。|
 +|BGCOLOR(#808080):814年7月|BGCOLOR(#808080):バラミール首相の死去のため、第45回人民院選挙の結果に基づきアクス新首相が就任。|
 +|~|BGCOLOR(#808080):選挙の結果現政権は過半数を維持も、第一党は入れ替わり。83年振りに社会民主党から首相が選出される。|
 +|BGCOLOR(#808080):823年3月|BGCOLOR(#808080):緑の党の連立離脱表明によりアクス首相は人民院を解散。第48回人民院選挙が実施される。|
 +|~|BGCOLOR(#808080):選挙の結果現政権は敗北。エルドアン氏率いる43年振りの労働党単独政権が発足する。|
 +|823年8月|開国に伴う諸手続きが完了。約100年振りに外交活動が全面的に再開される。|
 +|825年5月|高密度都市地域に巨大隕石が落下。死者行方不明者は約1000万人に及ぶ惨事。|
 +#region(選挙関連)
 +-人民院
 +|回|年|備考|h
 +|第1回|637年9月|民主化に伴う国内初の選挙|
 +|第2回|642年9月|労社連立政権へ移行|
 +|第3回|655年3月|国家機能停止期間以後初|
 +|第4回|661年2月|労働党単独政権に移行|
 +|第5回|665年9月|野党の苦戦が続く|
 +|第6回|671年5月|野党の議席争いが熾烈となる|
 +|第7回|676年4月|野党が党勢を立て直す|
 +|第8回|681年3月|地方税の可否が問われる|
 +|第9回|684年8月|巨大隕石災害への対応が焦点|
 +|第10回|688年9月|地方改革の是非が問われる|
 +|第11回|693年8月|-|
 +|第12回|698年8月|大詰めを迎える地方自治法が焦点|
 +|第13回|703年8月|-|
 +|第14回|708年8月|-|
 +|第15回|713年6月|-|
 +|第16回|718年6月|新農業組合長の任命について意見が分裂する|
 +|第17回|723年6月|労働党が意見の分裂により苦戦|
 +|第18回|725年3月|労働党は急進派が多数落選|
 +|BGCOLOR(#808080):第19回|BGCOLOR(#808080):730年3月|BGCOLOR(#808080):永続国家計画の意義が問われる|
 +|BGCOLOR(#808080):第20回|BGCOLOR(#808080):731年6月|BGCOLOR(#808080):ウラス氏への内閣不信任決議による|
 +|BGCOLOR(#808080):第21回|BGCOLOR(#808080):735年4月|BGCOLOR(#808080):出馬規定の緩和などを含む憲法改正の是非が問われる|
 +|BGCOLOR(#808080):第22回|BGCOLOR(#808080):737年9月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第23回|BGCOLOR(#808080):740年1月|BGCOLOR(#808080):デスタン氏の突然死による|
 +|BGCOLOR(#808080):第24回|BGCOLOR(#808080):742年5月|BGCOLOR(#808080):憲法改正の意義が改めて問われる|
 +|BGCOLOR(#808080):第25回|BGCOLOR(#808080):746年7月|BGCOLOR(#808080):テミルジ氏の辞任と解散による|
 +|BGCOLOR(#808080):第26回|BGCOLOR(#808080):749年6月|BGCOLOR(#808080):永続国家計画20年を迎えその信が問われる|
 +|BGCOLOR(#808080):第27回|BGCOLOR(#808080):754年6月|BGCOLOR(#808080):任期満了による|
 +|BGCOLOR(#808080):第28回|BGCOLOR(#808080):755年9月|BGCOLOR(#808080):ある労働党員の汚職発覚が発端の選挙|
 +|BGCOLOR(#808080):第29回|BGCOLOR(#808080):757年11月|BGCOLOR(#808080):「今一度解散」による|
 +|BGCOLOR(#808080):第30回|BGCOLOR(#808080):759年1月|BGCOLOR(#808080):アル氏への内閣不信任決議による|
 +|BGCOLOR(#808080):第31回|BGCOLOR(#808080):762年3月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第32回|BGCOLOR(#808080):764年8月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第33回|BGCOLOR(#808080):769年8月|BGCOLOR(#808080):任期満了による|
 +|BGCOLOR(#808080):第34回|BGCOLOR(#808080):773年10月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第35回|BGCOLOR(#808080):778年10月|BGCOLOR(#808080):任期満了による|
 +|BGCOLOR(#808080):第36回|BGCOLOR(#808080):780年4月|BGCOLOR(#808080):CHP主導の複数法案により議会が紛糾する|
 +|BGCOLOR(#808080):第37回|BGCOLOR(#808080):784年11月|BGCOLOR(#808080):ギュルセル氏の経歴が議論を呼ぶ|
 +|BGCOLOR(#808080):第38回|BGCOLOR(#808080):788年6月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第39回|BGCOLOR(#808080):792年8月|BGCOLOR(#808080):選挙制度と地方自治の改革の議論が焦点|
 +|BGCOLOR(#808080):第40回|BGCOLOR(#808080):794年8月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第41回|BGCOLOR(#808080):799年8月|BGCOLOR(#808080):任期満了による|
 +|BGCOLOR(#808080):第42回|BGCOLOR(#808080):803年5月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第43回|BGCOLOR(#808080):808年5月|BGCOLOR(#808080):任期満了による|
 +|BGCOLOR(#808080):第44回|BGCOLOR(#808080):813年5月|BGCOLOR(#808080):任期満了による|
 +|BGCOLOR(#808080):第45回|BGCOLOR(#808080):814年7月|BGCOLOR(#808080):バラミール氏の死去と解散による|
 +|BGCOLOR(#808080):第46回|BGCOLOR(#808080):817年9月|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):第47回|BGCOLOR(#808080):820年7月|BGCOLOR(#808080):開国後の経済政策の議論が始まる|
 +|BGCOLOR(#808080):第48回|BGCOLOR(#808080):823年3月|BGCOLOR(#808080):緑の党連立離脱による|
 +|第49回|828年3月|任期満了による エルドアン氏の政策の評価が問われる|
 +|第50回|833年3月|任期満了による 反資本主義の潮流が影響|
 +|第51回|838年3月|任期満了による|
 +|第52回|842年3月|-|
 +-地方院
 +|年|議席配分||備考|h
 +|675年7月|第1期|(空)|地方院設置 労働党の地方政治が焦点|
 +|680年7月|~|第2期|地方税関連の議論が焦点|
 +|685年7月|第3期|~|地方災害対策法の議論が焦点|
 +|690年7月|~|第4期|-|
 +|695年7月|第5期|~|民族自治市の是非が問われる|
 +|700年7月|~|第6期|地方自治法改正が焦点|
 +|705年7月|第7期|~|-|
 +|710年7月|~|第8期|ある市営企業の赤字経営が発覚し議論を呼ぶ|
 +|715年7月|第9期|~|集団農業計画の見直しが焦点|
 +|720年7月|~|第10期|農業組合長選挙制度案の是非が問われる|
 +|725年7月|第11期|~|労働党は苦戦 農業改革の是非が問われる|
 +|BGCOLOR(#808080):730年7月|~|BGCOLOR(#808080):第12期|BGCOLOR(#808080):永続国家計画に基づく地方自治の見直しが検討される|
 +|BGCOLOR(#808080):735年7月|BGCOLOR(#808080):第13期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):740年7月|~|BGCOLOR(#808080):第14期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):745年7月|BGCOLOR(#808080):第15期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):750年7月|~|BGCOLOR(#808080):第16期|BGCOLOR(#808080):地方院の勢力再編が始まる|
 +|BGCOLOR(#808080):755年7月|BGCOLOR(#808080):第17期|~|BGCOLOR(#808080):TDSİ提出の地方自治法改正案に議会が紛糾する|
 +|BGCOLOR(#808080):760年7月|~|BGCOLOR(#808080):第18期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):755年7月|BGCOLOR(#808080):第18期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):760年7月|~|BGCOLOR(#808080):第19期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):765年7月|BGCOLOR(#808080):第20期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):770年7月|~|BGCOLOR(#808080):第21期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):775年7月|BGCOLOR(#808080):第22期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):780年7月|~|BGCOLOR(#808080):第23期|BGCOLOR(#808080):CHP主導の複数法案が焦点|
 +|BGCOLOR(#808080):785年7月|BGCOLOR(#808080):第24期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):790年7月|~|BGCOLOR(#808080):第25期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):795年7月|BGCOLOR(#808080):第26期|~|BGCOLOR(#808080):地方自治改革について活発な議論が行われる|
 +|BGCOLOR(#808080):800年7月|~|BGCOLOR(#808080):第27期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):805年7月|BGCOLOR(#808080):第28期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):810年7月|~|BGCOLOR(#808080):第29期|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):815年7月|BGCOLOR(#808080):第30期|~|BGCOLOR(#808080):-|
 +|BGCOLOR(#808080):820年7月|~|BGCOLOR(#808080):第31期|BGCOLOR(#808080):開国後の経済政策が焦点|
 +|825年7月|第32期|~|エルドアン氏の政策の評価が問われる|
 +|830年7月|~|第33期|-|
 +|835年7月|第34期|~|-|
 +|840年7月|~|第35期|-|
 +|845年7月|第36期|~|-|
 +#endregion
**636年11月初旬講和条例 [#va698fb6] **636年11月初旬講和条例 [#va698fb6]
(一部意訳) (一部意訳)
Line 98: Line 283:
**国家元首 [#v2dffc41] **国家元首 [#v2dffc41]
-一党独裁時代 -一党独裁時代
-||CENTER:|CENTER:|c +||CENTER:|CENTER:||c 
-|代|CENTER:トルキー労働者評議会議長||h +|代|CENTER:トルキー労働者評議会議長||所属政党|h 
-|1|631年8月~637年9月|メフメト・セキ| +|1|631年8月~637年9月|メフメト・セキ|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働者評議会
--637年9月に選挙によって内閣総理大臣の設置。労働者評議会議長の事実上の廃止。なお本格的な廃止は639年5月 +-637年9月に選挙によって内閣総理大臣の設置。労働者評議会議長の事実上の廃止。なお正式な廃止は639年5月 
-||CENTER:|CENTER:|c +||CENTER:|CENTER:||c 
-|代|CENTER:内閣総理大臣||h +|代|CENTER:内閣総理大臣||所属政党|h 
-|1|637年9月~661年2月|メフメト・セキ| +|1|637年9月~661年2月|メフメト・セキ|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党
-|2|661年2月~674年1月|イブラヒーム・アイクル| +|2|661年2月~674年1月|イブラヒーム・アイクル|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党
-|3|674年1月~687年3月|ハムゼ・イノニュ| +|3|674年1月~687年3月|ハムゼ・イノニュ|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党
-|4|687年3月~|ユセフ・シャヒーン|+|4|687年3月~715年1月|ユセフ・シャヒーン|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +|5|715年1月~731年6月|ファルク・ウラス|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +|6|731年6月~740年1月|ジェマル・デスタン|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党| 
 +|7|740年1月~746年7月|ハシム・テミルジ|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属| 
 +|8|746年7月~755年9月|アイシェ・トゥルナゴル|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +|9|755年9月~759年1月|イドリース・アル|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟| 
 +|10|759年1月~764年3月|アイシェ・トゥルナゴル|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +|11|764年3月~777年7月|ジェウデト・エリジェ|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +|12|777年7月~780年4月|アッバス・アクス|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +|13|780年4月~791年11月|ジャフェル・ギュルセル|BGCOLOR(#FFA0FF):共和人民党| 
 +|14|791年11月~814年7月|デニズ・バラミール|BGCOLOR(#FFA0FF):共和人民党| 
 +|15|814年7月~823年3月|カスム・アクス|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党| 
 +|16|823年3月~|アフメト・エルドアン|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
 +現在の政権はトルキー労働党による単独政権である。
*政治 [#eef8665d] *政治 [#eef8665d]
Line 114: Line 312:
|民主的|--◆----|独裁的|民主制を導入している| |民主的|--◆----|独裁的|民主制を導入している|
|政治的左派|◆------|政治的右派|革命的思想こそ最良である| |政治的左派|◆------|政治的右派|革命的思想こそ最良である|
-|開放社会|-----◆-|閉鎖社会|海外の情報は手に入れづらい|+|開放社会|-----◆-|閉鎖社会|自由を謳う似非自由主義を警戒せよ|
|自由経済|------◆|中央計画経済|社会主義経済を導入している| |自由経済|------◆|中央計画経済|社会主義経済を導入している|
-|常備軍|-----◆-|徴兵軍|軍隊の主要は非正規が占める|+|常備軍|----◆--|徴兵軍|徴兵制度は国防の要だ|
|タカ派|----◆--|ハト派|フリューゲルは平和にあるべきである| |タカ派|----◆--|ハト派|フリューゲルは平和にあるべきである|
-|介入主義|-----◆-|孤立主義|政府は国際協調に歩み始めた| +|介入主義|-----◆-|孤立主義|国家と国際社会の関係は常に複雑だ|
--634年9月 民主化の議論が開始され民主的に1 +
--636年7月 同じ理由で言論の規制が緩み解放社会に1 +
--636年11月 各党の側と講和条約が結ばれ、民主的に1 +
--637年8月 議会設置によって民主化し、民主的に2 +
--660年11月 正規軍の編成が進み常備軍に1 +
--674年1月 強硬派内閣の成立によりタカ派に2、介入主義に1 +
--687年3月 非強硬派内閣の成立によりハト派に1+
**立法 [#tc6775e1] **立法 [#tc6775e1]
Line 133: Line 324:
問題を起こした裁判官を罷免させるか否かを判断する弾劾裁判を行うことも可能である。 問題を起こした裁判官を罷免させるか否かを判断する弾劾裁判を行うことも可能である。
これによって罷免させられた裁判官は今後永久に公務員の地位に就くことを禁止され、この権利が回復されることはない。 これによって罷免させられた裁判官は今後永久に公務員の地位に就くことを禁止され、この権利が回復されることはない。
-選挙においては憲法により「健全な社会主義を構築することに賛同する政党」以外の政党の出馬は認めておらず、これにより資本主義の他、サンディカリスム、過激な共産主義などといった政党の出馬を制限している。 +選挙においては憲法により「社会主義経済体制に反対する政党(743年改正)」の出馬は認めておらず、これにより資本主義の他、サンディカリスム、アナキズム、ファシズムなどといった政党の出馬を制限している。 
-議会は人民院と地方院からなる二院制であり、地方院は少数民族や地方関連の法案以外のものは全て人民院の決定が優先される。+議会は人民院と地方院からなる二院制であり、地方院は少数民族や地方関連の法案を話し合う場とされている。両院の構造やシステムには特段の差異はない。
675年7月までは人民院からなる一院制であった。 675年7月までは人民院からなる一院制であった。
-一般のものに対する議決に両院で差異がある場合は人民院の議決がそのまま通されるが、少数民族や地方関連のものに対しては地方院の議決が通される。 +両院での議決に差異が生じた場合は両院評議会が設置されその可否が問われることとなる。基本的に話し合われる内容は少数民族や地方の関連があるかどうかであり、慣例においてはそれらに関連があると判断された場合は地方院の議決がそのまま通され、そうでない場合には人民院の議決がそのまま通されている。 
-また少数民族や地方関連のものに留まらずそれ以外にも多岐に関連する広域的なものに関しては、議決の後に両院評議会が開かれその可否が議論されることとなる。+一方で関連する事項が多岐に渡る、あるいは国家構造そのものに関連した場合に両院の議決が食い違い、審議不十分として否決とされたこともある。
***人民院 [#o9fe1f79] ***人民院 [#o9fe1f79]
人民院は定数400の比較的小規模な議会である。 人民院は定数400の比較的小規模な議会である。
Line 145: Line 336:
選挙は県や特別行政州をそれぞれ1区とした大選挙区制によって行われる。 選挙は県や特別行政州をそれぞれ1区とした大選挙区制によって行われる。
その選挙制度からそれぞれの区からは一度で10~50人もの当選者が出ることとなるため、各区では同じ政党の候補者が何人も乱立することが一般的となっている。 その選挙制度からそれぞれの区からは一度で10~50人もの当選者が出ることとなるため、各区では同じ政党の候補者が何人も乱立することが一般的となっている。
--684年8月の第九回人民院選挙の結果+-842年3月の第52回人民院選挙の結果
|CENTER:政党名||議席|h |CENTER:政党名||議席|h
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||273+|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||202
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||78+|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||96
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||35+|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||40
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||7+|BGCOLOR(#F00000):共産党||38
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||5|+|BGCOLOR(#FFA0FF):共和人民党||17| 
 +|BGCOLOR(#A0A0FF):公正党||5|
|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| |BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2|
|CENTER:定数||400| |CENTER:定数||400|
-#region(過去の選挙結果) 
--637年9月の第一回選挙の結果 
-|CENTER:政党名||議席|h 
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||158| 
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||23| 
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||12| 
-|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||3| 
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||2| 
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| 
-|CENTER:定数||200| 
--642年9月の第二回選挙の結果 +//|CENTER:政党名| 
-|CENTER:政党名||議席|h +//|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党| 
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||158+//|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党| 
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||62+//|BGCOLOR(#50FF50):緑の党| 
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||45| +//|BGCOLOR(#FFFF50):自由党| 
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||21+//|BGCOLOR(#F00000):共産党| 
-|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||8+//|BGCOLOR(#FFA0FF):共和人民党
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||2+//|BGCOLOR(#A0A0FF):公正党
-|BGCOLOR(#A05050):民族党||1+//|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属|
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||3| +
-|CENTER:定数||300| +
- +
--655年3月の第三回選挙の結果 +
-|CENTER:政党名||議席|h +
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||161| +
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||63| +
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||45| +
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||22| +
-|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||4| +
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||2+
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||3| +
-|CENTER:定数||300| +
- +
--661年2月の第四回選挙の結果 +
-|CENTER:政党名||議席|h +
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||269| +
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||72| +
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||28| +
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||23| +
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||5| +
-|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||1| +
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| +
-|CENTER:定数||400| +
- +
--665年9月の第五回選挙の結果 +
-|CENTER:政党名||議席|h +
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||271| +
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||81| +
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||31| +
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||10| +
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||5| +
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| +
-|CENTER:定数||400| +
- +
--671年5月の第六回選挙の結果 +
-|CENTER:政党名||議席|h +
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||268| +
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||86| +
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||35| +
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||5| +
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||4| +
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| +
-|CENTER:定数||400| +
- +
--676年4月の第七回人民院選挙の結果 +
-|CENTER:政党名||議席|h +
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||251| +
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||92| +
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||41| +
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||9| +
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||5| +
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| +
-|CENTER:定数||400| +
- +
--681年3月の第八回人民院選挙の結果 +
-|CENTER:政党名||議席|h +
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||249| +
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||93| +
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||40| +
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||11| +
-|BGCOLOR(#F00000):共産党||5| +
-|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2| +
-|CENTER:定数||400| +
-#endregion+
***地方院 [#z1100a06] ***地方院 [#z1100a06]
Line 249: Line 366:
1つの選挙区から一度に20人以上の同党の当選者が出ることもある人民院の選挙とは異なり、比較的落ち着いた選挙戦が繰り広げられると言われている。 1つの選挙区から一度に20人以上の同党の当選者が出ることもある人民院の選挙とは異なり、比較的落ち着いた選挙戦が繰り広げられると言われている。
第一回の選挙は半数のみの選挙が行われた。 第一回の選挙は半数のみの選挙が行われた。
--685年7月の第三回地方院選挙の結果 +-845年7月の第36回地方院選挙の結果 
-|CENTER:政党名||第三期|第二期|合計|h +|CENTER:政党名||第36期|第35期|合計||h 
-|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||72|62|134+|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||64|69|>|CENTER:133
-|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||26|29|55+|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||31|28|>|CENTER:59
-|BGCOLOR(#B0FFB0):緑のクルディア||13|16|29+|>|>|>|>|BGCOLOR(#50FF50):チューリップ同盟|BGCOLOR(#E0FFE0):28
-|BGCOLOR(#B0B0FF):クルディア安定党||5|7|12+|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||8|8|16|~
-|BGCOLOR(#E04040):アルミニア民族共同体||6|6|12| +|BGCOLOR(#B0FFB0):緑のクルディア||6|6|12|~
-|BGCOLOR(#F00000):マルクス・レーニン主義者同盟||5|5|10| +|>|>|>|>|BGCOLOR(#F00000):共産主義戦線|BGCOLOR(#F0E0E0):19| 
-|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||3|4|7+|BGCOLOR(#F00000):共産党||6|4|10|~
-|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||1|2|3+|BGCOLOR(#F05050):革命的マルクス主義研究会||5|4|9|~
-|BGCOLOR(#D00000):民族躍進進歩党||0|1|1+|>|>|>|>|BGCOLOR(#E0C0FF):自由と正義の会|BGCOLOR(#F0E0FF):17| 
-|BGCOLOR(#F04040):クルディア共産主義同盟||1|0|1| +|BGCOLOR(#FFA0FF):共和人民党||4|6|10|~
-//|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||0|0|0+|BGCOLOR(#D050D0):クルディア民主主義党||3|3|6|~
-|CENTER:定数||132|132|264|+|BGCOLOR(#A0A0FF):公正党||1|0|1|~
 +|BGCOLOR(#C05050):アルミニア民族共同体||4|4|>|CENTER:8
 +|CENTER:定数||132|132|>|CENTER:264|
**行政 [#c9f7a449] **行政 [#c9f7a449]
Line 271: Line 390:
内閣は議会の召集・解散を行うことが出来る他、最高裁判所の裁判官を任命することができる。 内閣は議会の召集・解散を行うことが出来る他、最高裁判所の裁判官を任命することができる。
-議会が解散中に緊急の必要が生じた場合は臨時で法律に変わるものとして緊急命令を下すことが出来、この命令は議会の復帰次第失効、または法案化される。+議会が解散中に緊急の必要が生じた場合は臨時で法律に変わるものとして緊急閣令を下すことが出来、この閣令は議会の開会次第失効、または法案化される。 
 + 
 +内閣に属するとされる行政機関の主要なものとして以下が在る。 
 +-財務省 
 +-総務省 
 +-法務省 
 +-経済省 
 +-産業省 
 +-文化省 
 +-科学省 
 +-軍務省 
 +-外務省 
 +-国土省 
 + 
 +また内閣から独立した機関として会計検査院が存在する。検査権限は内閣に属する組織のみならず国会や最高裁判所にも及んでおり、行政機関の中では独特な地位を持っている。
**司法 [#gbcc34c1] **司法 [#gbcc34c1]
Line 280: Line 413:
**政治政党 [#j4b4d14b] **政治政党 [#j4b4d14b]
-憲法によって健全な社会主義を構築することに賛同していない政党は選挙への出馬を認められていないが、政党自体の存在は認められている。 +憲法によって「社会主義経済体制に反対する政党」は選挙への出馬を認められていないが、そういった政党であっても政党自体の存在は認められている。 
-#region(各党一覧) +それらの政党は反体制的な活動かロビー活動などの間接的な政治活動を行うことを余儀なくされる。 
--''トルキー労働党''(Türkiye İşçi Partisi/TİP) +743年に憲法が改正され、従来の「健全な社会主義を構築することに賛同しない政党」からやや寛容と言える現在の規定となった。 
-シンボルカラーは赤。 +|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党|Türkiye İşçi Partisi/TİP| 
-初期は強力な独裁を目指していたが、諸外国を視察するにつれ徐々に民主主義路線に切り替わっていき現在では民主主義の中での社会主義を目指す党となっている。 +|シンボルカラーは赤。国内においては中道左派とされる。&br;初期は強力な独裁を志向していたが、諸外国を視察するにつれ民主主義を志向する政党へと変化し現在に至っている。&br;建国時から636年11月以前の名称は「トルキー労働者評議会(Türkiye İşçi Konseyi/TİK)」。&br;内戦による分裂状態をまとめ上げた実績を持つトルキーにおける社会主義の中心的な政党。社会主義経済と民主主義政治の堅持を志向し、そのためには暴力や階級闘争も厭わないとするやや硬派な主張を行っている。その来歴から党員数は国内で最大を誇る。&br;党内には健全な社会主義経済のため民主主義政治の安定を優先する右派、社会主義と民主主義はどちらも不可分なものとし優越をつけない中道派、民主主義政治による社会主義経済の不安定化を警戒する左派の3つの派閥が存在する。|| 
-党内では世俗主義に基づく政治を肯定するなどやや穏健になりつつあるが、「もし民主主義で解決しないなら暴力による革命や階級闘争も仕方がない」という理念があり、完全に穏健である社会民主主義などとは一線を画する。 +|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党|Sosyal Demokrat Partisi/SDP| 
-トルキーにおける「社会主義」の1つの方向性を示している。 +|シンボルカラーは橙もしくは赤。報道などでは橙とされることが多い。国内においては中道とされる。&br;内戦においては政治体制を巡り労働者評議会と対立した。&br;社会民主主義を掲げ、独裁や暴力革命、階級闘争を否定する。民主主義の土台の上に社会主義経済が成り立つとして民主主義との衝突を生む可能性のある経済政策に反対するが、一方で公共事業の整備や産業改革など社会主義経済の維持・発展には協力的であり、また社会主義経済の過度な不安定化に繋がる民主化についても忌避する傾向がある。国防の強化など軍事・外交政策についても労働党と見解が似る部分がある。党員数は国内では二番目に大きい。&br;党内では社会主義経済の発展を重視する経済派と民主主義のさらなる促進を図る民主派といったやや主張の傾向が異なる派閥が存在し、無派閥議員の多い中でも存在感を持ち党内の均衡を保っている。|| 
-建国時は「トルキー労働者評議会」として活動していたが、636年11月からはトルキー労働党として正式に再編された。 +|BGCOLOR(#50FF50):緑の党|Yeşillik| 
-移住から困窮を極め、バラバラになってしまっていたトルキーをまとめ上げた実績を持つ党。 +|シンボルカラーは緑。国内では中道右派とされることがあるが、当てはまりにくい部分も多い。&br;アンカラ大学の環境問題について研究するグループが元となった政党であり、識者を交え政治政党となった現在においても複数の専門家集団を有するアカデミックな政党である。環境への影響が大きい産業開発の反対だけでなく、農業・漁業の拡大、科学・教育分野への投資の増加といった主張も行い、更には多文化主義に基づく異文化保護や平和主義、草の根民主主義といった独特な主張も行っている。一方で社会主義そのものに関しては消極的か無関心であると言われることがある。&br;他の政党とはやや異なる方向性のイデオロギーを持つことから、大きな政治的な流動がある中でも比較的安定した勢力を保つことが多く、地味ながら無視できない影響力を有している。|| 
-この実績から国民からの信頼は厚い。 +|BGCOLOR(#FFA0FF):共和人民党|Cumhuriyet Halk Partisi/CHP| 
- +|シンボルカラーは紫。国内では中道右派とされることが多い。&br;760年に従来までの「トルキー民主社会同盟(Türkiye Demokratik Sosyalist İttifak/TDSİ)」と「自由党(Özgürlük Partisi/ÖP)」他小規模な地域政党2党が合併し誕生した政党。&br;社会主義経済下における個人の自由や権利を拡大させることを主眼とし、さらなる民主化の促進をその弊害も厭わずに行うことを主張する民主社会主義政党。社会主義経済の体制に民主主義の理念を組み込むことを提唱しており、生産計画策定の過程に労働者の直接の意見をより大きく取り入れることも模索している。党員数は国内では3番目であるが、上位との開きは大きく中堅政党として扱われる。|| 
--''自由党''(Özgürlük Partisi/ÖP) +|BGCOLOR(#A0A0FF):公正党|Adalet Partisi/AP| 
-シンボルカラーは黄色。 +|シンボルカラーは青。国内では右派とされることが多い。&br;820年代の党勢を失っていく共和人民党より離脱した議員らが835年に形成した政党。&br;社会主義経済体制は民主主義の土台がなければ成り立たないとし、時に現状の体制を批判し真の民主主義の実現を強く求める社会自由主義政党。個人の良心と社会正義に基づいた体制を実現させることで国民全体が真に幸福な国家が完成されるとして個人の権利拡大も前面に押し出している。|| 
-社会自由主義を掲げ、社会主義経済の中での社会的な自由を訴える政党。 +|BGCOLOR(#F00000):共産党|Komü;nizm Partisi/KP| 
-民主主義連合結成を呼びかけた政党で、トルキーの中ではかなり保守的な思想を持つことが特徴。 +|シンボルカラーは赤。報道においては労働党を薄めの赤としこちらを濃い赤にすることが多い。国内では左派~極左とされる。&br;636年11月以降の労働党の急激な民主化への舵取りに反発した党員らが離脱し結成された。&br;社会主義経済の堅持を望み、民主主義政治による社会主義経済体制の不安定化を強く警戒する非常に社会主義色の強い政党である。農業・工業をトルキーの国是と位置づけ、農工業の地位向上や開発促進や、社会主義経済体制の強化のため生産計画の厳守や産業の集団化などを主張する。&br;党内では従来の過剰な民主化を批判し社会主義の理念を忘れないよう主張する守旧派の他に、財産の共有化や憲法の社会主義色の強化など体制の中央集権化を主張する急進派が、743年に政治参加が合法化されたことに伴い共産党に合流し派閥を形成している。||
-解散前の連合では、運営の主要メンバーはこの経緯から殆どが自由党の出身者となっていた。 +
-そのかなり保守的な思想が国民に合わず、かつての連合の結成を呼びかけるなどの実績があるにも関わらず支持は得られていない。 +
- +
--''緑の党''(Yeşillik) +
-シンボルカラーは緑。 +
-社会保障や平等の観点から、環境・国民の幸福を尊重することを訴える政党。 +
-基本的理念は社会主義に基づくが、環境問題や恒久平和、660年頃からは多文化主義などの独特な主張をしている。 +
-解放ではなく純粋な幸運を求め革命に参加した人々からの支持が根強く、かなり安定した勢力を持っているとされていた。 +
-しかしここ最近は社会民主党といった別の穏健政党に押され気味となっている。 +
- +
--''社会民主党''(Sosyal Demokrat Partisi/SDP) +
-シンボルカラーは橙、もしくは赤。 +
-報道などでは橙が用いられることが多い。 +
-修正主義の潮流を受けた社会民主主義を掲げ、暴力による革命や階級闘争を否定し、世俗主義に基づく社会平等の実現を訴える政党。 +
-その中でも多数の考え方があるとされる社会民主主義の中では、社会主義寄りな思想を持つ。 +
-比較的穏健な国民からの支持が高く、議会では労働党に次ぐ勢力を持つ。 +
- +
--''トルキー民主社会同盟''(Türkiye Demokratik Sosyalist İttifak/TDSİ) +
-シンボルカラーは青。 +
-社会民主主義の中でもより国民政党として議会政治を尊重する民主社会主義を掲げ、現在の社会主義経済の「改良」を訴える中道左派政党。 +
-トルキーの中では自由党に次いで保守的かつ穏健な政党であるとされる。 +
-民主主義連合解体のゴタゴタに紛れつつ結党された。 +
-かなり穏健な国民から支持されている。 +
-現在は緑の党とのパイプの建設を模索している。 +
- +
--''共産党''(Komünizm Partisi/KP) +
-シンボルカラーは橙、もしくは赤。 +
-報道などでは労働党を若干薄い赤とし、こちらを強い赤にすることが多い。 +
-636年11月の講和での民主化に反対した一部の労働党左派が結党した党。 +
-マルクス・レーニン主義に基づいた独裁政治を主張し、労働党の穏健化を「修正主義」として批判している。 +
-基本的な政策は初期の労働党に則しており、非常に強硬かつ危険な思想を持った党である。 +
-かねてからこの政党が「健全な社会主義を構築することに賛同しているか」と議論になっているが、概ね +
-1.この条文が第三共和政の過度な粛清などの反省から制定された点 +
-2.「穏健な社会主義」の定義が曖昧である点 +
-3.共産党は第三共和政の掲げた粛清などを否定している点 +
-から現在では「非穏健であるが健全な社会主義である」として選挙への出馬が認められている。 +
- +
--''民族党''(Yarış Partisi/YP) +
-シンボルカラーは茶色。 +
-現在のトルキーのトルキー人一極集中体制を批判し、ギリシヤ人、クルディア人、アルミニア人などを加えた連邦制にするべきだと主張する党。 +
-その経済政策は社会主義や共産主義というよりも、むしろファシズムに近いと言われる。 +
-一部の極右思想の少数民族からは支持されているが、少数民族からでさえこの政策の現実性について疑問が持たれており、国民からの支持は得られていない。 +
-673年12月からは「健全な社会主義を構築することに賛同していない」として選挙への出馬を禁止された。+
 +#region(その他の政党)
 +- ''緑のクルディア''(Yeşil Kürdia/YK)
 +クルディア人による地域政党。
 +クルディア人居住地域における緑の党の代弁者的な存在であり、地域一丸となった環境政策への取り組みを主張している。
 +また民族政党としてクルディア人の自治権拡大も主張している。
 +地域政党としては国内最大の党員数を誇る。
 +地方院において緑の党とともに会派「チューリップ同盟」を形成している。
 +- ''クルディア民主主義党''(Kürdia Demokratik Partisi/KDP)
 +クルディア人による地域政党。
 +民主社会主義や社会自由主義の理念を受け継ぎ、クルディア人の権利拡大を穏健に実現させることを目標にしている。
 +地方院において共和人民党、公正党とともに会派「自由と正義の会」を形成している。
 +- ''革命的マルクス主義研究会''(Devrimci Marksist Çalışma Grubu/DMÇG)
 +共産主義の地域政党。
 +クルディア人、アルミニア人の共産主義の研究組織が合流発展し構成。
 +少数民族地域において活動し、少数民族間での共産主義教育の推進を目指している。
 +地方院において共産党とともに会派「共産主義戦線」を形成している。
 +- ''アルミニア民族共同体''(Ermeni Etnik Topluluğu/EET)
 +アルミニア人による地域政党。
 +アルミニア人の自治権拡大を主張し、「トルキー人とアルミニア人が穏健に共存する新体制」を目指している。
 +そのプロセスにおいて内部には自治県設置から自治共和国設置、更には完全独立まで様々な主張を行う分派が存在するが、現在は自治権の拡大を目指すという大筋の方針において一致している。
#endregion #endregion
-#region(かつて存在した党一覧+#region(選挙への出馬を認められていない政党) 
--''トルキー労働者評議会''(Türkiye İşçi Konseyi/TİK)+- ''資本と平和の民主主義''(Özgürlük ve Barış Demokrasisi/ÖBD) 
 +内戦時代に資産を失った資産家集団らが結成した資本主義政党。 
 +現在の社会主義体制を「個人の自由を制圧し各々の人権をも剥奪せんと目論む腐敗」と位置づけ、その完全破壊と資本主義新政府の確立を目標とする。 
 +主な活動としては社会主義経済体制の妨害を目的とした生産施設の破壊、法に反する資産の保有、違法薬物の密売を行っている。 
 +- ''民主党''(Demokrat Parti/DP) 
 +資本と平和の民主主義において過激路線を嫌った分派が結成した資本主義政党。 
 +主な活動はチラシの作成やボランティアへの参加、定期的な講座の開講などに留まっており、平和裏な資本主義経済体制への移行とそれによる「慈悲自愛に満ちた新社会の形成」を目指している。 
 +一方で組織全体には法に反する資産保有の噂が存在し、実際に検挙された者も存在する。 
 +- ''自由民主党''(Liberal Demokrat Parti/LDP) 
 +760年頃まで存在した自由党の結成初期において、社会主義経済の支持を否定した党員らが離反し結成した資本主義政党。 
 +旧称は「自由党」であり、国政に進出した自由党とは自由党(右派)などとして区別した。 
 +社会に対する個人の自由の拡大を主張し、政府の経済への介入を縮小し経済は全て個人の良心に基づいた決定に委ねられるべきとしている。 
 +資本主義を掲げる政党の中では最大の党員数を誇る。 
 +主な活動はロビー活動、チラシ・ポスターの作成、資本主義談話の開講である。 
 +- ''民族党''(Etnik Parti/EP) 
 +内戦時代の少数民族の独立過激派組織が合流発展し形成された政党。 
 +現在のトルキーの体制は少数民族差別に満ち溢れたものであるとし、トルキー人と少数民族が構成する諸共和国による連邦制に移行すべきだとする政党。 
 +現在の第四共和政の黎明期には社会主義経済体制を容認し、選挙参加するとともに議会に議席を獲得することにも成功していたが、673年に出馬を禁止され現在ではファシズム政策を掲げトルキー人への差別を行い時に暴行事件にまで発展する過激派組織へと変貌している。 
 +主な活動は少数民族居住地域における第四共和政打倒の喧伝、トルキー人への差別的チラシの作成である。 
 +- ''トルキー・アナーキスト連盟''(Türkiye Anarşist Federasyonu/TAF) 
 +国家、軍など既存の権力組織の一切を否定し、自然な調和による社会の形成を主張する無政府主義政党。 
 +特に現在の社会主義経済体制について強く批判しており、資産の完全自己管理を要求している。 
 +主な活動としては、農場・工場・鉱山における生産活動の妨害や偽不動産関連書類の流布を試みている。 
 +#endregion 
 +#region(かつて存在した政党
 +- ''トルキー労働者評議会''(Türkiye İşçi Konseyi/TİK)
トルキー労働党の前身。 トルキー労働党の前身。
革命の際に主導した数人によって運営され、その下に革命のため尽力した人々が集う形になっていた。 革命の際に主導した数人によって運営され、その下に革命のため尽力した人々が集う形になっていた。
労働党への再編は超長期的なものとされていたが、636年11月の講和条例によって予定よりもかなり速く労働党へと再編された。 労働党への再編は超長期的なものとされていたが、636年11月の講和条例によって予定よりもかなり速く労働党へと再編された。
--''トルキー民主主義連合''(Türkiye Demokrasi Koalisyonu/TDK)+- ''トルキー民主主義連合''(Türkiye Demokrasi Koalisyonu/TDK)
シンボルカラーは濃い青。 シンボルカラーは濃い青。
労働党の強力な独裁を目指す路線に反対し、議会制民主主義こそ目指すべき本来の路線であるとする様々な政党が協力・活動するために連合し、そのまま党となったもの。 労働党の強力な独裁を目指す路線に反対し、議会制民主主義こそ目指すべき本来の路線であるとする様々な政党が協力・活動するために連合し、そのまま党となったもの。
他の政党とは異なり、全体的に保守的な考えを持つ政党で構成されている。 他の政党とは異なり、全体的に保守的な考えを持つ政党で構成されている。
-民主主義を目指す政党として一部地域の支持を集め、中身の政策のズレを関係なしに636年11月まで正常に存在してきたが、労働党が民主化に踏み切ったために中身の政策のズレが危険な水準に到達し始め、将来的に分裂してしまうのではと危惧されていた。以下は構成政党 +民主主義を目指す政党として一部地域の支持を集め、中身の政策のズレを関係なしに636年11月まで正常に存在してきたが、労働党が民主化に踏み切ったために中身の政策のズレが危険な水準に到達し始め、将来的に分裂してしまうのではと危惧されていた。主要な構成政党は自由党、緑の党、社会民主党の三党だった。 
---''自由党''(Özgürlük Partisi/ÖP)+- ''トルキー民主社会同盟''(Türkiye Demokratik Sosyalist İttifak/TDSİ) 
 +シンボルカラーは青。 
 +社会民主主義の中でもより国民政党として議会政治を尊重する民主社会主義を掲げ、現在の社会主義経済の「改良」を訴える中道左派政党。 
 +トルキーの中では自由党に次いで保守的かつ穏健な政党であるとされた。 
 +民主主義連合解体のゴタゴタに紛れつつ結党された。 
 +かなり穏健な国民から支持されていた。 
 +- ''自由党''(Özgürlük Partisi/ÖP)
シンボルカラーは黄色。 シンボルカラーは黄色。
社会自由主義を掲げ、社会主義経済の中での社会的な自由を訴える政党。 社会自由主義を掲げ、社会主義経済の中での社会的な自由を訴える政党。
-民主主義連合結成を呼びかけた主要政党で、トルキーの中ではかなり保守的な思想を持つことが特徴。 +民主主義連合結成を呼びかけた政党で、トルキーの中ではかなり保守的な思想を持つことが特徴。 
-現在の連合では、運営の主要メンバーはこの経緯から殆どが自由党の出身者となっている。 +解散前の連合では、運営の主要メンバーはこの経緯から殆どが自由党の出身者となっていた。 
-そのかなり保守的な思想が国民に合わず、連合の運営の多くを占めるにもかかわらず支持は得られていない。 +そのかなり保守的な思想が国民に合わず、かつての連合の結成を呼びかけるなどの実績があるにも関わらず支持は得られていない。
- +
---''緑の党''(Yeşil Partisi/YP) +
-シンボルカラーは緑。 +
-社会保障や平等の観点から、環境・国民の幸福を尊重することを訴える政党。 +
-基本的理念は社会主義に基づくが、やや保守寄りな考えを持つ。 +
-解放ではなく純粋な幸運を求め革命に参加した人々からの支持が根強く、議席は少ないながら安定した勢力を持っているとされる。+
#endregion #endregion
*地理 [#l52e68ac] *地理 [#l52e68ac]
 +国土の多くがケッペンの気候区分における地中海性気候に属するが、山岳部では気温が下がり高地地中海性気候や亜寒帯湿潤気候となる地域も存在する。冬には山岳部では降雪も見られる。
 +多くの地域において耐乾性の強い硬葉樹林が多く見られるが、冬の寒さが厳しい山岳部では針葉樹林がよく見られる。
 +旧世界時代にその原産地だったチューリップはフリューゲルにおいても栽培が続けられており、トルキーの主要輸出作物の一角をも担っている。
 +その他気候を生かしたオリーブやコルクガシ、オレンジなど加工向けや嗜好品向けの作物の栽培が多い。
 +主食の小麦は内陸部のやや乾燥する地域においての栽培が特に多い。沿岸部・内陸部共に小麦のほとんどは冬に栽培される。
 +家畜は乾燥を好む羊やヤギが飼育される。
*文化 [#wa40cba5] *文化 [#wa40cba5]
Line 370: Line 511:
一方で独自の文化から生まれた料理も根付き、その代表例としてケバブが挙げられる。 一方で独自の文化から生まれた料理も根付き、その代表例としてケバブが挙げられる。
トルキー文化の代表としてよく挙げられることが多く、トルキーの一種の象徴的な存在にもなっている。 トルキー文化の代表としてよく挙げられることが多く、トルキーの一種の象徴的な存在にもなっている。
-またイスラーム国家でありながら、トルキーでの宗教事情が非常に世俗化したものであるということから、飲酒は自由に行われている。+またイスラム教国家でありながら、トルキーでの宗教事情が非常に世俗化したものであるということから、飲酒は自由に行われている。
*国民 [#ka89947c] *国民 [#ka89947c]
-トルキー人が全体の68%を占め、次いでギリシヤ人、クルディア人、アルミニア人が少数民族として21%を占め残りは他国からの移民となっている。 +トルキー人が全体の76%を占め、次いでクルディア人、アルミニア人、ギリシヤ人が少数民族として22%を占め残りは他国からの移民となっている。 
-特にクルディア人はトルキー内においてトルキー人に次ぐ多数派を構成しており、その構成は全体の15%であるとも言われる。+特にクルディア人はトルキー内においてトルキー人に次ぐ多数派を構成しており、その構成は全体の18%であるとも言われる。
**宗教 [#b1bae6b2] **宗教 [#b1bae6b2]
社会主義国家であるが、信仰の自由は存在している。 社会主義国家であるが、信仰の自由は存在している。
-イスラーム教スンニ派を国教とし、その他の少数宗教も認めている。 +イスラム教スンニ派を国教とし、その他の少数宗教も認めている。 
-イスラーム教が97.5%、トルキー正教会が0.3%、その他が2.2%となっている。 +イスラム教が96.2%、トルキー正教会が1.1%、その他が2.7%となっている。 
-そのうちイスラーム教の宗派は83%がスンニ派で、13%がアレヴィー派、残りの4%はその他の宗派である。+そのうちイスラム教の宗派は83%がスンニ派で、13%がアレヴィー派、残りの4%はその他の宗派である。 
 +トルキーにおける宗教形態は非常に世俗的なものとなっており、戒律を全て厳格に守る信者らは少ない。 
 +また政治の場では憲法によって厳格な政教分離が定められており、トルキーの政治家において宗教の話題は重大なタブーとなっている。
**言語 [#r557adbb] **言語 [#r557adbb]
Line 393: Line 536:
*諸国との関係 [#s1423b77] *諸国との関係 [#s1423b77]
外交使節を送った/送られた国のみ。順は特に意味はなし。必ずしも政府の公式見解とは一致しない。 外交使節を送った/送られた国のみ。順は特に意味はなし。必ずしも政府の公式見解とは一致しない。
-|国名|信頼度|備考| +|国名|備考|h 
-|カルセドニー連合|◎|国交樹立時はカルセドニー島共和国。建国の際多大な支援を送ってくれた国。+|カルセドニー社会主義連邦共和国|同じ社会主義国家。国交樹立時はカルセドニー島共和国。建国の際多大な支援を送ってくれた国。
-|ヘルトジブリール社会主義共和国|◎|同じ社会主義国家。SSpact加盟国。| +|ヘルトジブリール社会主義共和国|同じ社会主義国家。SSpact加盟国。| 
-|ヴェールヌイ社会主義共和国|◎|同じ社会主義国家。SSpact加盟国。| +|ヴェールヌイ社会主義共和国|同じ社会主義国家。SSpact加盟国。| 
-|アルビオン連盟王国|×|スコッチランド時代に国交があり、建国の際多額の支援を送ってくれた。現在では時代が逆行していく不思議な国家として国民を賑わしている。+|ヨリクシ共和国|現在長期の鎖国中である。| 
-|テークサット連合|◎|同じイスラーム国家。+|レゴリス帝国|-
-|ヨリクシ共和国|○|| +|西岸州独立連合共和国|かつての植民地であり、様々な問題を乗り越えながら別々の国家となった修正資本主義国家。現在長期の鎖国中である。SSpact加盟国。
-|レゴリス帝国|○|| +|ストリーダ王国|
-|コーデクス共和国|○|| +|ガトーヴィチ帝国|
-|西岸州独立連合共和国|◎|かつての植民地であり、様々な問題を乗り越えながら別々の国家となった修正資本主義国家。同胞であるということもあり印象は良好である。国交樹立の際に諸問題を解決しており、さらに関係は深くなっていくものと思われる。SSpact加盟国。+|ロムレー湖畔共和国|
-|ラシニア社会共和国|○|修正資本主義を採用する国家。+|ローレル共和国|
-|蒼鋼国|○|| +|タヂカラオ国|
-|ストリーダ王国|○|| +|トラハト=ラシュハ連合王国|
-|シャムレー民主共和国|○|同じ社会主義国家。+|ギルガルド社会主義共和国|同じ社会主義国家。SSpact加盟国。
-|北海社会主義共和国|○|同じ社会主義国家。+|カドレン共和国|
-|サバルタン国|○||+|ライン共和国|
 +|ミルズ皇国||
-かつて存在した国家 -かつて存在した国家
-|国名|信頼度|備考| +|国名|備考|h 
-|セビージャ北部臨時政府|△|旧セビーリャ自由共和国。現共同管理区域セビーリャ。かつて国際問題を引き起こしており、言動には注視が必要である。+|セビージャ北部臨時政府|旧セビーリャ自由共和国。現セビーリャ自治政府。現在は大規模な集約農業が行われ、フリューゲルの食料事情を支える地域の1つとなっている。
-|フランク連邦|○|+|フランク連邦|
-|成蘭連邦王国|○|+|成蘭連邦王国|
-|ボアーズィチィ合州国|○|国交樹立時はボアーズィチィ帝国。同じイスラーム国家。| +|ボアーズィチィ合州国|国交樹立時はボアーズィチィ帝国。同じイスラーム国家。| 
-|フリスラーン帝国|◎|建国の際多大な支援を送ってくれた国。|+|フリスラーン帝国|建国の際多大な支援を送ってくれた国。
 +|アルビオン連盟王国|スコッチランド時代に国交があり、建国の際多額の支援を送ってくれた。王政復古後関係は急速に悪化した。| 
 +|北海社会主義共和国|同じ社会主義国家。| 
 +|サバルタン国|-| 
 +|テークサット連合|同じイスラーム国家。| 
 +|コーデクス共和国|-| 
 +|蒼鋼国|-| 
 +|シャムレー民主共和国|同じ社会主義国家。| 
 +|ラシニア社会共和国|修正資本主義を採用する国家。| 
 +|中夏人民共和国|同じ社会主義国家。| 
 +|冰州連合|-|
//|国名|友好度|国交があるかないか|例えば軍事同盟を結成しているか等| //|国名|友好度|国交があるかないか|例えば軍事同盟を結成しているか等|


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