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6: 2016-07-01 (金) 17:20:03 nazonohito ソース 7: 2016-08-07 (日) 13:16:16 nazonohito ソース
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 リヨン大統領が出馬しなかった第3回大統領選挙において、リヨネ・アメシストは現職の外務委員長としての経験の豊富さなどが評価され、当時の野党民政・社会民主両党の推薦を受けて大統領選挙に出馬、与党勢力を破り大統領に就任した。おりしもヴァノミス危機など国際情勢が極めて不安定であり、ENECの盟主であるウェールリズセ連邦共和国、その対抗勢力の中で最も影響力のあるエルツ帝国双方と外相会談を行った経験のあるリヨネは大きな期待を内外から寄せられることになった。  リヨン大統領が出馬しなかった第3回大統領選挙において、リヨネ・アメシストは現職の外務委員長としての経験の豊富さなどが評価され、当時の野党民政・社会民主両党の推薦を受けて大統領選挙に出馬、与党勢力を破り大統領に就任した。おりしもヴァノミス危機など国際情勢が極めて不安定であり、ENECの盟主であるウェールリズセ連邦共和国、その対抗勢力の中で最も影響力のあるエルツ帝国双方と外相会談を行った経験のあるリヨネは大きな期待を内外から寄せられることになった。
 リヨネ大統領はアルドラド・ヨリクシ両国とのナウラ条約調印など、外交面で大きな成果を挙げたとみなされ、660年の大統領選挙で再選を果たしたが、その直前に経済委員長が辞任に追い込まれる((これに関しては「セビーリャに国家順位を抜かれたせいだ」という憶測が広まっている。))など、経済分野では比較的弱みが目立っている。  リヨネ大統領はアルドラド・ヨリクシ両国とのナウラ条約調印など、外交面で大きな成果を挙げたとみなされ、660年の大統領選挙で再選を果たしたが、その直前に経済委員長が辞任に追い込まれる((これに関しては「セビーリャに国家順位を抜かれたせいだ」という憶測が広まっている。))など、経済分野では比較的弱みが目立っている。
 + 666年の社会保障改革の際は民政党の社会保障改革反対派を支持し、次回大統領選挙の際には左右分裂した民政党のうち、右派の支援で立候補することを表明した。これに対し社会民主党は次期大統領選挙で異なる候補を擁立することを表明するなど、議会と大統領の溝が広がっている。
**年表 [#j2939525] **年表 [#j2939525]
Line 212: Line 213:
|652年|10月|ヘリオトロープ市に現代都市が建設される。| |652年|10月|ヘリオトロープ市に現代都市が建設される。|
|655年|4月|ナウラ条約に調印、アルドラド帝国・ヨリクシ共和国との相互防衛条約が発効する。| |655年|4月|ナウラ条約に調印、アルドラド帝国・ヨリクシ共和国との相互防衛条約が発効する。|
 +|660年|11月|第4回大統領選挙でリヨネ・アメシスト大統領が再選。|
 +|666年|9月|社会保障関連法案が成立する。|
**人口 [#y7424132] **人口 [#y7424132]
Line 243: Line 246:
***大統領府 [#rbfd0d07] ***大統領府 [#rbfd0d07]
- 大統領府は各種の委員会からなる。委員長の任命・罷免権は大統領に与えられているとされているが、基本的に当該委員会のトップ事務官が任命されるため、政権交代などがあっても委員長は後退しないことが多い。大統領府の651年1月時点の各委員長は以下の通り。+ 大統領府は各種の委員会からなる。委員長の任命・罷免権は大統領に与えられているとされているが、基本的に当該委員会のトップ事務官が任命されるため、政権交代などがあっても委員長は後退しないことが多い。大統領府の667年1月時点の各委員長は以下の通り。
|~委員会名|~委員長|~担当分野|h |~委員会名|~委員長|~担当分野|h
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#endregion #endregion
-#region(第5回共和国議会選挙後(661年~670年))+#region(第5回共和国議会選挙後(661年~666年))
|~政党名|~議席数|~政治的スペクトル| |~政党名|~議席数|~政治的スペクトル|
Line 313: Line 316:
|民政党|66|中道左派| |民政党|66|中道左派|
|社会民主党|98|中道左派| |社会民主党|98|中道左派|
 +|共産党|4|左派|
 +|その他、無所属|2|---|
 +
 +#endregion
 +
 +
 +#region(民政党左右分裂後(666年~670年))
 +
 +|~政党名|~議席数|~政治的スペクトル|
 +|国民党|68|中道右派|
 +|民主連合|12|右派|
 +|右派民政党|21|中道右派|
 +|左派民政党|45|中道左派|
 +|社会民主党|98|左派|
|共産党|4|左派| |共産党|4|左派|
|その他、無所属|2|---| |その他、無所属|2|---|
Line 323: Line 340:
 憲法の制定された627年から650年にかけて政権与党を務めた政党。経済政策や国際的にも極めて高い水準の社会保障など、数々の成果を挙げており、国内での勢力は強い。ただ、東部~南部にかけての農村地帯の都市化には消極的な立場を取っているため、この地域の住民からの支持は低い。第4回共和国議会選挙では大きく議席を減らし、第1党ではあるものの、左派政党に後れを取り下野することとなった。また、国民党政権の末期に社会保障費の大幅削減を実施したため、一部の支持層が離脱し、勢力はさらに減少した。  憲法の制定された627年から650年にかけて政権与党を務めた政党。経済政策や国際的にも極めて高い水準の社会保障など、数々の成果を挙げており、国内での勢力は強い。ただ、東部~南部にかけての農村地帯の都市化には消極的な立場を取っているため、この地域の住民からの支持は低い。第4回共和国議会選挙では大きく議席を減らし、第1党ではあるものの、左派政党に後れを取り下野することとなった。また、国民党政権の末期に社会保障費の大幅削減を実施したため、一部の支持層が離脱し、勢力はさらに減少した。
 + 666年の社会保障改革による混乱の際に左派勢力全体に対してのネガティブ・キャンペーンを展開、ある程度支持を取り戻したと推測されている。
***民政党 [#jb01d03d] ***民政党 [#jb01d03d]
 島東南部を支持基盤とする最大野党。同地域の都市化推進、国民党の推進する積極的な外交政策への批判などが主な立場で、セビーリャ共和国への投資政策の失敗が明らかになった630年代後半以降、支持率が急速に伸びている。第4回共和国議会選挙では大きく議席を伸ばし、社会民主党と連立政権を成立させた。  島東南部を支持基盤とする最大野党。同地域の都市化推進、国民党の推進する積極的な外交政策への批判などが主な立場で、セビーリャ共和国への投資政策の失敗が明らかになった630年代後半以降、支持率が急速に伸びている。第4回共和国議会選挙では大きく議席を伸ばし、社会民主党と連立政権を成立させた。
 + 第5回共和国議会選挙で勢力を減らし、多くの幹部が辞任に追い込まれた。666年の社会保障改革の際に一部の議員が離党、現在は左右に分裂している。
***共産党 [#o3453b98] ***共産党 [#o3453b98]
Line 342: Line 361:
 634年~635年に実施された東部の宗教地域の建設において、市民による署名をあつめ政府を動かした市民団体が母体の政党。ゾロアスター教、キリスト教など国内で少数派の宗教を信仰する人々から広く支持を集めている。この党の活動のためか、宗教間の対立は国内では弱い。  634年~635年に実施された東部の宗教地域の建設において、市民による署名をあつめ政府を動かした市民団体が母体の政党。ゾロアスター教、キリスト教など国内で少数派の宗教を信仰する人々から広く支持を集めている。この党の活動のためか、宗教間の対立は国内では弱い。
 + 660年代以降のエーラーン教皇国の情勢不安、第2次セビーリャ戦争の際にセビーリャ十字教会が西岸州独立連合共和国への移転を拒否されたことなどを原因として国内の宗教勢力全体が衰勢にあり、現在支持は落ち込んでいる。
***社会民主党 [#g396d2a7] ***社会民主党 [#g396d2a7]
 共産党内部の穏健派が島を離脱、結成された穏健派社会主義政党で、結成直後から支持を集め、今ではもとの共産党を上回る勢力となった。ヴェールヌイ社会主義共和国のような民主主義と社会主義の両立を目指している。第4回共和国議会選挙では議席を伸ばし、民政党と連立与党を形成した。  共産党内部の穏健派が島を離脱、結成された穏健派社会主義政党で、結成直後から支持を集め、今ではもとの共産党を上回る勢力となった。ヴェールヌイ社会主義共和国のような民主主義と社会主義の両立を目指している。第4回共和国議会選挙では議席を伸ばし、民政党と連立与党を形成した。
 + 第5回共和国議会選挙で大勝、以降社会保障改革・法人税増税を強く推進しており、一部右派からは「共和国の社会主義化を目指している」と批判されている。666年に社会保障改革法案を成立させたが、連立していた民政党が左右に分裂するなどの打撃を受けた。
#endregion #endregion
Line 353: Line 374:
 国民は全て「カルセドニー計画」により旧世界から移住してきた住民とその子孫から成り立っており、単一民族国家である。また、旧連邦では名字を名乗る風習はなかったが、移住後に入植した場所に付けられた地名を名字として名乗る習慣が生まれ、現在は全ての住民が名字を持っている。このため、名字が同じだからと言って、必ずしも親族であるとは限らない。  国民は全て「カルセドニー計画」により旧世界から移住してきた住民とその子孫から成り立っており、単一民族国家である。また、旧連邦では名字を名乗る風習はなかったが、移住後に入植した場所に付けられた地名を名字として名乗る習慣が生まれ、現在は全ての住民が名字を持っている。このため、名字が同じだからと言って、必ずしも親族であるとは限らない。
 + 建国後50年間に移民を多く受け入れたこともあり、667年時点では共和国民のかなりの割合が異なる民族で占められるようになった。最も多いのはセビーリャ系で、国民全体の3%を占める。以下ヨリクシ系、アルドラド系と続く。
***宗教 [#q72c9e67] ***宗教 [#q72c9e67]


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