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1: 2016-04-11 (月) 00:30:56 sellafie | 2: 2016-06-19 (日) 22:47:52 sellafie | ||
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- | |~国名|République de Lacustre Lomeray| | + | |~国名|République de Lacustre Lomeray| |
|~(英訳)|Lakeside Republic of Lomeray| | |~(英訳)|Lakeside Republic of Lomeray| | ||
|~標語|Liberté et Patrie(自由と祖国)| | |~標語|Liberté et Patrie(自由と祖国)| | ||
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***サン=トゥルミエール Saint-tourmielle [#z82f67b2] | ***サン=トゥルミエール Saint-tourmielle [#z82f67b2] | ||
(9,14)近郊。同名の大聖堂の所在地であり、ロムレーにおける宗教上の中心地。移民船が着陸した地点であり、その船体の一部がそのまま大聖堂の建物に使われている。 | (9,14)近郊。同名の大聖堂の所在地であり、ロムレーにおける宗教上の中心地。移民船が着陸した地点であり、その船体の一部がそのまま大聖堂の建物に使われている。 | ||
- | 観光地・保養地としての発展が共和国内でも最も早かった地域であり、現在でもこの都市の郊外に共和国最大のリゾート地が広がっている。 | + | 観光地・保養地としての発展が共和国内でも最も早かった地域であり、現在でもこの都市の郊外に共和国最大のリゾート地が広がっている。第一回ソサエティはこの都市で開催された。 |
**北西干拓地 [#r9d25f21] | **北西干拓地 [#r9d25f21] | ||
低地ではあるが北方に位置するため冷涼であり、同時に海からの風が卓越し湿潤。主に酪農と混合農業が営まれる。 | 低地ではあるが北方に位置するため冷涼であり、同時に海からの風が卓越し湿潤。主に酪農と混合農業が営まれる。 | ||
Line 32: | Line 32: | ||
***610年代 自給的共和国の時代 [#od223776] | ***610年代 自給的共和国の時代 [#od223776] | ||
611年5月、現在のサン=トゥルミエールに降り立ったロムレー移民団は、ロムレーの地にはひとまず牧牛に食ませる草と暖を取るための炭が充分あることを確認し、入植を開始した。同時にフリューゲル国際社会との接触も図られ、また、独自に行われた資源調査でウラン鉱を発見、613年から始められた資源輸出により、国家として安定して経営できる状態を確立した。ウラン鉱の開発において他国の投資を受けずに行われたのには、以後のロムレーにおける他国への経済的依存を回避しようとする傾向の原型を見出すことができる。 | 611年5月、現在のサン=トゥルミエールに降り立ったロムレー移民団は、ロムレーの地にはひとまず牧牛に食ませる草と暖を取るための炭が充分あることを確認し、入植を開始した。同時にフリューゲル国際社会との接触も図られ、また、独自に行われた資源調査でウラン鉱を発見、613年から始められた資源輸出により、国家として安定して経営できる状態を確立した。ウラン鉱の開発において他国の投資を受けずに行われたのには、以後のロムレーにおける他国への経済的依存を回避しようとする傾向の原型を見出すことができる。 | ||
- | この時期においては共和国はカルヴァン主義共和政を理念とし、また政府の機能は抑制され、ある程度各種産物の商業的な輸出をし、形式的にはレンティア国家的でありつつも基本的には独立自営農民を中心とする社会が築かれていたといえる。この時代のロムレーを当時の国民はピューリタン的理想郷と呼んでいるが、この考えは現在でも一定の支持がある。 | + | この時期においては共和国はカルヴァン主義共和政を理念とし、また政府の機能は抑制され、ある程度各種産物の商業的な輸出をし、形式的にはレンティア国家的でありつつも基本的には独立自営農民を中心とする社会が築かれていたといえる。この時代のロムレーを当時の国民はピューリタン的理想郷と呼んでいるが、これは現在のロムレーでも一定の支持がある考え方である。 |
しかし610年代も後期に差し掛かると国際社会への理解が進展、フリューゲルで広がっていた学問を国内に浸透させるには移民船時代の徒弟制的な技術伝承・教育の形態では不十分との考えが広まって618年ごろから公教育制度の整備や海外への留学生の送り出しが始められるほか、619年ごろから大々的な保養地の整備が行われて長期滞在観光客の呼び込みが始まるなど、610年代末の時点で既に後のロムレー社会の原型は形成されつつあった。 | しかし610年代も後期に差し掛かると国際社会への理解が進展、フリューゲルで広がっていた学問を国内に浸透させるには移民船時代の徒弟制的な技術伝承・教育の形態では不十分との考えが広まって618年ごろから公教育制度の整備や海外への留学生の送り出しが始められるほか、619年ごろから大々的な保養地の整備が行われて長期滞在観光客の呼び込みが始まるなど、610年代末の時点で既に後のロムレー社会の原型は形成されつつあった。 | ||
- | その国際社会への理解の進展をもたらしたものとして最も大きいのは、時期は若干遅いが619年に行われたウィリーツェン会談であろう。この会談でのウェールリズセ代表の弁が国内で伝えられると、共和国民はその内容に好感、国際政治への関心が高まった。これは公教育制度拡充の直接的原因ではないがそれに拍車をかけたのは間違いない。 | + | その国際社会への理解の進展をもたらしたものとして最も大きいのは、時期は若干遅いが619年に行われたウィリーツェン会談であろう。この会談でのウェールリズセ代表の弁が国内で伝えられると、共和国民はその内容に大いに興味を持ち、国際政治への関心が高まった。これは公教育制度拡充の直接的原因ではないがそれに拍車をかけたのは間違いない。 |
***620年代 観光大国化の時代 [#r156df7a] | ***620年代 観光大国化の時代 [#r156df7a] | ||
- | 風光明媚な景観に助けられて観光業は620年代には年率二桁の高成長を続け、628年ごろにロムレーの滞在者数はそれまで滞在者数世界一であったエルツ帝国を抜いて世界一に到達した。基本的にロムレーはこの年代に観光大国の地位を確立したといえる。一方で観光業に土地と労働力を奪われて農業生産についてはこの時代には後退し、この時代には食料は自給できていなかった。 | + | 風光明媚な景観に助けられて観光業は620年代には年率二桁の高成長を続け、628年ごろにロムレーの滞在者数はそれまで滞在者数世界一であったエルツ帝国を抜いて世界一に到達した。基本的にロムレーはこの年代に観光大国の地位を確立したといえる。一方で観光業に土地と労働力を奪われて農業生産については後退し、この時代には食料自給能力が失われることになった。 |
また、資源輸出と観光業を両輪とする経済が確立されたことで経済的にも好況が訪れ、627年に設置された福祉医療局を中心にヴェールヌイをモデルとした福祉国家化を図る運動が始まり、この時代に幸福度も国際指標上で大幅に向上した。 | また、資源輸出と観光業を両輪とする経済が確立されたことで経済的にも好況が訪れ、627年に設置された福祉医療局を中心にヴェールヌイをモデルとした福祉国家化を図る運動が始まり、この時代に幸福度も国際指標上で大幅に向上した。 | ||
- | この時代の後半は安全保障・宇宙開発においても進展があった。627年に気象衛星、628年に観測衛星の打ち上げに成功したほか、629年にレゴリス帝国との相互安保条約を締結している。もっともこれらの分野での活動が本格化するのは630年代になってからのことである。 | + | この時代の後半は安全保障・宇宙開発においても進展があった。627年末に気象衛星の打ち上げに成功したほか、629年にレゴリス帝国との相互安保条約を締結している。もっともそれが本格化するのは630年代になってからのことになる。 |
***630年代 防衛力拡充の時代 [#y63a44ac] | ***630年代 防衛力拡充の時代 [#y63a44ac] | ||
この時期にも引き続き観光業は成長を続けているが、ロムレー人にはこの時代はなによりもポワンクールへの巨大隕石落下、そして対レゴリス相互安保を受けての防衛力拡充の時代として記憶されている。 | この時期にも引き続き観光業は成長を続けているが、ロムレー人にはこの時代はなによりもポワンクールへの巨大隕石落下、そして対レゴリス相互安保を受けての防衛力拡充の時代として記憶されている。 | ||
631年11月に起きた最大都市ポワンクールへの巨大隕石の落下はロムレー史上最大の大災害であり、これにより共和国のほとんどの官僚機構が機能停止する危機的状況に陥った。このときに効力を発揮したのが3年前に締結したばかりのレゴリスとの相互安保であり、そこではレゴリスからの救助隊が活躍した。 | 631年11月に起きた最大都市ポワンクールへの巨大隕石の落下はロムレー史上最大の大災害であり、これにより共和国のほとんどの官僚機構が機能停止する危機的状況に陥った。このときに効力を発揮したのが3年前に締結したばかりのレゴリスとの相互安保であり、そこではレゴリスからの救助隊が活躍した。 | ||
この巨大隕石の衝撃はロムレーに軍隊の機能を認識させる結果となり、それまで「軍服を着た観光案内所係員」と評される状態だったロムレー軍はレゴリスからの軍事顧問であるルーミヤ・グドリャンの下で改革されて主に山岳戦を中心とした実戦能力を身につけ、また635年10月には安全保障局が迎撃衛星の打ち上げにも成功している。 | この巨大隕石の衝撃はロムレーに軍隊の機能を認識させる結果となり、それまで「軍服を着た観光案内所係員」と評される状態だったロムレー軍はレゴリスからの軍事顧問であるルーミヤ・グドリャンの下で改革されて主に山岳戦を中心とした実戦能力を身につけ、また635年10月には安全保障局が迎撃衛星の打ち上げにも成功している。 | ||
- | なお、634年のクイーンズによる対全国家宣戦を受けた際、直接的な影響はなかったものの、これを受けて行われた海防力向上のための調査の結果を活用して、沿岸部の干拓が行われ、干拓地での酪農などによって食料自給態勢を回復した。 | + | なお、634年のクイーンズによる対全国家宣戦を受けた際、直接的な影響はなかったものの、これを受けて行われた海防力向上のための調査の結果を活用して、沿岸部の干拓が行われ、干拓地での酪農などによって食料自給能力を回復した。これも中央政府が大きな役割を振るうというこの時代の特徴的な出来事でもあるかもしれない。 |
この年代の起こった外交上のできごととしては、カルセドニー島共和国が提唱する資源輸出国機構創設を目指す9ヶ国会議への参加もあったが、この交渉参加にあたっては議会の激しい抵抗にあって代表団派遣が遅れるなど、ロムレー人の経済的な国際機構への抵抗感があらわになった。なお資源輸出国機構構想自体は会議の中断後音沙汰がないままであり、共和国は挫折したものと判断している。 | この年代の起こった外交上のできごととしては、カルセドニー島共和国が提唱する資源輸出国機構創設を目指す9ヶ国会議への参加もあったが、この交渉参加にあたっては議会の激しい抵抗にあって代表団派遣が遅れるなど、ロムレー人の経済的な国際機構への抵抗感があらわになった。なお資源輸出国機構構想自体は会議の中断後音沙汰がないままであり、共和国は挫折したものと判断している。 | ||
- | ***640年代 [#e8742eb5] | + | ***640年代 相対的安定期 [#e8742eb5] |
- | この時期にはもはや観光業の成長はひと段落し、滞在者は1700万人強、観光収入は年200兆Va程度で安定している。 | + | この時期にはもはや観光業の成長はひと段落し、滞在者は2000万人弱、観光収入は200兆Va/年強でその成長は極めて緩やかであった。 |
- | 641年に創設されたソサエティには共和国は原参加国として参加し、トロピコ問題における査察団に人員を派遣、645年には議長国としてサン・トゥルミエールで開かれた第1回ソサエティを主宰するなど、その活動に大きく携わった。 | + | 641年に創設されたソサエティには共和国は原参加国として参加し、645年にサン=トゥルミエールで行われた第一回ソサエティにおいて議長国の役目を果たしたほか、ソサエティによるトロピコ査察団に人員を送り出した。 |
+ | この年代のロムレーはあらゆる意味で安定し、繁栄を享受した。第一回ソサエティの成功はその結実であった。 | ||
+ | しかし、この時期にトロピコ問題やヴァノミス問題は水面下で進行しつつあった。第一回ソサエティの共同声明の第一項がトロピコ問題を扱うものであったことは示唆的である。 | ||
+ | ***650年代 戦争と共和国の変質の時代 [#oc1cdaaf] | ||
+ | 650年に入り、トロピコやヴァノミスを巡って国際関係は急速に緊迫したが、共和国はこれまでの外交姿勢を継続し、同盟国のレゴリス帝国を支持してENEC諸国と協調する立場をとり、結果としてヴァノミス危機とトロピコ戦役に身を投じることとなった。 | ||
+ | ヴァノミス危機は大戦の危惧を抱かせたものの、ぎりぎりで回避された。しかし、これによって建国以来最大の資源輸出先であったアルドラド帝国との関係は断絶され、トロピコ戦役直前にアルドラドによって行われたトロピコへの砲弾納入のためにそれはもはや修復不能なものとなった。 | ||
+ | トロピコ戦役はその有志連合の軍事力に反して3年以上にも及ぶ長い戦いとなった。その中でロムレーの民間人や観光客が被害を受けることはなかったものの、トロピコ軍によってロムレー軍は大きな損害を被ったし、戦費や経済的な負担も膨大なものとなった。典型的なピュロスの勝利といえる。 | ||
+ | 多くの戦争に言えることだが、例に漏れずこの戦争を通じてロムレーは変質を被ることとなった。それは建国以来の共和政のシステムも議会主義の理念にも手をつけず、変質したのは政府と軍のみであったが、ともあれここにおいて共和国は620年前後に匹敵する変質を遂げた。 | ||
+ | ロムレー軍は大規模に動員され、建国以来主要産業として大きな影響力を持った鉱業は、いまや戦時体制の下で動かされる存在となった。 | ||
+ | なお、この戦争の戦訓は多く、654年3月には防衛衛星の打ち上げに成功している。 | ||
+ | 戦後、政府や軍の無策な戦争遂行が非難され、激しい議論の末うやむやのうちに共和国は戦前と同じ平和な状態に戻っていったが、そのシステムには大きな影響を残した。 | ||
*政治 [#caae92de] | *政治 [#caae92de] | ||
中央議会に政府機関としては最も大きく権限が与えられている議会主義体制国家。他のフリューゲル諸国(主にレゴリス帝国)への留学者が学んできた各国の国制からも一定の影響を受けている。 | 中央議会に政府機関としては最も大きく権限が与えられている議会主義体制国家。他のフリューゲル諸国(主にレゴリス帝国)への留学者が学んできた各国の国制からも一定の影響を受けている。 | ||
Line 69: | Line 79: | ||
***その他 [#xf827c42] | ***その他 [#xf827c42] | ||
-国旗 | -国旗 | ||
- | ロムレーの故郷、スイスの国旗の元になったシュヴィーツ州旗の下半分を白色にしたもの。 | + | ロムレーの故郷、スイス国旗の元になったとされるシュヴィーツ州旗の下半分を白色にしたもの。この白色は自由・新天地・万年雪の意味を表しているとされる。 |
- | この白は自由・新天地・万年雪などを象徴しているとされる。 | + | なお、縦に掲揚する場合でも十字が左上に来るのが正式である。そのため垂直掲揚の場合は90度回転させた後に裏返して掲げる。 |
- | -国歌“Ô monts indépendants” | + | -国歌“Ô monts indépendants” |
本来は19世紀後半から20世紀中葉まで使われていたかつてのスイス国歌。 | 本来は19世紀後半から20世紀中葉まで使われていたかつてのスイス国歌。 | ||
共和主義の精神が感じられるために建国期の中央議会の議員に好まれ、湖畔共和国の国歌として採用された。 | 共和主義の精神が感じられるために建国期の中央議会の議員に好まれ、湖畔共和国の国歌として採用された。 | ||
Line 77: | Line 87: | ||
基本的な外交態度は対レゴリス安保を基本とし、それ以外にはやや消極的であったが、ソサエティに原参加国として参加したことに伴い、国際協調への態度転換が図られている。 | 基本的な外交態度は対レゴリス安保を基本とし、それ以外にはやや消極的であったが、ソサエティに原参加国として参加したことに伴い、国際協調への態度転換が図られている。 | ||
経済的には特定の国に偏ることなく観光客を誘致しており、ある一国への経済的依存というものはほとんど存在しない。 | 経済的には特定の国に偏ることなく観光客を誘致しており、ある一国への経済的依存というものはほとんど存在しない。 | ||
- | 一方で、安全保障上には相互安保条約を締結しているレゴリス帝国の影響を大きく受けている。 | + | 一方で、安全保障上では相互安保条約を締結しているレゴリス帝国の影響を大きく受けている。 |
***国交を有する国家(樹立順) [#d0ef7cf3] | ***国交を有する国家(樹立順) [#d0ef7cf3] | ||
※各国への論評は中央議会における評価意見の大勢であり、公的な効果を持つものではありません。 | ※各国への論評は中央議会における評価意見の大勢であり、公的な効果を持つものではありません。 | ||
Line 90: | Line 100: | ||
東方諸国の一つ。地球時代の伝統をどのように継承していくか、という問題について、もちろんルーツは全く異なるものの、この国の歴史は示唆するところがあるかもしれない。 | 東方諸国の一つ。地球時代の伝統をどのように継承していくか、という問題について、もちろんルーツは全く異なるものの、この国の歴史は示唆するところがあるかもしれない。 | ||
-ウェールリズセ連邦共和国 | -ウェールリズセ連邦共和国 | ||
- | 先進国の中でも特に外交に積極的な国の一つ。ENECの議長国を務めており、それに相応しくなかなか弁は立つようだ。うまく協調できればよいのだが。 | + | 先進国の中でも特に外交に積極的な国の一つであり、ENECなどの国際組織を主導している。 |
-%%シェロジア共和国%%(滅亡) | -%%シェロジア共和国%%(滅亡) | ||
アクロバティックな外交をしていた謎の国。あの放送は最初はチューナーの故障かと思ったほどだ。 | アクロバティックな外交をしていた謎の国。あの放送は最初はチューナーの故障かと思ったほどだ。 | ||
Line 102: | Line 112: | ||
治安の安定した大国。東洋文化圏のようだが、東方諸国ではないのだろうか? | 治安の安定した大国。東洋文化圏のようだが、東方諸国ではないのだろうか? | ||
-アルドラド帝国 | -アルドラド帝国 | ||
- | 新興国への投資に積極的な大国。燃料輸出の得意先であり、またロムレーの建造物の多くはこの国の建材によって建てられている。 | + | かの国がトロピコ戦争直前にトロピコに持ち込んだ砲弾のために我々はどれほどの損耗を被ることになったのであろうか。 |
-エルツ帝国 | -エルツ帝国 | ||
アルドラド帝国との同君連合下にあるらしい大国。貴族的な物腰で有名らしい。大国同士の同君連合というのは、うまくいくものなのだろうか? | アルドラド帝国との同君連合下にあるらしい大国。貴族的な物腰で有名らしい。大国同士の同君連合というのは、うまくいくものなのだろうか? | ||
-テークサット連合 | -テークサット連合 | ||
- | 時折垣間見える内罰性は美徳ではあろうが…。いや、やめておこう。 | + | どうにも不安定なところの多い国。とはいえ、第二回ソサエティが返上になった件は、理由が理由だけに致し方あるまい。 |
-ヴェールヌイ社会主義共和国 | -ヴェールヌイ社会主義共和国 | ||
純粋社会主義、か。いい試みだ。我々とは国制があまりにも異なりすぎるが、学べるところは学びたいものだ。 | 純粋社会主義、か。いい試みだ。我々とは国制があまりにも異なりすぎるが、学べるところは学びたいものだ。 | ||
Line 113: | Line 123: | ||
…ただ、無論彼らの情報処理のやり方にも興味がないわけではない。ソサエティの発足で交流の機会も増えたことだし、そろそろコーデクス語の辞書と文法書を入手したいのだが。 | …ただ、無論彼らの情報処理のやり方にも興味がないわけではない。ソサエティの発足で交流の機会も増えたことだし、そろそろコーデクス語の辞書と文法書を入手したいのだが。 | ||
-カルセドニー島共和国 | -カルセドニー島共和国 | ||
- | セビーリャ問題以来、少し消極的になった感があるが、最近は少し積極的に活動を再開しているようにみえる。彼の国の活動が国際社会によい影響をもたらすことを期待している。 | + | 新規国家支援に積極的な先進国。…確かに、アルドラドとは近しいところがあるであろう。 |
-アリア連邦 | -アリア連邦 | ||
先進国と新興国の境界線あたりにいる国。外交的には影が薄く、その立ち位置はいまいちはっきりしない。 | 先進国と新興国の境界線あたりにいる国。外交的には影が薄く、その立ち位置はいまいちはっきりしない。 | ||
- | -%%フリスラーン帝国%%(滅亡) | + | -%%フリスラーン帝国%%(滅亡) |
強大な皇帝権に先進的な兵器、それらは決して国家の永遠の安定を保障してくれるものではないのだ。 | 強大な皇帝権に先進的な兵器、それらは決して国家の永遠の安定を保障してくれるものではないのだ。 | ||
-ヘルトジブリール社会主義共和国 | -ヘルトジブリール社会主義共和国 | ||
- | 新興の社会主義国。迅速な経済成長に成功して先進国入りした国であるらしい。 | + | 社会主義の新興国国家ではあるが、実に急速な成長によって大国となった。 |
-ノホ・ヘレコ連邦 | -ノホ・ヘレコ連邦 | ||
ENEC設立時に参加するかどうかを巡って一悶着あった国らしいのだが、詳しいことはよくわからない。 | ENEC設立時に参加するかどうかを巡って一悶着あった国らしいのだが、詳しいことはよくわからない。 | ||
Line 125: | Line 135: | ||
稲作をたしなむスラヴ人というのはなかなか奇妙に感じられるが、ともあれスラヴ系民族の国…らしい。大スラーヴ主義は彼の国を一体どこに向かわせるのだろうか。 | 稲作をたしなむスラヴ人というのはなかなか奇妙に感じられるが、ともあれスラヴ系民族の国…らしい。大スラーヴ主義は彼の国を一体どこに向かわせるのだろうか。 | ||
-ヨリクシ共和国 | -ヨリクシ共和国 | ||
- | カルセドニーの支援を受けつつ、発展の道を歩んでいる様子の国。 | + | カルセドニーの支援を受けて発展してきた国。 |
-コムニタス・マリアナ | -コムニタス・マリアナ | ||
同じフランコフォニーの入植者の国。とはいえ、その政府の統治能力は如何なものだろうか? | 同じフランコフォニーの入植者の国。とはいえ、その政府の統治能力は如何なものだろうか? | ||
+ | -西海岸独立連合共和国 | ||
+ | 国交提案は歓迎されたが、結局これは国交はあるのだろうか? | ||
***条約等(締結順) [#w48b3133] | ***条約等(締結順) [#w48b3133] | ||
-[[レゴリス帝国とロムレ-湖畔共和国との間に於ける相互協力並びに相互安全保障条約:http://tanstafl.sakura.ne.jp/modules/d3forum/index.php?topic_id=469]] | -[[レゴリス帝国とロムレ-湖畔共和国との間に於ける相互協力並びに相互安全保障条約:http://tanstafl.sakura.ne.jp/modules/d3forum/index.php?topic_id=469]] | ||
-[[ソサエティ設立に関する協定:http://tanstafl.sakura.ne.jp/modules/d3forum/index.php?topic_id=522]] | -[[ソサエティ設立に関する協定:http://tanstafl.sakura.ne.jp/modules/d3forum/index.php?topic_id=522]] | ||
*経済 [#pc2fb038] | *経済 [#pc2fb038] | ||
- | 極端に観光業に指向した産業構造を持ち、世界トップクラスの観光客滞在数を誇っている。外貨獲得能力は高く、国民所得水準は極めて高い。 | + | 極端に観光業に指向した産業構造を持ち、世界トップクラスの観光客滞在数を誇っている。 |
+ | 建国当初は資源輸出によるところも大きかったが、観光業の成長により資源輸出産業は規模こそ縮小してはいないもののその存在感を衰微させつつある。 | ||
+ | いずれにせよ、外貨獲得能力は高く、国民所得水準は極めて高い。 | ||
+ | なお、製造業はほとんど行われておらず、職人的な工場における木製品や乳製品の一部がコミューヌの枠を超えて国内市場で出回る程度に留まる。 | ||
**産業 [#zfc5ede6] | **産業 [#zfc5ede6] | ||
***農業 [#j816092b] | ***農業 [#j816092b] | ||
Line 157: | Line 172: | ||
英独伊語あたりもそれぞれの話者が一定数おり、観光だけならそれらの一つだけでも話せればなんとかなる。 | 英独伊語あたりもそれぞれの話者が一定数おり、観光だけならそれらの一つだけでも話せればなんとかなる。 | ||
**宗教 [#u6131ba0] | **宗教 [#u6131ba0] | ||
- | 宗教の構成比率はカルヴァン派65%、ルター派12%、カトリック8%、その他のキリスト教諸宗派4%、その他の宗教3%、無宗教8%。 | + | 宗教の構成比率はカルヴァン派65%、その他プロテスタント12%、カトリック8%、その他のキリスト教諸宗派4%、その他の宗教3%、無宗教8%。 |
信教の自由はもちろん認められているが、カルヴァン派は事実上の国教の地位にある。 | 信教の自由はもちろん認められているが、カルヴァン派は事実上の国教の地位にある。 | ||
+ | ***ロムレー教会評議会 [#b2241ad7] | ||
+ | 移民船時代に行われたロムレー内部でのキリスト教のエキュメニズム運動に端を発する組織。 | ||
+ | ロムレー国内のほぼ全てのキリスト教組織から構成され、国内の宗教間平和と協調を目的としている。 | ||
+ | 教義上の統一は特に図らず、キリスト者アイデンティティの統合を図ろうとしており、このためにロムレーのキリスト教コミュニティは独自性を維持している部分がある。 | ||
*軍事 [#tbcf805a] | *軍事 [#tbcf805a] | ||
- | ロムレー軍はスイス軍の制度を引き継いでいる…ということになっているが、それは軍を観光資源の一つとするための建前に過ぎず、移民船による星間航行期の間に実質は失われているというのは公然の秘密であり、実際のところはレゴリスを模範とするところが大きい。兵器はほとんど全てがレゴリス製のもので揃えられている。 | + | ロムレー軍はスイス軍の制度を引き継いでいる…ということになっているが、それは軍を観光資源の一つとするための建前に過ぎず、移民船による星間航行期の間に実質は失われているというのは公然の秘密である。実際のところはレゴリスを模範とするところが大きく、兵器はほとんど全てがレゴリス製のもので揃えられている。しかし、地理的条件からスイス同様に山岳戦を得意とする部隊が多い。 |
- | 創設以来実戦経験はない。水上・航空戦力は一定程度あるものの、あくまで補助的なものに留まる。現時点では海外への出兵能力は持たないとされる。 | + | 実戦経験としてはトロピコ戦役に出兵している。この際の派遣戦力は水上・航空戦力が主であり、戦役の間に戦訓を得てその作戦能力を大きく成長させた。 |
*人物 [#t4e97a55] | *人物 [#t4e97a55] | ||
***プロスペール・アルベリク・ジャンベール [#ne8f55f5] | ***プロスペール・アルベリク・ジャンベール [#ne8f55f5] |
- ロムレー湖畔共和国 のバックアップ一覧
- ロムレー湖畔共和国 のバックアップ差分(No. All)
- 1: 2016-04-11 (月) 00:30:56 sellafie
- 2: 2016-06-19 (日) 22:47:52 sellafie
- 3: 2016-06-23 (木) 23:56:11 sellafie
- 4: 2016-06-24 (金) 23:02:28 sellafie
- 5: 2016-08-26 (金) 23:32:34 sellafie
- 6: 2016-09-22 (木) 01:28:53 sellafie
- 7: 2016-11-13 (日) 21:55:04 sellafie
- 8: 2017-02-05 (日) 10:00:59 sellafie
- 9: 2017-02-20 (月) 22:50:05 sellafie
- 10: 2017-02-25 (土) 11:20:39 sellafie
- 11: 2017-03-25 (土) 19:26:28 sellafie
- 12: 2017-07-13 (木) 22:03:55 sellafie
- 13: 2018-03-16 (金) 21:12:28 sellafie
- 14: 2018-05-22 (火) 07:24:52 sellafie
- 15: 2018-05-26 (土) 21:46:28 sellafie
- 16: 2018-06-10 (日) 00:10:08 sellafie
- 17: 2018-09-20 (木) 23:51:05 sellafie
- 18: 2019-01-02 (水) 23:58:56 sellafie
- 19: 2019-01-12 (土) 20:51:56 sellafie
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