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3: 2017-03-16 (木) 00:09:55 nazonohito ソース 4: 2018-05-26 (土) 15:51:23 Chalcedony ソース
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-同年9月:ツァボライト市が建設される。 -同年9月:ツァボライト市が建設される。
-**革命と鎖国の時代(700年~) [#n2c8546f]+**革命と鎖国の時代(700年~763年) [#n2c8546f]
 石動第三帝国の滅亡によって、共和国の外交政策は完全に破綻した。それにより、押さえつけられていた国内のひずみが一気に膨らみ、革命と鎖国へと結びついていくことになる。  石動第三帝国の滅亡によって、共和国の外交政策は完全に破綻した。それにより、押さえつけられていた国内のひずみが一気に膨らみ、革命と鎖国へと結びついていくことになる。
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 国内を統一したカルセドニー連合政府は主導した労働党の主張通りこれまでの外交方針の全面的な破棄と鎖国政策への移行を宣言、しばらく国際社会と調整を行った後暫定外交部を閉鎖、鎖国へと移行した。  国内を統一したカルセドニー連合政府は主導した労働党の主張通りこれまでの外交方針の全面的な破棄と鎖国政策への移行を宣言、しばらく国際社会と調整を行った後暫定外交部を閉鎖、鎖国へと移行した。
 +
 +***レンデの統治 [#z3636c05]
 + 鎖国後に正式に採択されたカルセドニー連合憲法に基づいて705年末にレンデ・アゲートが初代カルセドニー連合大統領に選出された。レンデは民衆の強い支持を背景に強力な社会主義政策を続けたが、消費財の供給をほとんど海外に頼っていたカルセドニー内の物資供給は一瞬のうちに危機に陥り、唯一貿易関係を継続したヨリクシ共和国との貿易や都市部の手工業者の努力をもってしても慢性的なモノ不足は解消されなかった。レンデは政権の維持のために軍部との協力を推し進め、結果的に労働党内の組合派(地方の労働組合を母体とする勢力)とレンデを中心とする共産派(旧共産党の党員及び軍人を母体とする勢力)の関係は次第に悪化することになった。
 + レンデは3期15年にわたり連合大統領を務め、720年の選挙に立候補せず、後継者に同じく共産派のレペイ・ヘリオトロープを指名して政界を引退した。
 +
 +***レペイのもたらした混乱 [#ze85b17c]
 + レンデのあとを受けて721年から連合大統領に就任したレペイ・ヘリオトロープはレンデ以上に軍部との癒着を深め、共産派と組合派の関係はいよいよ悪化した。軍部と協力に結び付いたレペイは組合派の弾圧を図り、いくつかの労働組合系組織が解体を命じられるなどカルセドニー革命の理念はほとんど消滅するに至った。しかし、組合派の方が民衆から人気があったために国内の反発は著しく、レペイ政権の末期には国内の治安は極めて深刻な状態になった。
 + レペイは自らの地位を守るためにレンデが固辞した連合大統領4期目を目指すと表明、これが引き金となり734年に暗殺された。暗殺者は内務公安委員会に拘束される前に自殺したため暗殺の動機は不明のままだが、レペイはあらゆる方面に敵を作っていたためこの結末は想像に難くない。レペイの死後、およそ3年にわたって共産派と組合派の抗争が続き、当初は軍部の支持があった共産派が優勢であったが、軍内部にも分裂が生じ結果的に組合派が政界を掌握する形となった。
 +
 +***開国への道 [#rf9bb0ca]
 + 738年に3代目の連合大統領に就任したテシク・スティショバイトは軍部と組合派の融和を図り、軍部のクーデターを防ぐためだけにその任期を費やすことになった。751年に後を継いだトリク・ユーファストーンも個人的な国民からの人気こそあったもののさほど立場は変わらず、軍と党の不安定な関係は国内情勢の安定化を妨げた。当初は組合派にあった民衆の支持も次第に失われ、752年に行われた革命50周年記念式典における“共和派”への特別恩赦も国民感情にに対した変化をもたらさなかった。また、国際的に「豊作危機」と呼ばれる聖樹生産の著しい減少は国内の食料供給を崩壊させ、トリク政権は革命後最悪の情勢に直面することとなった。
 +
 +***旧世界からの移民船漂着 [#c1a90735]
 + このころ、旧世界からの移民船が漂着するという事件があった。この移民船は旧世界でもフリューゲルでもない第三の惑星を経由してフリューゲルにたどり着いたという異色の経歴があり、さらに代表は「ロニア」と名乗り、断絶したと考えられていた「5大氏族」の生き残りであると主張したため話題を呼んだ。氏族信仰を否定する立場の労働党は情報の抑え込みを図ったが、噂は一瞬にして広まり、結局労働党も「赤光」で事実関係について報道を行った。トリクが恩赦した“共和派”はロニアを祭り上げて「旧世界不滅論」と「氏族信仰」が結びついて成立したルナ教と結びついたため一気に勢力を拡大、一介の非合法組織から有力な政党として頭角を現した。
 +
 +***憲法制定議会選挙 [#d9439ba9]
 + トリクの3期目の終わりが近づき、有力な後継者のいなかった労働党組合派は共産派から次第に突き上げを受け始めた。トリクの個人的な人気でもっていた組合派政権はその退任と同時に崩壊しかねなかったため、トリクは起死回生の策として共和党(“共和派”が形成した右派政党)が主張し、進歩党(労働党の衛星政党となっていた社会民主党の後身)が同調していた普通選挙の実施に同意した。共産派は当初「真の社会主義を破壊しようとする右派反動勢力の試みは受け入れられない」などとして普通選挙を拒否しようとしたが、連合議会は過半数の議員(進歩党・労働党組合派)が参加を拒否したため麻痺状態になり結局は共産派も憲法制定議会選挙に参加せざるを得なかった。
***年表(700年~) [#dac5d563] ***年表(700年~) [#dac5d563]
Line 522: Line 539:
-702年9月:カルセドニー革命の開始。 -702年9月:カルセドニー革命の開始。
-703年7月:カルセドニー革命の終了、カルセドニー連合政府が鎖国を発表。 -703年7月:カルセドニー革命の終了、カルセドニー連合政府が鎖国を発表。
 +-705年12月:レンデ・アゲートが正式にカルセドニー連合初代大統領に当選。
 +-720年12月:レンデ・アゲートの退任に伴いレペイ・ヘリオトロープが連合2代大統領に当選。
 +-734年8月:レペイ・ヘリオトロープが暗殺される。
 +-738年3月:テシク・スティショバイトが連合第3代大統領に就任。
 +-750年12月:トリク・ユーファストーンが連合第4代大統領に当選。
 +-752年9月:革命50周年記念式典が行われ、“共和派”が特別恩赦される。
*主要な政治家・軍人 [#b27f74f6] *主要な政治家・軍人 [#b27f74f6]


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