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1: 2016-03-17 (木) 23:35:58 akai ソース
Line 1: Line 1:
 +|CENTER:トルキー社会主義共和国(Socialist Republic of Turkey)|<|h
 +|正式名称|上に同じ|
 +|国旗|CENTER:&ref(トルキー国旗.png);|
 +|首都|アンカラ|
 +|最大都市|イスタンベル|
 +//|最高指導者||
 +|政治体制|社会主義共和制|
 +|公用語|トルキー語|
 +|通貨|トルキーリア|
 +//|主な産業|無くても可|
 +*概要 [#i01cded2]
 +トルキー社会主義共和国(Socialist Republic of Turkey)とは637年8月に民主化し、トルキー臨時社会主義連合から国号を変更した社会主義国家。
 +日本語の漢語表記では土耳木とされることが多く、一文字表記では土となる。
 +それぞれの民族名などはトルキー語より由来するため国際共通語とは少々ずれる可能性あり。
 +**国旗 [#f937a6f2]
 +現在の国旗は国号の変更を記念して、637年10月初旬に真っ赤な臨時国旗から変更されたものである。
 +赤は労働党、革命の際流れた血、革命的思想、社会主義、情熱を表し、
 +中央には社会主義の象徴である鎌と槌を
 +左上にはイスラームのシンボルたる三日月と五芒星を配している
 +
 +*産業構造 [#xf9b7705]
 +
 +*国家構造 [#t6e40fcd]
 +かつてはトルキー労働党による一党独裁制を憲法によって定めていたが、現在では議会が設置され選挙も行われるなど民主的な政治が行われている。
 +そのため現在では社会主義共和制を導入していると言える。
 +民主制が導入されてはいるが、立法権・司法権・行政権が大きく集中していたり、名目上は独立しているとされる司法が実際には党の出身者で占められていたりなど、国民主権とは言いがたい。
 +
 +**地域区分 [#da515b58]
 +10の県という広域行政区間と、2つの特別行政州から構成されるが、それ以下に市町村など下位の地方公共団体は存在しない。
 +これは旧世界において移民計画発動直前、一部の富を持った者が他の国民を支配するため勝手に地方公共団体を設置し、大きな混乱に陥れたことに対する反省や、それを封じ込めるための処置である。
 +県にはそれぞれ30~80議席の小規模な県議会が存在し、県議会とそこから選出された県長によって政治されることとなっている。
 +特別行政州はアンカラ、イスタンベルの2つで、それぞれ100議席の州議会を持ち、県より高い自治権を持っている。
 +特別行政州の首長は内閣によって直接指名される。
 +
 +県議会・州議会の任期は5年、もしくは内閣が解散命令、もしくは裁判所が違憲・法律違反判断に基いて解散命令を下した時までである。
 +今のところ地方議会の解散の経験はないが、おそらく国会が解散されると同時に地方議会も解散されるのではないかと言われている。
 +
 +*年表 [#i599bfb2]
 +|631年8月|革命政権樹立|
 +|634年6月頃|大フリューゲル帝国(現・共同管理区域クイーンズ)から宣戦布告 政府は「通り魔」と表現。|
 +|634年9月|「通り魔」の実態をようやく把握。政府の外交・情報収集努力のなさが浮き彫りに|
 +|636年11月|労働党が将来的な民主化などを盛り込んだ講和条例を各党と締結。長きに渡る混乱が終わり、自由社会へ|
 +|637年8月|議会の設置により民主化。これに伴い国号もトルキー臨時社会主義連合からトルキー社会主義共和国に変更。|
 +|637年9月|民主化に伴う国内初の選挙の結果が発表。|
 +|638年1月|連合が社会民主党・緑の党が脱退する形で解体される。|
 +|639年5月|改憲や定数増加など抜本的な改革案を賛成198反対2で可決。|
 +|641年10月|サンサルバシオン条約機構が設置される。|
 +|642年9月|第二回選挙を実施。労社連立政権へ|
 +
 +**636年11月初旬講和条例 [#va698fb6]
 +(一部意訳)
 +1.政府は各党の活動を承認し、これを弾圧してはならない
 +2.両者は636年11月初旬より一切の戦闘活動を停止する
 + 2-1.ただし以下の場合両者は戦闘活動を再開することができる
 +  2-1-1.両者がこの条約に反する何らかの行動をした場合
 +  2-1-2.各党の側に何らかの抗争があるなど、分裂状態に陥った場合
 +3.政府は憲法改正、議会制の導入などを確約する
 + 3-1.各党はこの確約に全面的に賛成し、支援する
 +4.政府は速やかにトルキー労働者評議会をトルキー労働党として再編する
 +5.政府は超長期的に正規の軍隊を構成する
 +
 +*政治首脳陣及び閣僚 [#v21b4878]
 +**国家元首 [#v2dffc41]
 +-一党独裁時代
 +||CENTER:|CENTER:|c
 +|代|CENTER:トルキー労働者評議会議長||h
 +|1|631年8月~637年9月|メフメト・セキ|
 +-637年9月に選挙によって内閣総理大臣の設置。労働者評議会議長の事実上の廃止。なお本格的な廃止は639年5月
 +||CENTER:|CENTER:|c
 +|代|CENTER:内閣総理大臣||h
 +|1|637年9月~|メフメト・セキ|
 +
 +*政治政党 [#eef8665d]
 +憲法により様々な政党の存在を認めている。
 +|CENTER:政策スライダー||||
 +|民主的|--◆----|独裁的|民主制を導入している。|
 +|政治的左派|◆------|政治的右派|革命的思想こそ最良である|
 +|開放社会|-----◆-|閉鎖社会|海外の情報は手に入れづらい|
 +|自由経済|------◆|中央計画経済|政府によって作られる経済|
 +|常備軍|------◆|徴兵軍|軍隊は僅かなゲリラ兵のみになってしまった|
 +|タカ派|-----◆-|ハト派|トルキーは平和にあるべきである|
 +|介入主義|------◆|孤立主義|政府の外交努力は皆無|
 +-634年9月 民主化の議論が開始され民主的に1
 +-636年7月 同じ理由で言論の規制が緩み解放社会に1
 +-636年11月 各党の側と講和条約が結ばれ、民主的に1
 +-637年8月 議会設置によって民主化し、民主的に2
 +
 +議会は一院制で、定数は300の比較的小規模な議会である。
 +639年5月までは定数が200だった。
 +任期は5年もしくは当時の国家元首が解散宣言した時までである。
 +-642年9月の第二回選挙の結果
 +|CENTER:政党名||議席|h
 +|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||158|
 +|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||62|
 +|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||45|
 +|BGCOLOR(#5050FF):トルキー民主社会同盟||21|
 +|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||8|
 +|BGCOLOR(#F00000):共産党||2|
 +|BGCOLOR(#A05050):民族党||1|
 +|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||3|
 +|CENTER:定数||300|
 +
 +#region(各党一覧)
 +-''トルキー労働党''(Türkiye İşçi Partisi/TİP)
 +シンボルカラーは赤。
 +初期は強力な独裁を目指していたが、諸外国を視察するにつれ徐々に民主主義路線に切り替わっていき現在では民主主義の中での社会主義を目指す党となっている。
 +党内では世俗主義に基づく政治を肯定するなどやや穏健になりつつあるが、「もし民主主義で解決しないなら暴力による革命や階級闘争も仕方がない」という理念があり、完全に穏健である社会民主主義などとは一線を画する。
 +トルキーにおける「社会主義」の1つの方向性を示している。
 +建国時は「トルキー労働者評議会」として活動していたが、636年11月からはトルキー労働党として正式に再編された。
 +移住から困窮を極め、バラバラになってしまっていたトルキーをまとめ上げた実績を持つ党。
 +この実績から国民からの信頼は厚い。
 +
 +-''自由党''(Özgürlük Partisi/ÖP)
 +シンボルカラーは黄色。
 +社会自由主義を掲げ、社会主義経済の中での社会的な自由を訴える政党。
 +民主主義連合結成を呼びかけた政党で、トルキーの中ではかなり保守的な思想を持つことが特徴。
 +解散前の連合では、運営の主要メンバーはこの経緯から殆どが自由党の出身者となっていた。
 +そのかなり保守的な思想が国民に合わず、かつての連合の結成を呼びかけるなどの実績があるにも関わらず支持は得られていない。
 +野党第三党。関係の構築を模索する緑の党とトルキー民主社会同盟とは異なる立場にいる。
 +
 +-''緑の党''(Yeşillik)
 +シンボルカラーは緑。
 +社会保障や平等の観点から、環境・国民の幸福を尊重することを訴える政党。
 +基本的理念は社会主義に基づくが、やや保守寄りな考えを持つ。
 +解放ではなく純粋な幸運を求め革命に参加した人々からの支持が根強く、かなり安定した勢力を持っているとされる。
 +現在は野党第一党として与党を監視する第一人者の立場にある。
 +
 +-''社会民主党''(Sosyal Demokrat Partisi/SDP)
 +シンボルカラーは橙、もしくは赤。
 +報道などでは橙が用いられることが多い。
 +社会民主主義を掲げ、暴力による革命や階級闘争を否定し、世俗主義に基づく社会平等の実現を訴える政党。
 +その中でも多数の考え方があるとされる社会民主主義の中では、社会主義寄りな思想を持つ。
 +比較的穏健な国民からの支持が高く、議会では労働党に次ぐ勢力を持つ。
 +現在は与党第二党として労働党と互いに協力・牽制し合う関係にある。
 +
 +-''トルキー民主社会同盟''(Türkiye Demokratik Sosyalist İttifak/TDSİ)
 +シンボルカラーは青。
 +社会民主主義の中でもより国民政党として議会政治を尊重する民主社会主義を掲げ、現在の社会主義経済の「改良」を訴える中道左派政党。
 +トルキーの中では緑の党に次いで保守的かつ穏健な政党であるとされる。
 +民主主義連合解体のゴタゴタに紛れつつ結党された。
 +現在議会では結党された時期のために議席はないが、次の選挙を見据えての行動を行うと見られている。
 +かなり穏健な国民から支持されている。
 +野党第二党。現在は緑の党とのパイプの建設を模索している。
 +
 +-''共産党''(Komünizm Partisi/KP)
 +シンボルカラーは橙、もしくは赤。
 +報道などでは労働党を若干薄い赤とし、こちらを強い赤にすることが多い。
 +636年11月の講和での民主化に反対し、独裁こそ最良とする一部の人物が離反・結成した党。
 +基本的な政策は初期の労働党に則しており、非常に強硬かつ危険な思想を持った党である。
 +国民からは労働党からの裏切り者として見られており、支持や信頼は皆無である。
 +
 +-''民族党''(Yarış Partisi/YP)
 +シンボルカラーは茶色。
 +現在のトルキーのトルキー人一極集中体制を批判し、ギリシヤ人、クルディア人、アルミニア人などを加えた連邦制にするべきだと主張する党。
 +一部の極右思想の少数民族からは支持されているが、少数民族からでさえこの政策の現実性について疑問が持たれており、国民からの支持は得られていない。
 +
 +#endregion
 +#region(かつて存在した党一覧)
 +-''トルキー労働者評議会''(Türkiye İşçi Konseyi/TİK)
 +トルキー労働党の前身。
 +革命の際に主導した数人によって運営され、その下に革命のため尽力した人々が集う形になっていた。
 +労働党への再編は超長期的なものとされていたが、636年11月の講和条例によって予定よりもかなり速く労働党へと再編された。
 +-''トルキー民主主義連合''(Türkiye Demokrasi Koalisyonu/TDK)
 +シンボルカラーは濃い青。
 +労働党の強力な独裁を目指す路線に反対し、議会制民主主義こそ目指すべき本来の路線であるとする様々な政党が協力・活動するために連合し、そのまま党となったもの。
 +他の政党とは異なり、全体的に保守的な考えを持つ政党で構成されている。
 +民主主義を目指す政党として一部地域の支持を集め、中身の政策のズレを関係なしに636年11月まで正常に存在してきたが、労働党が民主化に踏み切ったために中身の政策のズレが危険な水準に到達し始め、将来的に分裂してしまうのではと危惧されていた。以下は構成政党
 +--''自由党''(Özgürlük Partisi/ÖP)
 +シンボルカラーは黄色。
 +社会自由主義を掲げ、社会主義経済の中での社会的な自由を訴える政党。
 +民主主義連合結成を呼びかけた主要政党で、トルキーの中ではかなり保守的な思想を持つことが特徴。
 +現在の連合では、運営の主要メンバーはこの経緯から殆どが自由党の出身者となっている。
 +そのかなり保守的な思想が国民に合わず、連合の運営の多くを占めるにもかかわらず支持は得られていない。
 +
 +--''緑の党''(Yeşil Partisi/YP)
 +シンボルカラーは緑。
 +社会保障や平等の観点から、環境・国民の幸福を尊重することを訴える政党。
 +基本的理念は社会主義に基づくが、やや保守寄りな考えを持つ。
 +解放ではなく純粋な幸運を求め革命に参加した人々からの支持が根強く、議席は少ないながら安定した勢力を持っているとされる。
 +#endregion
 +#region(過去の選挙結果)
 +-637年9月の第一回選挙の結果
 +|CENTER:政党名||議席|h
 +|BGCOLOR(#FF5050):トルキー労働党||158|
 +|BGCOLOR(#FFA050):社会民主党||23|
 +|BGCOLOR(#50FF50):緑の党||12|
 +|BGCOLOR(#FFFF50):自由党||3|
 +|BGCOLOR(#F00000):共産党||2|
 +|BGCOLOR(#A0A0A0):無所属||2|
 +|CENTER:定数||200|
 +#endregion
 +*地理 [#l52e68ac]
 +
 +*文化 [#wa40cba5]
 +特徴的なものとして料理が挙げられ、かつて旧世界において様々な地方との交流があったことからそれぞれの特色を活かした郷土料理が誕生し、それが新世界においても嗜まれている。
 +一方で独自の文化から生まれた料理も根付き、その代表例としてケバブが挙げられる。
 +トルキー文化の代表としてよく挙げられることが多く、トルキーの一種の象徴的な存在にもなっている。
 +またイスラーム国家でありながら、トルキーでの宗教事情が非常に世俗化したものであるということから、飲酒は自由に行われている。
 +
 +*国民 [#ka89947c]
 +トルキー人が全体の68%を占め、次いでギリシヤ人、クルディア人、アルミニア人が少数民族として21%を占め残りは他国からの移民となっている。
 +特にクルディア人はトルキー内においてトルキー人に次ぐ多数派を構成しており、その構成は全体の15%であるとも言われる。
 +
 +**宗教 [#b1bae6b2]
 +社会主義国家であるが、信仰の自由は存在している。
 +イスラーム教スンニ派を国教とし、その他の少数宗教も認めている。
 +イスラーム教が97.5%、トルキー正教会が0.3%、その他が2.2%となっている。
 +そのうちイスラーム教の宗派は83%がスンニ派で、13%がアレヴィー派、残りの4%はその他の宗派である。
 +
 +**言語 [#r557adbb]
 +公共語のトルキー語が多く話されているが他にはギリシヤ語、クルディア語、アルミニア語などがそれぞれの少数民族が多く住む地域において話されている。
 +
 +*軍事 [#j8acb9d2]
 +革命の際、軍隊は散り散りになって戦い非常に多数の戦死者を出したため、現在保有する軍隊は実質的に革命の際に労働者評議会と共に戦った少数のゲリラ兵のみになっている。
 +
 +*諸国との関係 [#s1423b77]
 +外交使節を送った/送られた国のみ。順は特に意味はなし。
 +|国名|友好度|国交|備考|
 +|カルセドニー島共和国|最良|○|建国の際多大な支援を送ってくれた国。|
 +|フリスラーン帝国|良|○|同上。なおどちらも現在進行形で役立っている。ありがたいものである。|
 +|ヘルトジブリール社会主義共和国|良|○|同じ社会主義国家。|
 +|ヴェールヌイ社会主義共和国|良|×|同じ社会主義国家。|
 +|スコッチランド共産主義同盟|良|○|同じ社会主義国家。国交開設の際大きな支援を送ってくれた国。|
 +|テークサット連合|普通|○|同じイスラーム国家。|
 +|ボアーズィチィ帝国|普通|○|同じイスラーム国家。|
 +|ヨリクシ共和国|普通|○||
 +|レゴリス帝国|普通|○||
 +|成蘭連邦王国|普通|○||
 +|セビーリャ自由共和国|普通|○||
 +//|国名|友好度|国交があるかないか|例えば軍事同盟を結成しているか等|


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