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2: 2019-01-13 (日) 05:30:39 JEWELRY ソース 3: 2019-01-13 (日) 22:35:47 chinamart ソース
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|>|~&font(100%){''くまモンの乱''};| |>|~&font(100%){''くまモンの乱''};|
|>|CENTER:第一次補給攻防 - さにゃだまるの戦い - 第二次補給攻防 -&br; 徳川こだぬき反乱 - 共食い - 異世界からの援軍 - くまモン城炎上| |>|CENTER:第一次補給攻防 - さにゃだまるの戦い - 第二次補給攻防 -&br; 徳川こだぬき反乱 - 共食い - 異世界からの援軍 - くまモン城炎上|
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 +*背景 [#oa12ed5d]
 +くまモンは紀元前から東方地域に生息しており、人類がフリューゲルに文明を築き上げた頃には人類よりも遥かに多くの種が反映していたと言われている。中夏文明がこの地に誕生したとき、くまモンは山地に奥深くに追いやられ絶滅の危機にひんした。しかし昨今のゆるキャラブームによってその価値を中夏人民共和国中央人民政府主席夏丁鈴に見出された彼らは、貴重な観光資源として大々的にアピールされるようになっていった。くまモンへの見返りは当初はみたらし団子やおはぎなどであったが、くまモンの好物であるいきなり団子が支給されるようになった。これがくまモンの唯一の収入であり、食料源であった。
 +しかし夏主席退任後に成立した劉昌奇政権は、くまモンなど存在しないと宣言し、いきなり団子の支給を中止ししてしまった、このとき100万頭のくまモンが全国で決起し、デモやストライキなどで政府に対抗し、劉政権はくまモンの存在を正式に認め自己批判に追い込まれた。次代の冬青華政権は緊縮財政を名目にいきなり団子の個数を減らし、また使用されるサツマイモも、丘州加護島産からセビーリャ産に変えたことで不満が爆発、ついに政府との決別宣言を行うに至った。このときくまモンの指導者だった細川くま興はくまモン城を建築し、政府との対決姿勢を鮮明にするとともに全土のくまモンに決起を呼びかけた。曰く「たたかうモーン!」。
 +かくして中夏人民共和国とくまモンの最終決戦が始まったのであった。
 +
 +*第一次補給作戦 [#qc6f63bb]
 +*さにゃだまるの戦い [#s9473f1d]
 +*一時休戦 [#a370fec6]
 +*徳川こだぬきの離脱 [#pdb7bf75]
 +*たばる坂の決戦 [#h840d2c6]
 +*飢餓地獄とまる子の自決 [#i0487435]
 +*細川くま興切腹とくまモン城炎上 [#g61156e9]


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