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公方府公報  石動第三帝国公方府公式報道
10月 13 (木曜日) 2016
外務省、二条前外務卿の「二条談話」公表。 00:15   
【外務省、二条前外務卿の「二条談話」公表。】



 678年2月9日、勧修寺経子外務卿は外務省に於いて会見を開き、二条基子前外務卿が辞任に当たり発表する予定だった「二条談話」について言及した。「二条談話」は二条前外務卿によるサン・ピエル共和国に対する正式な謝罪声明として起草されたものであるが、当時の政治的配慮により談話発表は沙汰やみとなっていた。この度公武両閣僚の閣議に於いて、談話の公表が決議され、起草者である二条前外務卿がこれに了承したことにより、談話が公開される形となった。今回なぜこのタイミングで談話の発表が成されたのかという記者団の質問に対して勧修寺外務卿は「発表の提案と合意がたまたまこの時期になされたまでであり、一方的な断交と言う外交ルートの放棄が成されている以上、外交交渉に当たらないソサエティの声明とは何のかかわりもない。経緯に関しては高度に政治的な話題となるため、ご説明しかねる」と回答した。



【外務卿辞任に当たっての重大なる外交的失策に関する釈明並びにサン・ピエル共和国への高圧的外交行動に対する謝罪に関する外務卿談話】



 この度私、藤原従二位外務卿二条基子は、外務卿として、一国に対する外交交渉にあたって、その職責に則り極めて冷静かつ合理的に対応しなければならなかった所を、冷静さを失し、一国に対し冷静さを欠いた判断から極めて高圧的かつ苛烈な外交行動を取る要因となってしまったことを認めるとともに、大御所・将軍両殿下に対し奉る誤った輔弼によって我が国の皇帝陛下・文武百官・億兆臣民、そして我が国と運命を共にするFuCoSTO加盟国に対し、戦争の危機にさらしてしまった事を伏して謝罪申し上げると共に、サン・ピエル共和国に対し、今回この様な高圧的かつ苛烈な外交行動を取ってしまったことを深くお詫び申し上げます。当時のサン・ピエル共和国が非文明的かつ非民主的かつ人権意識の希薄な国家であり、かつまた我が国及び我が国の同盟国に対し国際常識を逸脱した不適切且つ無礼な外交的敵対行動を取ったとはいえ、国家が正義の名のもとに一国を解体しようなどという行為は帝国主義以外の何物でもなく、この様な我が国の大義と伝統に輝く栄光の歴史から逸脱した汚辱を遺したことは、偏に私の誤った判断と徒に事態を深刻化させた諸策動に起因するものでございます。君側の奸とは実に私の様な、国家を誤った方向へ導く者の事を言うのであり、我が第三帝国の栄華に泥を塗ってしまったことは、日本神皇本朝人皇の祖霊に対し奉り、お詫びのしようもございません。またサン・ピエル共和国政府及び国民に於かれても、直接的な武力行使は無かったにしろ、武力を背景とした事実上の恫喝により、かの国の主権と誇りを大いに傷つけてしまったことを、同じく母国を愛する一フリューゲル市民として、深くお詫び申し上げるものでございます。今後はサン・ピエル共和国が、国民の幸福と民主的政治の確立を達成し、国際社会の一員として相応しい国家となることを切に願います。



 藤原従二位外務卿二条基子(花押)
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10月 11 (火曜日) 2016
【国際】ラシニアとの交換留学決定。他 22:17   
【国際】ラシニアとの交換留学決定。



 677年10月、文部省はラシニア社会共和国との相互交換留学を行う旨を発表した。文部省によると、今回留学生派遣及び受け入れを行うのは、山岡帝国大学文学部フリューゲル史学科、地球史学科、哲学科、文学科、及び経済学部経営学科、金融経済学科の二学部六学科に決定した。山岡帝国大学学長の池田千春氏は「ラシニアは同盟国ではありますが、我々と文化風習も違う未だ知られざる国です。こうした国と留学生の相互交換が行えることは非常にプラスであり、今回の留学生交換によって、より一層両国の関係が深化することを期待します」と述べた。ラシニア側の受け入れ校はポッポコ州立大学に決定している。



【国際】石亜首脳会談



 675年12月、アルビオン連盟王国首都ペンドラゴンに於いて、石亜首脳会談が挙行された。大御所殿下は王宮に於いて大亜帝国メアリー3世女王陛下と対談なされた。両国の会談は終始和やかに終わり、今後今回の首脳会談に於ける共同声明が発表される見込みである。またその後殿下は王国議会に於いて演説を披露され、追って宮中晩餐会へ御臨席遊ばされた。晩餐会に於いて殿下は女王陛下に、将軍家御用達の呉服所が手掛けた十二単一領が献上された。また陛下が石動の漫画・アニメを好んでおられると聞き及んでおられた殿下の御計らいから、石動の国民的アニメとして名高い「非日常」の原作者である故ふるゐけいいちが晩年、当時大幹帝国海防次尉であらせられた足利尊子初代征夷大将軍に贈った数枚の直筆サインのうちの一枚を贈られた模様である。



【国際】ヴァノミスで戴冠式及び王子殿下婚礼。我が国より皇帝陛下・将軍殿下がご出席。
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9月 16 (金曜日) 2016
【ソサエティ第六回決議に関する大御所殿下声明】他 18:30   
【ソサエティ第六回決議に関する大御所殿下声明】



 ソサエティ第六回決議に於いて、声明中に我が国及びアルビオン連盟王国によるサン・ピエル共和国に対する対処に対し、ソサエティが事実と異なった認識から我が国及びアルビオン連盟王国の至極真当なる対処を侵略的策動と侮蔑した事に関して、石動第三帝国大御所として深い失望を表明する。

 サン・ピエル共和国が石亜二国に対して働いた通信文無視・虚偽の答弁・さらに共同要求の応答に対する石亜両国への罵倒発言は、国際慣例上及び道義上許されざる挑発行為であると同時に、同国が国際社会に於いて正常な国家運営及び外交活動を展開する責任能力を有していない危険なる国家であったことを露呈した。かかる極めて危険なる国家に対し、国際社会の平穏に利するためにも、同国を正常なる国家に再建するため行動を起こすことは、国際社会に於いて称賛されこそすれ、非難されるいわれは全く無い。

 ソサエティ決議には「内政の相互不干渉」という言葉が用いられているが、本問題は石亜聖三国に於ける外交問題から起因した問題である。サン・ピエル国の極めて危険なる外交活動が石亜二国及び諸友邦に禍を及ぼす危険性を鑑みれば、有史以来法的な拘束力の上に定義されていない内政不干渉の原則が優先されざることは仕方のない事である。またこれを内政不干渉の原則に反すると非難するのであれば、ソサエティ加盟国の約半数を占めるENECによる、トロピコ戦争と二度にわたるセビーリャ戦争はどうであったか。内政不干渉の原則に反していないと断言できるのだろうか。

 ましてや我ら二国は、今回の処置に於いて関係する諸条約に一切違反していない。関係条約に反し、関係国を無視して一部関係国の独断で戦争を開始しようとしたPEDEC批准国によるヴァノミス事変の様な、国際平和を著しく乱すような危険な行為を我々は働いていない。

 そもそも何故これまでサン・ピエル共和国の非自由的状態を座視してきたソサエティがここにきて唐突に石亜二国による対処を非難する行動を取ったのか。ソサエティ加盟国にはサン・ピエル共和国と相互国交を締結している国は一国もなく、問題に関係していなかった国々による唐突な介入的発言には、これらを発した国々が問題への介入による利権の獲得を欲しているとすら取ることもできる。

 また決議文では、「同国の資源権益の収奪、領事裁判権の要求もまた、前時代的であり、かつ侵略的であり、その行為にいかなる合理性も認められない。」とあるが、資源に対し妥当なる対価が支払われている限りに於いては優先販売権の付与は収奪になど当らず、また領事裁判権の要求に関しても、おおよそこれまでの言動から現代的法治が行われている事が疑わしいサン・ピエル共和国の実情を鑑みれば、同国に於ける自国民及び同盟国民の安全を保護する為の領事裁判権の要求は至極正当な要求であり、かかる非難は全く当てはまらない。さらに決議に於いてソサエティは既に無用となった先の共同要求の五・六・七・八・九の要求の撤回を求めているが、要求の五は同国に民主体制への移行を求めているものである。ソサエティ諸国はサン・ピエルにおける民主体制の確立を非としているのだろうか。

 また決議文末尾に、「ソサエティは、石動・アルビオンの両国が、武力を背景とする恫喝に基づいて侵略的策動を実行したことについて、これに強く抗議する。本声明を発した以後も侵略的行動を進行した場合には、ソサエティは必要とされるあらゆる措置を協議の上で、各国の法的決議に基づき、必要な措置を実施する。」とあるが、この必要な処置が喩え経済制裁であっても、このように問題に対し無関係な国家から発せられた一方的かつ断定的な勧告は到底受け入れられるものではない。またもしこの「必要な処置」が武力の行使であり、すでに然るべき条約によって平和裏に解決した本問題を殊更に蒸し返し、石亜二国に対して干戈を向けるというのであれば、それこそが「武力を背景とする恫喝」であり、国際平和を危うくする極めて危険なる行為であろう。

 以上の事からも、本問題に対して無関係でありながら唐突に事態への介入を画策せんとしたソサエティの、誤った認識から成る一方的かつ断定的な勧告を、我が石動第三帝国は到底受け入れることはできず、またこの様な石亜二国に対する外交的挑発活動ととることが出来る声明をソサエティが発表したことに、激しい遺憾の意を覚えるものである。



(673年9月20日、南山第庭園にて発表。)



【社会】播淡道淡見市に隕石落下。死者・行方不明者500万人超



 669年7月15日、播淡道淡見市に突如巨大隕石が落下。淡見市一帯及び神門市南部が一挙に蒸発し、淡見・神門市民ら500万人超が犠牲となった。今回の隕石落下について公方府は「迎撃衛星の修復が滞っていたことが原因と見られる。この様な災害の一因となってしまったことを国民に謝罪する」と発表。播淡道では旧ピッチで罹災地域の埋立て、仮設住宅の建設と現代都市建設が行われた。この際、ヨリクシ共和国より派遣された国際緊急援助隊の活躍により、大規模埋立て・インフラ復旧・仮設住宅の設置などの復興事業を驚くべきスピードで達成することが出来た。陸軍復興支援部隊の指揮を執った陸軍第462歩兵連隊長の雑賀中佐は「ヨリクシの緊急援助隊によって現地の復興事業を実にスムーズに達成することが出来た。彼らの経験と支援ノウハウは実にすばらしい」とコメントした。 国際緊急援助隊指揮官は将軍殿下より感状を受領し、淡見市民代表の少女から花束を受け取り、670年3月に復興事業を終えた播淡道を後にした。



【国際】石亜両国、サン・ピエルに九か条の共同要求。サン・ピエルは石亜両国を罵倒し拒否。



【国際】カルセドニー島共和国の仲介により対聖正常化条約成立。政府は顧問団派遣。



【国際】ソサエティ、第六回決議を発表。内容は商品不足・資源不足に関する声明に並び、石亜両国への非難。



【国際】アルビオン女王陛下危篤。
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7月 09 (土曜日) 2016
【社会】紀元250年祝典特集号 23:05   
 フリューゲル歴661年5月11日。もとい、明日香宮皇帝紀元250年5月11日、この日石動第三帝国臣民7200万人は、まさに歴史的瞬間を迎えた。日本国 天皇家の正統なる後裔、我が石動 皇帝家の治世は、幾たびの国難・幾たびの政変を経て、地球日本と我が石動に比類なき黄金の世紀を築いた運命の家系にして武家の最高峰、 足利将軍家の守護を受けながら、遂に朝廷創建から250年という輝かしい節目を迎えるに至ったのである。天竜寺の空に輝く星にして偉大なる 足利滿子大御所殿下はこの吉日、初代征夷大将軍 足利尊子様の御影見守る霊安門のそびえ立つ公方府前広場に於いて、我らが御親 烏帽子宮皇帝陛下の御前に、将軍殿下・閣僚・軍高官以下文武百官、紀元250年の節目を言祝ぐ忠愛なる我ら帝国臣民、そして世界22ヶ国から本朝の吉日を祝いに来られた各国の貴人を招き、ここに盛大にして、史上類を見ない規模の、石動史、ひいてはフリューゲル史に遺る一大祝典を催されたのである。本朝皇霊の御稜威を輝かす徳に溢れたこの大偉業は、億兆の臣民の心をその大いなる慈愛で包み、あまねく宗廟社稷を徳の光で隈なく照らす一大祝典としてその成功を収めたのである。慈愛溢れる大御所殿下がこの様な素晴らしき祝典を催してくださったことに我ら帝国臣民は遍く感化され、かく歓呼の音声を響かせざるを得なかったのである。「 皇帝陛下万歳! 大御所殿下万歳! 将軍殿下万歳!石動第三帝国万歳!!南無八幡大菩薩!!」と。



 かかる帝国有史以来先例無き一大偉業はかく執り行われた。



〇式次第



午前の部

1. 国歌奉唱

2. 開会の辞(細川元子管領)

3. 皇帝陛下勅語下賜

4. 大御所殿下寿詞御披露

5. 将軍殿下寿詞御披露

6. 各国祝辞(成蘭・エルツ・アルビオン・ラシニア)

6. 閲兵式開始の号令(細川之子統参総長)

7. 国際閲兵式

8, 帝国四軍閲兵式

9. 航空宇宙軍による航空演舞展示

10. 舞楽奉納(蘭陵王)

11. 経典奉読(金光明経)



午後の部

12. 海軍連合艦隊観艦式(玉緒鎮守府へ移動)

13. 海軍航空隊による航空演舞展示

14. 展示艦解放

15. 近衛軍楽隊・山岡藝術大学音楽科による紀元250年頌歌斉唱

16. 閉会の辞(有村弘行副管領)



〇各国来賓



アルビオン連盟王国

 王太子メアリー王女殿下



大明帝國

 洪楽君皇帝陛下

 洪仁秀丞相閣下



ラシニア社会共和国

 タヌ=ポンポ大統領閣下

 ポワワン外相閣下

 カノラ労働者協力本部総長閣下



エルツ帝国

 レオンハルト・エル・エルヴァシウス王子殿下

 ルース・オリーブ・フリードリッヒ・ドミトス・エンベリー公爵宰相閣下



成蘭連邦王国

 黒石治憲国王陛下

 蘭恵王妃陛下



レゴリス帝国

 マンフレート・ハルデンベルク総統閣下

 国防大臣早霜寿子退役海軍上級大将閣下



カルセドニー島共和国

 リヨネ・アメシスト大統領閣下

 リヨナ・クリソプレーズ外務委員長閣下



トリヴェント連邦

 三脳会議外交長閣下及び補佐官



ヘルトジブリール社会主義共和国

 アーデルハイト・ジブリール国家評議会議長閣下



タヂカラオ国

 ジェームズ・D・バルト大統領



ノイエクルス連邦

 外務補佐評議員閣下



アリア連邦

 大統領閣下



ヴァノミス連邦

 ヴァノミス国王ベアルフ・エルウッド陛下

 アルベルト・シュタイン外務大臣閣下



アルドラド帝国

 クリストフ・レハール外相閣下



ガトーヴィチ帝国

 A.G.オスピン逓信省事務次官閣下



ロムレー湖畔共和国

 ラザール・ニコラ・ル・カリエ駐石動大使閣下



ノホ・ヘレコ連邦

 アリタリア・カル部族会議議長閣下

 アツテングルア・テ・マリド外務府長官閣下



昭栄国

 周射外交長官閣下



コーデクス共和国

 ドナルド・ワインバーガー外務局長官閣下



ヨリクシ共和国

 ファギム・クルシャード首相閣下

 マクサリー・ウジュン外務大臣閣下



ボアーズィチ帝国

 統一首相閣下



ヴェールヌイ社会主義共和国

 ワレンチン・ガイダル外務大臣閣下

 在石動大使閣下



 畏くも 皇帝陛下は祝典に於いて 勅語を発せられ、これに続き 大御所殿下・ 将軍殿下が寿詞をご披露なされた。



勅語



 朕茲に本朝二代皇帝明日香宮陛下初国治らせしより実に二百五十年の悠然たる年月経たるを知れり。而して朕前将軍をして文武百官億兆良民を相会さんと催せしめ、八紘一宇天下万邦より貴人を招かせしめ、古の皇祖大皇祖日本神皇本朝人皇諸皇霊に粗相なき慶祝の礼を執らんとするは此れ朕が本朝国主たるが故の大業にして、本朝人皇が先期先例当に斯くの如し。朕伏して皇祖大皇祖日本神皇本朝人皇諸皇霊に本朝愈々栄えに栄たるべきを敬白し、謹んで天下万邦の諸友邦が君臣に本朝言祝がるる御礼を謝し、慈しみて文武百官億兆良民の国を興し公に奉ず役を労う。

 本朝当に御稜威輝き宗廟社稷を遍く照らし、内は国に竈の煙絶えずして、外は城に兵の篝絶えざるが如し。本朝が栄華は将に天下万邦の史家悉く史に記し、天下万邦の王悉く此れを羨み、天下万邦の民悉く此れを妬まんとす。然れども斯く本朝海内の富めるが縁は偏に本朝友邦の恩義有る支えにして、本朝御卒の朝敵に倒る血河にして、本朝民草の忠良なる善仕に他ならざる事、万人の知りたる所なり。

 殊に朕本朝を扶助し皇統を永らえるが縁たる大幹和寧大明帝國、本朝と共に不義を討ち合従連衡を共に成し遂げし連盟王国、普土に於ける本朝が親にして師の如き大成蘭、怒涛の波乱を迎える万邦の諸情勢に正道を貫き本朝と信念を共にす大江瑠都四朝が諸帝に、甚だの謝意と御礼を白す事極みなし。

 斯くが如き本朝の栄業を一層輝かさんが為、汝臣民克く大業に励み或いは戈を振るい或いは書を積み或いは糧を増やし、仏神の趣旨を護り国体の基を支え、本朝国史に恥じぬ大業を永らうべし。





大御所殿下寿詞



 皇帝陛下。太上皇帝陛下。皇族の皆様。石動第三帝国諸閣僚の皆さん。武家の皆さん。公家の方々。帝国陸海宙親衛四軍将兵の皆さん。お集まりいただいた各国の方々。そして我が帝国の宝である親愛なる帝国臣民の皆さん。紀元250年おめでとうございます。第三帝国大御所として、今日のよき日を迎えられたこと、まことに嬉しく思います。

 今日はまず、我が国の波乱と栄枯の歴史を振り返ってみたいと思います。浅学ゆえ、お聞き苦しい点も多々有るかと思いますが、暫しお耳汚し預かれましたら幸いでございますわ。さて、惑星フリューゲルに我々石動人の祖先が辿り着いたとき、彼らはその雄大な島々の美しい姿に感嘆いたしました。彼らはその美しき島々を「石動」と名付け、彼らの故郷岡山の姿を思い浮かべながら、幾千の地名を比定していきました。我が帝国の首府たるここ、山岡府も例外ではありません。そうして今から250年前、本朝二代皇帝明日香宮陛下は、遂に国際社会に広くその建国を宣ぜられました。これが我が帝国250年の歴史のの幕開けであり、第一帝政の始まりでございます。第一帝政期に我々は、成蘭連邦王国の温かいご支援を受けながら発展を遂げました。新田智義初代総統の任期中にわずか一年で成蘭からの借款を完済したことは、「第一帝政の奇跡」として名高い、第一帝政期の発展をエピソードでした。そしてまた、この第一帝政期に私ども足利将軍家のフリューゲルに於ける祖、足利孝弘が二代総統として世に出ました。彼は建国間もなく民主主義の確立されていなかった石動に民主主義システムを積極的に導入し、第一帝政期に於ける立憲君主主義の基礎を築きました。しかしこの、石動における民主主義という体制は、田中藤次という暗愚な総統の失策により、石動人から失望を以て唾棄されることとなってしまいました。ここから百数十年後まで、石動人は民主主義と言うものを知らずに生きていく事となります。

 経済破綻と政府崩壊により第一帝政は瓦解したものの、当時第三皇女であらせられた近江宮陛下は陸軍近衛の残党とともに、本州におられました。陛下は国社党とともに菜良島という小さな島を占拠していた宗教団体を退け、ここに「第二の石動」の建設を固く宣言されました。これが第二帝政です。今となってはそれが幸か不幸かはわかりませんが、第二帝政は皇帝陛下が親任なされた国社党―すなわちナチズム政党による一党独裁体制のもとに幕を開けました。しかし、たとえ体制が独裁であろうとも、我ら石動人の発展への志向は本物でした。政府の強力な指導の下、第二帝政の石動はすぐさま復興を遂げ、小さな菜良島を第二の石動へと発展させたのです。そして第二帝政期に我々は、フリューゲルに於ける無二の親友と出会ったのです。当時の龍鮮王国がそれであります。我々は東方共同体への参加によって、そして龍鮮王朝に存続の危機を投げかけた龍鮮戦争への介入によって、その友情を確かめ合いました。残念ながら第二帝政は菜良島の原発事故によって国土を損失し、その短い幕を閉じたことは皆さんも知る通りかと思います。その際も、大幹帝国と名を変えた龍鮮の人々は、行き場を失った我々を温かく迎え入れてくださり、石動の存続に尽力してくださいました。しかし大幹帝国において亡命政府としてその存続を果たした我々は、大幹帝国の巻き込まれた大戦、491年戦争により、大幹帝国臣民と共に炭団の苦しみを味わうこととなります。しかし今ではこの大戦で大幹帝国を侵略したレゴリス帝国も今では過去の禍根を忘れ国際社会の友人の一人としてその関係を維持しております。またもう一つの侵略国家であり、大幹帝国南部に既に討伐されたはずの香麗民主連邦を復活させるという悪辣な行為を強要したミッドガルド帝国も、既に滅亡して数十年が経とうとしています。かの大戦では多くの尊い命が失われましたが、それでも大幹帝国は国家を存続させ、我々石動人を守り抜いてくださいました。

 そして、無主地の本州を統一したマフィアグループ、北条合藩連合を討伐し、後明日香宮皇帝を奉じ石動本州への帰還を果たした臨時総統、私の祖母にあたります、足利尊子初代将軍が、石動第三帝国を建国なさいました。これが混迷を極める第三帝政の始まりでした。第三帝政初期は非常に混迷を極める情勢を呈しました。この様な簡単なスピーチでは言い尽くせない複雑さと凄惨さをはらんだ時代でした。乱心され偽帝とされてしまった後明日香宮さまの蜂起を発端として起こった、石動皇統と国家を二分する南北動乱がそれであり、ノ連との関係悪化によるOTO/CAME我が国の脱退事件がそれであり、さらにこの事件を発端として起こった石動・大幹の緊張状態と、香麗民主連邦の大幹帝国侵攻がそれであります。言うまでもなくこれらの諸問題は我ら石動民族にとっての艱難辛苦でございました。しかし、我々はこれらの諸問題に立ち向かい、そしてあらゆる危機を脱し、世界屈指の経済大国として輝く今の石動を築き上げたのです。しかしこれは、石動臣民の力のみでは無しえなかったはずです。我々石動人には必要だったのです。皇帝の様に国民の精神的支柱として機能する絶対的権威、そして文官であれば武官でもあり、文武両官の頂点に立つ絶対的職能、これを兼ね備え強いリーダーとして国民を導く絶対的存在が。そうです、征夷大将軍です。憚りながらも、我が祖母尊子様は終わりの見えない南北動乱に終止符を打たれ、我が母晶子様はOTOや大幹をめぐる難局を切り抜け、立法会議を設立し今日の民主主義復活の礎を築かれました。我々石動人は征夷大将軍という絶対的存在を手に入れて初めて、この石動史上に比類ない一大発展を手にすることが出来たのです。そしてこの征夷大将軍の偉業を、私ども足利将軍家は絶やしてはならないのです。地球時代の我々の遠い先祖が京室町に幕府を興し、我らが石動皇帝家に営々と受け継がれる日本国天皇家の万世一系の血脈を守護された様に、我々はこれからも石動第三帝国征夷大将軍として、皇帝家の正しき皇統を守護し、石動の国民と国家を守り抜かなければなりません。しかし、この大業は無論我々将軍家のみで行えるものではございません。武家・公家の皆さん、官吏・将兵の皆さん、そしてあなた方石動臣民7000万人が、「億兆一心」の精神のもとに一丸となってこそ、初めてこの偉業を永久に続けていくことが出来るのです。だからこそ、私は立法会議と公方府制度をより民主化し、これからは公武だけではなくあなた方国民と共に、この石動の舵を取っていこうと決意したのです。我が国は皇帝陛下のものでも、ましてや私のものでもありません。あなた方7000万人の帝国臣民のものなのです。これからもどうか、私と持子、閣僚諸君にあなた方の力を貸してください。

 さて、かくして内憂を退けた我が国が目を向けているのは最早フリューゲル世界全体です。特に昨今のヴァノミス問題は、一歩間違えばフリューゲル世界をかつての491年戦争の様な凄惨な大戦に巻き込む危機的な状況でした。国家間の見えない緊張は導火線となり、一たび火種を得たそれは爆薬めがけて突き進んでいきます。気が付いたころには既に手遅れとなってしまいます。だからこそ我々は、そうした絶望的状況から一国でも多くの国家を救いたいと願い、アルビオン・大明帝國・ラシニアの諸友邦の力を借りて、フリューゲル集団安全保障条約機構、即ちFuCoSTOを結成いたしました。我々は盟約の下に固い絆で結ばれ、我々へ向けられた自らと異なる政体・文化を否定する限定主義者の侵略の魔手を払いのけ、そしてフリューゲルで行われるあらゆる不義を糾弾していく事でしょう。我々石動人は、独自の政治観・哲学観を以て国政に臨んでいます。「大慈大悲」と「道義」でございます。「大慈大悲」とはすなわち仏があらゆる衆生を救済せんとする慈悲の心であり、仏教を信ずる者が心がけるべき徳目と言えます。私はご覧のとおり出家し法体にありますが、この精神は私の様な僧尼のみならず、仏教を信ずる多くの石動人が大事にしているの精神性の一つとも言えます。もう一つの「道義」、これは石動のみならず多くの東方民族に普遍的に通用する概念かも知れません。我々は人道や道徳と言った概念の根底に少なからず儒教の影響を受けております。地球時代から続く宗教の一つである儒教は宗教としては現在では形骸化しているかもしれませんが、この教えが説いた道義論は名をかえながら長く我々当法人の道徳・哲学に浸透していき、こうして我々東方人は独自の道徳観念を養ってまいりました。道義とは、すなわち人の歩むべき正道でございます。東方人に限らず、多くの人々は人道から導き出される普遍的な正義を有している事でしょう。しかしこれが法やエゴに捕らわれた時、それはいとも簡単に用をなさなくなってしまいます。多くの国々が軍事同盟の連鎖に縛られ、望まぬ殺戮戦争に駆り立てられてしまった491年戦争の惨劇は、これを如実に表しているのではないでしょうか。だからこそ我々石動人は、「大慈大悲」と共に、この「道義」をこれからも忘れずに誇りとして、信念として、国際社会が如何に荒波に揉まれようとも、貫いていきたいと思っております。今や国際社会に於いて重責を担う我が国がこの「大慈大悲」と「道義」を忘れない限り、悲惨な戦争が起こる事は無いと私は信じておりますわ。

 最後になりましたが、この度我が石動の紀元250年を言祝ぐためお集まりいただいた22ヶ国の皆様、特にこの度この場で祝辞を披露してくださる黒石治憲国王陛下、ルース・オリーブ・フリードリッヒ・ドミトス・エンベリー公爵宰相閣下、王太子メアリー王女殿下、洪楽君皇帝陛下、タヌ=ポンポ大統領閣下に篤く御礼を申し上げ、この度の寿詞を締めくくらせて頂きたいと思います。ご清聴、誠に有難うございました。





将軍殿下寿詞



 皇帝陛下。太上皇帝陛下。皇族の皆様。石動第三帝国諸閣僚の方々。武家の方々。公家の方々。帝国陸海宙親衛四軍将兵諸君。ご多忙の中お集まりいただいた各国の皆様。そして親愛なる帝国臣民諸君。紀元250年おめでとうございます。第三帝国征夷大将軍としてこの吉日を迎えられたこと、誠に嬉しく思う。私は母上の如く饒舌ではない故、皇帝陛下に奉る寿詞とはいえ簡単となってしまう点どうかご容赦いただきたい。

 母上が御出家の本懐を遂げられ将軍位を返上し、畏くも皇帝陛下より将軍位を賜ってはや8年となる。文武両官の頂点として我が国のあらゆる政務に携わる激務は想像以上の重責であり激務であると知った。臣民の期待のもとにかかる激務をこなされていた母上はじめ歴代将軍殿下の偉大さが改めて思い忍ばれる。

 またこの様な場で口にすることは少々憚られることやもしれないが、FuCoSTO発足に関わる諸業務と今回の祝典準備に関する諸業務が年の代わりを跨いでバッティングしたことは、これらの事業に関わった私はもとより、実際に現場レベルでの調整や諸業務に邁進戴いた公方府各省諸職員の面々にも、大変なご苦労であったことをお察しする。FuCoSTOの成立と祝典の成功。この二つを見事に遂げられることが出来た事を誠に嬉しく思うと共に、尽力いただいた我が国や各国の関係諸機関の方々にも深く御礼申し上げたい。

 さて、我が国はFuCoSTOの成立と石江安保の確立、そしてイレギュラーの保有により、最早盤石の安全保障体制を築いたと言っても過言ではない。今や経済・国力・軍事力ともにフリューゲル屈指の大国として成長した我が国の安全保障体制確立は、すなわちフリューゲル世界の安定化ともいえる。勿論この様な盤石の態勢下にあぐらをかくような事は決してなく、今後も我が国はFuCoSTO締約国、そしてエルツといった同盟国と共に、より一層フリューゲルの平和へ貢献できるよう努力していきたい。なぜなら「平和でよりよいフリューゲル」こそがFuCoSTO発足の願いであり、全締約国の理想であり、ひいては全フリューゲル人の悲願である筈だからである。

 以上簡単ながら、これを以て私の寿詞を終わらせて頂きたい。ご清聴感謝申し上げます。



 畏くも有難き 皇帝陛下の 御勅語、 大御所・将軍両殿下の素晴らしき寿詞に会場からは多大なる拍手が贈られた。続いて式次第は各国祝辞披露へと移行した。有難くも祝辞を披露されたのは、成蘭連邦王国より黒石治憲国王陛下、エルツ帝国よりルース・オリーブ・フリードリッヒ・ドミトス・エンベリー公爵宰相閣下、アルビオン連盟王国より王太子メアリー王女殿下、大明帝國より洪楽君皇帝陛下、ラシニア社会共和国よりタヌ=ポンポ大統領閣下の五人でいらしゃった。





成蘭連邦王国 黒石治憲国王陛下御祝辞



石動第三帝国の紀元250周年に際し、成蘭連邦王国の国家元首としてお祝い申し上げます。成蘭と石動の関係は380年、すなわち今から281年前まで遡ることができます。フリューゲルを旅立った普欧、ティユリアを除けば貴国はまぎれもなく最長最古の友好国 であります。長きにわたり途切れることのなかった燃料貿易、商品貿易、銀貿易の数々は二国間関係がいかに安定していたかということを証明するものといえましょう。さて、我が国と貴国を結びつけるものは経済的関係ではありません。 かつて、衵宮陛下を成蘭王室の一員としてお迎えしたことは王室の歴史でも異例中の異例でございました。このように、両国の根本には精神的な連帯が存在し、両国が特別の関係であり続けるのはこの連帯によるところが大きいと私は考えています。 工業国の相次ぐ鎖国、新たな安全保障の枠組みが成立するなどフリューゲルは長い安定期を終え、再び動乱期に突入しようとしております。両国の利害が衝突することもあるかもしれません。しかし、両国があくまでも友好の精神に則り、公平の観念を踏まえた 外交姿勢に徹する限り、破滅することはあり得ないでしょう。長い安定こそが両国の友好の証であり、フリューゲルの希望でもあるのです。 まだまだ両国には未知の可能性があり、この可能性が両国の将来の繁栄を約束するものと信じ祝辞に代えさせて頂きます。





エルツ帝国 ルース・オリーブ・フリードリッヒ・ドミトス・エンベリー公爵宰相閣下御祝辞



烏帽子宮皇帝陛下、大御所殿下、将軍殿下、ゲストの皆様、そして石動のすべての国民の皆様、石動第三帝国という素晴らしい国家の250周年を祝う式典に、エルツ帝国宰相としてお話する機会をいただき、光栄に存じます。お招きに、感謝申し上げます。また両国の架け橋として今まで活躍してこられた歴代の大使に感謝申し上げます。鷹司秋平殿、近衛冬基殿、冷泉茂教殿、勧修寺明子殿、五辻時仲殿、橘隆雅殿、飛鳥井雅有殿、誰も素晴らしき石動を体現された方々でした。

私個人と石動との関係を申し上げますよりは、エルツの偉大なる首相、島田嗣之氏の話をした方がこの場には適していましょう。島田氏は東方系の人物です。人種的に少数派であった彼は、いつも困難にさらされていました。そんな彼を支えたのが、同じ東方人の国家石動でした。躍進著しい石動帝国の姿は、帝国内の東方人への見識を変えていきました。「あの躍進の原動力は何なんだ」エルツの若者たちはこぞって石動へ飛び立ちました。私もその一人であります。石動にあったのは誠実さと、勤勉さでした。

石動第三帝国はその勤勉さと誠実さを国際社会でも発揮してくれました。それはエルツに危機が襲い掛かって来た時です。石動はわれらの味方としてともに立ち上がることを宣言しました。この勇気ある行動によって、エルツ臣民7000万人だけでなく、世界の4億人が戦争という悲しみから救われました。

エルツも石動も国内外での争いの歴史を持ちます。石動の勇者たちが命を落としたその戦いに、エルツの軍人もおりました。両国の争いは両国の若者たちの価値あるべき幸福な未来を潰してしまいました。深い懺悔と大きな悲しみが、両国国内を覆っていました。

しかし今ではすべて昔のことであります。今を生きる若者たちは戦争を知りません。すべては過去の両国の先人たちのおかげになりません。平和な世を築くため、戦われた石動の戦死達に哀悼を捧げます。 我々はこの先人の努力を無駄にしてはなりません。エルツ帝国は戦後、戦争に対する痛切な反省を胸に、歩みを進めてきました。国内統合はもちろんのこと、セビーリャ、ヴァノミス、そして未来ある新興国の発展と平和のために寄与し、国際社会の関係深化を促してまいりました。しかしこれは一国だけで出来うることではありません。エルツが一人で悩んでいるとき、志を同じくする国が手を差し伸べてくださいました。国際スポーツ大会。石動第三帝国の協力を得て、世界17か国が参加する平和の祭典を無事成功することが出来ました。

我々は、世界平和を維持するためのパートナーを見つけました。もう迷うことはありませんでした。スカイクラッドで両国は永遠に語り継がれるであろう決断を行いました。エルツ石動第三帝国間における相互安全保障条約です。こうして結ばれた同盟が、世界平和のために、活躍したのは先に述べたとおりです。

私たちは、フリューゲルのさらなる平和と安全のために、石動が広げた「輪」を歓迎します。エルツ帝国はレゴリス、アルドラド、エーラーンと、戦略的な関係を深めていきます。エルツ石動同盟を基軸とし、これらの国々、そして平和を望む新興国が仲間に加わるなら、フリューゲルの安定は格段に上昇します。

エルツと石動、この二国の不屈の同盟があれば、国家の安全保障は問題がありません。しかし我々は世界を導く列強として、国家に加え人間の安全保障を確かにする必要があります。すべての人間一人一人が、教育、医療を十分に受け、1人の人間として自立していける社会を築いていく必要があります。今国際社会では、自身の生存を脅かされている人々がいます。我々はそのような人々に対し、差別を行っていいのでしょうか。そのような訳がありません。我々には「国際協調、平和主義」のスローガンのもと、すべての人種、性別、所属に関係なく、わけ隔てなく手を指し示す。我々が望む、つくるべき社会はそんな社会なのです。

我々の前には大きな困難という壁が立ちふさがるでしょう。しかしながら我々がそれに屈することはありません。何故ならばエルツが膝を屈しようと、隣で石動がその勤勉さをもって立ち続けているからです。エルツの素晴らしき友邦が、進み続ける限り我が国も止まることはありません。前進し続ける石動の輪は絶えず広がり続けます。我々もそれに続きます。

両国が力を合わせて、世界をもっと、もっと良いものにしていこうではありませんか。前進する同盟がすべての世界に協調と平和をもたらすその日まで―――我々なら、きっとできます。石動第三帝国万歳!エルツ帝国万歳!

ご清聴ありがとうございました。





アルビオン連盟王国 王太子メアリー王女殿下御祝辞



母アルトリウスに代わりましてこの晴れやかなる舞台に上がれましたことを大変光栄に思うと同時に国民を代表して深くお礼申し上げます。 石動建国から250年とありまして、250年前の世界は普欧帝国・ミッドガルド帝国という超大国が世界の平和に大きく貢献していました。 昨今の軍事同盟の濫立という事態は一部の大国が世界をけん引するという国際情勢が変わったことを意味します。 勢力均衡という意味で真に平和に寄与するのか、それとも大戦の前触れなのか、それは現代の私たちにはわかりません。いずれにせよ平和を維持するという目的は永続的に達成されなければなりません。われわれ政事を司る者は、常に未来を見据えていかなければなりません。そして平和を築くということは、同じ方向の未来を見据えなければ実現しないものです。 この石動の美しい大地もかつては血の海に覆いつくされていたことは、歴史を学ぶ者にとっては周知の事実でしょう。 長く激しい戦乱は記録に残されている限り多くの人命を奪い、凄惨な光景を後世に伝えています。 しかし今、互いにかつての敵を今日の友として祖国再建を達成し、このように世界に名だたる大国として、偉大な歴史を歩んでいることは、歴代の為政者たちそして勤勉なる石動国民の不断の努力によるものが大きいでしょう。 過去を変えることはできないけれど、未来はいくらでも変えられる、ということをこの国の民は示しました。 いまだ世界では国家間の対立が後を絶ちませんが、過去の敵を今日の友とし、愛し合うことこそが我々の理想であり、人類普遍の目標です。 我が国は国際社会において、その理想を実現するべく決意を新たにするとともに、ここに集いし友人たちと同じ未来に向かって歩みを進めていきたいと思います。





大明帝國 洪楽君皇帝陛下御祝辞



親愛なる石動国民の皆様、烏帽子宮陛下、私は大明皇帝、和寧皇帝、檬古可汗、萬洲可汗として臣民を代表し石動国紀元250年をお祝い申し上げます。

石動の悠久なる歴史に私たちは深く敬意を表します。

石動の起源たる地球時代の足利幕府は、和寧民族の起源たる朝鮮、中夏民族の起源たる明国と相和し共に文化を高めてきました。

奇しくも、地球から遠く離れたフリューゲルの地で私たちは再び出会い、平和と繁栄を享受しつつあります。

しかし、今日までの道程は平坦なものではありませんでした。

幾度も王朝が興亡し、遂に私の先祖である太祖陛下が龍鮮国を開いたころ石動第一帝政は東方一の栄華を誇っておられました。

しかし、第一帝政は良い友邦に恵まれず、裏切りを受け孤立してしまいました。

第一帝政崩壊の混乱期に、菜良島を占拠した異端天理教徒が我が国に逃亡を図り、これを阻止したことで龍鮮国と石動第二帝政の交流が深くなっていきました。

強固な体制を確立した第二帝政きっての名宰相高野直閣下は我が国にも影響を与え、両国の忠臣姜英哲と高野直閣下の枢軸同盟はフリューゲルを覆い尽くさんとした共産主義勢力にも打ち克ちました。

しかし、卑怯な偽香麗は玉島原発を襲い菜良島を奪いました。

多くの石動国民が我が国に身を寄せ、姜と高野閣下指導による新国家建設を夢見ました。

その夢はフリューゲル開闢以来、例のない世界大戦に、地球時代に置いてきた筈の大戦の惨禍によって潰えてしまったのです。

大幹、石動国民は強大な敵を前に一歩も退くことなく闘い、敗れました。

幹国は分割され、両国民は過去に倒した筈の偽香麗の脅威に晒されました。

塗炭を極めた国土の復興を両国民は共に汗を流し、涙を拭い合いながら完徹しました。

やがて無主の地となった石動本州に北条連合なる簒奪者が現れ、在幹石動は祖国光復の闘いを挑みした。

そして、遂に石動人は本州の土を踏むことが出来たのです。

しかし、その束の間に石動天朝は南北に分裂し、永き乱世となってしまいました。

大幹、石動両国は国土を引き裂かれ、同胞を敵としなくてはならない悲しい時代でした。

その中も、逞しい市井の人々は世界に誇る素晴らしい文化を創造していきました。

国内だけではなく、世界全体が乱世に荒ぶ中、両国民は文化の力を示したのです。

どんな荒天も何時かは晴れるように、石動天朝も南北龍鮮も統一を迎えました。

新しい世は「和寧」、平和で安寧となるはずでしたが、和寧国は大乱となり、核兵器によって汚染されました。

かつて核によって汚染された故国を逃れた石動のように、和寧もまた核によって国を故てることとなりました。

その時、石動の皆様は私たち和寧人を暖かく迎えて下さいました。

そして、和寧人の祖国光復を力強く支えてくれました。

今日まで良いことも悪いこともありました。

楽しいことも辛いこともありました。

その全てを和寧と石動は分かち合ってきました。

どちらかが倒れそうになれば、肩を貸し、どちらかが歩けなくなれば背負いました。

日の本の諺に「雨降って地固まる」とあるように危機が訪れる度に私たちの絆は強くなりました。

そして、今私たちは信頼できる友人に恵まれています。

もう、孤立した暗闇の中を歩む必要はありません。

永き夜が明けて、明るい世界が開かれたのです。

雲は晴れます。夜は明けます。

何者も光を遮ることは出来ません。

今までも、これからも私たちは光の下を歩み続けていくのです。

石動と大明の昨日と今日と明日に万歳。

私たちの王道がフリューゲルの泰平を開かんことを。





ラシニア社会共和国 タヌ=ポンポ大統領閣下御祝辞



ラシニア社会共和国人民を代表し、石動第三帝国の最高の記念日をお喜び申し上げます。貴国の平和と、国民の幸福、国運の末永い発展を、お祈り申し上げます。

思えば貴国は、我が共和国建国に際して、温かいご支援とご指導とを我が人民に授けてくれました。その御恩は、社会主義を基礎とする人道を旨とした我が人民が忘れることは、けっしてありません。

時あたかも、集団的安全保障同盟の旗が掲げられ、軍事力に乏しい我が共和国も加盟しました。今後の地域の安定と発展とは、ひとえに石動第三帝国にこそかかっております。

終わりに、石動第三帝国バンザイを三唱して我が共和国よりの祝辞と致します。



 五か国代表の素晴らしき祝辞に帝国臣民は盛大な拍手を贈った。殊に洪楽君皇帝陛下が祝辞を宣された際は、臣民の中でも高齢な人々が思わず涙を流す一幕も見られた。





 祝辞披露を終えると、細川之子統合参謀総長による号令のもと、閲兵式が開始された。今回の祝典に際し、全国交締約国に各国儀仗隊による国際閲兵式の挙行を打診しており、我が国を含め十三か国の儀仗隊が国際閲兵式に参加し、今次祝典に華を添えた。参加国・参加部隊は以下のとおりである。



〇国際閲兵式参加部隊

アルビオン連盟王国

 第一近衛連隊

  (指揮官:連隊長パーシー侯爵グレン・ハワード・ブロードソン=ウェルズリー大佐)



ストリーダ王国

 王国陸軍特別儀仗隊

  (指揮官:オットマー・ハイトマン大佐)



ラシニア社会共和国

 陸軍中央保衛隊

  (指揮官:カルパッチョ少佐) 

 国防大学校儀仗隊

  (指揮官:ポペパ軍曹=士官候補生) 

 海軍女子敬意隊「ささげ」

  (指揮官:サヨ大尉)



ヴェールヌイ社会主義共和国

 国家人民軍地上軍 第一衛兵連隊 儀仗兵中隊

  (指揮官:中隊長アレクセイ・ヴェデルニコフ地上軍少佐)



ヘルトジブリール社会主義共和国

 国防軍儀仗隊

  (指揮官:クルト・メンデルゾーンニ等陸尉)



テークサット連合

 陸軍近衛兵団

  (指揮官:団長アード・アイラウ・ザイード中将)



昭栄国

 近衛第26中隊

  (指揮官:衣相大佐)



ヨリクシ共和国

 第1空挺連隊

  (指揮官:ファンソネール・シンク陸軍大佐)



コーデクス共和国

 陸軍K師団P大隊及び空軍教導飛行隊

  (指揮官:コルネリウ・カンタクジノ空軍大将)



ノイエクルス連邦

 連邦陸軍第16歩兵大隊

  (指揮官:バルトロメ中佐)



レゴリス帝国

 帝国軍総統連隊

  (指揮官:連隊長マルティン・ヘルダーリン陸軍大佐)



エルツ帝国

 帝国王室近衛第2連隊

  (指揮官:連隊長フリードリヒ・マクドガル・フォン・ランヌ騎士少佐)



石動第三帝国

 陸軍山岡憲兵隊特別儀仗隊

  (指揮官:山岡憲兵総監結城光隆陸軍少将)



 13ヶ国の儀仗隊が一堂に介しその威容を並べた国際儀仗隊閲兵式は大成功に終わり、閲兵式はそのまま帝国陸海宙親衛四軍閲兵式へと移行した。四軍の精鋭と最新兵器の威容は帝国四軍の成長ぶりを盛大にアピールし、我が国が見事に国際協調を果たしている事の証左となった国際儀仗隊閲兵式と並び、大成功を収めたと言える。

 その後は、航空宇宙軍の曲芸飛行部隊「コバルトウィッチーズ」による航空演舞展示が行われた。コバルトウィッチーズによる一糸乱れぬ曲芸飛行は会場の人々を魅了した。航空演舞展示が終わると会場には特設舞台が設けられ、宮内省雅楽部により、舞楽「蘭陵王」が奉納された。「蘭陵王」は、地球時代の中国南北朝時代の蘭陵武王・高長恭が、わずか五百騎で敵の大軍を破り洛陽を包囲するほどの名将でありながら、「音容兼美」と言われるほど美しい声と優れた美貌であったため、兵達が見惚れて士気が上がらず、敵に侮られるのを恐れ、必ず獰猛な仮面をかぶって出陣したと言う故事にちなんでいる。よってこの舞楽は男性が演者となる場合は寧猛な竜の仮面をつけて舞うことになっているが、女性の場合、高長恭の美貌を表現するために化粧を施し素顔のままで舞う事になっている。今回公方府側から演者を是非女性としてほしいという強い要望があり、宮内省が人材選びに難渋を極めていたところ、紆余曲折を経て足利家次女足利嗣子様が大役を務められることとなった。かつての石蘇同盟統合軍最高総司令官をも歴任した名将たる足利嗣子様は、故事の蘭陵武王そのままに見事な舞を披露され、会場を魅了された。続いて帝国のさらなる発展を祈願し、金光明経が天龍寺住職、由利瑞雲軒宣嶽仙浄管長によって奉読された。

 これにより午前の部は終了し、昼休憩をはさみ祝典の舞台は山岡府玉緒市玉緒鎮守府へと移った。第三帝国海軍連合艦隊による観艦式が執り行われたのである。帝国貴賓及び各国来賓は観閲艦であるCG-274やさかのいりひめ級軽巡洋艦「うきたなおいえ」に乗艦し、連合艦隊のあまてらす級戦艦あまてらす以下、全国から集結した数十の受閲艦を観閲した。観艦式終了後は海軍航空隊による航空演舞展示が行われ、さらに参加艦艇の一部が解放され、来訪者に館内の一部が一般公開された。その後、陸軍近衛軍楽隊及び山岡藝術大学音楽科による紀元250年頌歌が斉唱され、有村副管領による閉会の辞を以て紀元250年式典は成功裏に幕を閉じた。閉会後は会場に於いて紀元250年記念切手・金貨・銀貨・銅貨・絵葉書、恩賜の煙草、祝典参加記念章などが頒布され、各国出席者は宮中に招待され、皇帝陛下主催による御陪食が催された。各国代表者は皇帝陛下はじめ石動閣僚・武家・公家・高級軍人・財界人や学者・芸術家などの名士と広く交流された。

 かくして紀元250年祝典は偉大なる 大御所殿下のご尽力のもとに石動国史に残る偉大なる成功を収めて終了した。かかる大事業を成功させた我が石動第三帝国はこれからも発展をつづけ、大国としての崇高な責務を全うし、フリューゲルを牽引していく事であろう。



その他のニュース

【国際】FuCoSTO結成。フリューゲルを照らす新しき夜明けここに成る。



【国際】第一回集団安全保障会議、山岡府に開かる。



【国際】ノホ・ヘレコ隕石罹災。首都消滅。公方府は建材等支援物資送付。
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6月 03 (金曜日) 2016
655年までの主要ニュース 01:42   
【国際】慶祝萬和解放

 本州に突如出現した萬州・和寧民主共和国は647年、我が国に対し国交の樹立と、大和寧帝国皇帝家嫡流の朴枖原陛下の引き渡しを迫った。国内に事実上の旧大和寧帝国亡命政府である「和寧国民団」を保護していた我が国は、国交を拒絶すると共に、朴枖原陛下本人の意思を尊重し引き渡しを拒否した。また同時に公方府は和寧国民団から萬和政府が和寧・中夏・萬州人を弾圧する軍閥政権であるという報告を受け、さらに和寧地域で抵抗運動を続ける和寧解放統一戦線義勇軍の救援要請を受けた。ここに於いて公方府は友邦スコッチランドと協議を行った結果、同年十月一日に「和寧地域解放」「萬和政府解体と民族別の自治区制定」「自治区の軍政指導」の三か条の要求を萬和政府に対し行った。萬和政府はこれを拒否し、遂に翌648年一月一日、石蘇同盟二国による萬和政府に対する宣戦布告が成され、指揮系統統一のために同盟統合軍総司令部が設置された。萬和軍への攻撃は同年三月二十日を以て開始され、勇猛なる石蘇同盟二軍の空爆は的確に行われ、早くも四月一日には萬和軍の全軍事施設が無力化された。しかしこれに対し萬和政府は全土塹壕化によるゲリラ戦を宣言。石蘇同盟軍は萬和上陸による直接解放を決断するに至った。上陸軍のうち我が国からは精鋭陸軍近衛第一師団、帝都鎮護軍第一師団、直参親衛軍第三師団、中央即応部隊群特殊作戦大隊に加え、旧大和寧帝国軍石動守護師を母体とする陸軍本土防衛団や、和寧国民団の志願者による和寧国民軍も加わった。上陸部隊は七月十日、中夏大陸西部から上陸し、敵首都に対し破竹の進撃を開始。戦力と呼べるものもなく士気も低下していた萬和政府首脳陣はわれさきにと逃亡しようとし、萬和軍に捕縛され、萬和軍が降伏を申し入れる形となった。



 こうして648年8月19日、和寧半島と中夏大陸の間に位置する「黄海」海上に繰り出した我らが海軍の誇る原子力空母いざなみ甲板上で、萬和政府・石蘇同盟間に於ける講和が成立。三か条の要求にも示されていた「和寧地域解放」「萬和政府解体と民族別の自治区制定」「自治区の軍政指導」を萬和政府が承引したことにより萬和政府は即日解体され萬州自治政府・中夏自治政府に分割され、半島には和寧第二帝国が光復するに至った。また中夏・萬州地域の軍政及び和寧第二帝国に対する助言を石蘇同盟統合軍最高総司令部が行うことが定められた。石蘇両国の推薦により、最高総司令官には上陸作戦に於ける軍功輝かしき、我らが将軍殿下の次女に当たり給う統合参謀本部作戦部長の足利嗣子陸軍参謀大佐(写真)が就任され、副司令官としてスコッチランドから人民革命陸軍のアーサー・プランス上級大将が就任した。



【社会】丹生市、播淡道最後の現代都市化。残りの計画地2か所に。

 650年二月、第三帝国に於ける現代都市候補地の一つであった播淡道丹生市が現代都市化された。これにより公方府が指定している残りの現代都市候補地は二ヵ所となった。播淡道丹生市は播淡同北部の一大観光地域に隣接するニュータウンで、同地の現代都市化により、巨大な人工島である播淡道は第三帝国を支える一大商圏と言うべき要衝となったと言える。



【国際】石江相互安保締結。石動に仇成すもの最早なし。

 650年八月、エルツ帝国スカイクラッドにおいて、我が国及びエルツ帝国の間で、石江相互安全保障条約(エルツ側呼称:エルツ帝国と石動第三帝国間における相互安全保障条約)が締結された。これにより我が石動第三帝国は高い軍事力を誇る列強エルツ帝国との事実上の軍事同盟を勝ち取るに至った。南北動乱終結以来防衛力拡張に励んできた我が石動と、帝国として比類なき兵力を誇るエルツ帝国が安保条約を結んだ今、我ら二国を容易く害する事の出来る不埒な蛮国はこの地上から消え去ったと言えよう。

 これについて将軍殿下は「ここに於いて帝国の安全は保障されました。しかし我が帝国はこの安寧にあぐらをかいていてはならないわ。帝国の安全保障が盤石となった今こそ、帝国は国際社会の平和と安寧に寄与し、且つ又国際社会から異なる政体や政府を打倒しようとする野蛮な帝国主義的策動を排除し、これからはより多くの国家とともにその平和と安全を維持する方法を模索する事でしょう」と仰せられた。



【国際】ヴァノミス事変で我が国上光鄭三国に宣戦するも撤回。大戦回避。

 650年十月、ウェールリズセ連邦・テークサット連合・コーデクス共和国のPDEC加盟国三国はトロピコ共和国並びにヴァノミス連邦へ宣戦布告を行った。

 トロピコへの宣戦は同国の観光客虐殺を受けてのものであったが、一方でヴァノミスへの宣戦は事情を異にしていた。当初ヴァノミスは砲弾の輸出を広報するというヴォルテリア条約に違反した行動をとった。ウェ連はヴァノミスを激しく追及し、これに対しヴァノミスは連邦最高評議会謝罪声明で回答したが、ウェ連は誠意ある回答がなかったとし、ヴォルテリア条約批准国であるところのレゴリス帝国及びPDEC(ENEC四号議定書に調印した事実上の軍事同盟)三ヶ国は、ヴァノミスへの宣戦布告を行うに至った。

 しかしこの行為は明らかに拙速かつ横暴なものであった。この宣戦は同じくヴォルテリア条約批准し、同条約に定められた連邦最高評議会顧問委員会構成国であるエルツ帝国並びにアルドラド帝国の一切与り知らぬ所で行われたものであった。すでに宣戦以前からウェ連がヴァノミスに対し激しい追及を行っていたことを受け、エルツ帝国は同顧問委員会を招集したが、ウェ連はこれに参加の意思を示しこそすれ、結局のところ顧問員会での協議を経ずして宣戦を強行したのであった。これは他国に対し条約順守を強要しながら、自身はその条約と守るべきプロセスを悉く無視し、本来問題発生に際しては連絡を密にし協力すべきであったエルツ帝国及びアルドラドに対するウェ連の、悪辣なる外交的侮蔑行為であったと言わざる負えない。またこのウェ連の拙速な行動に対し、制止するどころか何の疑いも持たず協力してしまったレゴリス帝国及びPDEC批准国のテークサット、コーデクスの外交姿勢も残念ながら至極遺憾なものであったと言わざるを得ない。

 無論、このウェ連の容認しがたい暴挙に対する我が友邦エルツの対応は毅然としたものであった。エルツ帝国及びアルドラドは、ヴォルテリア条約に則りヴァノミスの防衛を宣言。アルドラドは烈上鄭光四か国に対し、エルツは不可侵条約に基づきレゴリスを除く三ヶ国に対し宣戦布告を行う格好となった。ここに宣戦の連鎖が始まった。エルツ・エーラーン間同盟条約に基づきエーラーンが、そして遂に石江同盟の適用により我が国が、上鄭光三国に対し宣戦を布告するに至ったのである。ここに於いてこの戦役は世界大戦と化した。

 開戦が迫る中、我が第三帝国内では勝利が確信されていた。エルツ・エーラーン・石動の三国は全てのレゴリスとの不可侵条約を有しており、列強レゴリスの攻撃を受けることなく、ウェ連を膺懲できるという絶好の状態が約束されていたのだ。しかしここでレゴリス帝国が待ったをかけた。レゴリス及びPDEC批准国からの謝罪声明を条件に、双方が宣戦布告を取り下げるという提案がなされたのだ。和平の道が示された以上、侵略国家の汚名を着るわけにもゆかず、双方は宣戦の取り下げを行い、大戦は回避された。これにより、レゴリス及びPDEC批准国より謝罪声明がなされれば本問題はひとまず解決したとみてよいだろう。国際秩序と法秩序を無視し、友邦エルツの顔に泥を塗る恐るべき蛮行を犯したウェ連の「謝罪」は注目に値する。

(651年1月エルツテリア、国際部=三原安良)



 と書いたものの、現在すでにこの記事から5年もの月日が経過してしまった。ウェ連の「謝罪」の意志が確認できるのはいつになるのだろう。それとも彼らには「謝罪」の意志などなかったのであろうか。

(656年2月室満京市、各国語Web版記事のために追記)



【国際】スコッチ革命評議会で政変決定。王政復古。アルビオン連盟王国誕生

 650年12月、友邦スコッチランド共産主義同盟革命評議会は、民衆の現政権への不満を理由に共産主義体制の放棄と王政復古を決定。スコッチランド王国として王政復古を成した。同国はさらに周辺諸地域を併合、アルビオン連盟王国を成立させるに至った。同国は共産主義同盟時代からの外交関係を継承するものとしており、これにより石蘇同盟は便宜上その名称を「石亜同盟」に改める事となった。また萬中両自治区にある同盟統合軍最高総司令部副司令官アーサー・プランス上級大将は解任され、後任としてダン・マッカートニー元帥が就任した。

 将軍殿下は「友邦の平和的政変を歓迎します。スコッチランド、もといアルビオンが石動の友人としてより良い国となることを願っているわ」と仰せになられた。



【社会】山名満之氏、山名建設の耐震偽装により国家損害罪で逮捕。山名家新当主は煕子親衛中将に

 652年2月、山名煕子親衛中将は山名建設の耐震偽造建築を裏付ける資料を警視庁に提出。凡そ60以上の地方の大型ショッピングモール、官庁舎、学校などで同社が耐震偽装を行っている事が明らかとなった。これを受け警視庁は、国家損害罪の罪で山名建設社長の山名時憲陸軍少将、山名グループ会長山名満之親衛大将以下30名の関係者を逮捕した。山名氏はこれを受け次期当主及び山名グループ会長として山名煕子親衛中将を指名した。これに対し逮捕が不服として山名氏浄親衛軍総大将が親衛軍による武装蜂起を企てたが、統参本部情報部の調査により未然に阻止され、氏浄総大将は国家反逆罪により親衛軍中央軍法会議に於いて銃殺刑が言い渡された。

 また一連の騒動を受け山名グループ株は急落。将軍家及び赤松氏の介入により、山名不動産の不動産資産の三分の一が将軍家へ譲渡され、山名不動産は赤松グループへ買収され、赤松大石動不動産として再スタートすることとなった。



【政治】滿子将軍殿下御出家。将軍位返上。四代将軍に陸軍少将足利持子様。





 653年10月10日、偉大なる守護者、7世紀の領導星、民族の最高領袖、我が帝国と我が臣民の偉大なる大将軍、足利滿子将軍殿下が、天竜寺において御出家を遂げられた。滿子殿下は御出家を以て将軍位を皇帝陛下へ御返上なされ、大御所殿下となられた。畏くも皇帝陛下は四代将軍として陸軍参謀本部作戦本部長、陸軍少将の足利氏長女、足利持子様を四代将軍に指名された。御出家について滿子大御所殿下は、「次期指導者を育てるために将軍位から身を引いたまでよ。勿論政治から身を引くつもりは毛頭無いから、安心してちょうだい」と、その煌びやかな法体で朗らかに語られた。

(写真1=御出家を遂げられた大御所殿下)(写真2=持子将軍殿下)



【政治】大御所殿下、斯波義将管領罷免。後任に細川元子陸軍中将



 654年1月、滿子大御所殿下は大御所特権により持子将軍殿下に斯波義将管領の罷免を指示された。罷免理由として大御所殿下は「義将の経済政策は愚策ばかりで、石動の発展の妨げになっていたわ。一方で有村副管領の政策は非常によかったわね。彼が提案したニュータウン廃止政策によって帝国の維持費は驚くほど下がり、帝国はさらなる発展を志向することが出来るようになったのだから。足を引っ張っていた義将には田舎で養生してもらいましょう」と仰せになられた。斯波管領の後任として大御所殿下は細川之子統合参謀総長の妹に当たる細川元子陸軍中将(写真)を指名された。大御所殿下は「彼女なら管領を任せても安心だと思うわ。有村と共に持子をしっかり支えてやって欲しいわね」と仰せになられた。



【社会】洞院公子外務卿逝去

 654年7月12日、南北朝時代から外務官僚としてその辣腕を発揮し、さらに当公方府広報においてわかりより時局解説記事を投書した洞院公子外務卿が逝去した。南北朝時代の「生き字引」と呼ぶに相応しいベテラン官僚の彼女の死に多くの政府関係者や文化人は悲嘆の意をあらわにし、閣僚の身としては異例の国葬が行われた。また彼女の遺作となった最新著書『身勝手な新興先進国たち~フリューゲルの産業体制を圧迫する新興商業国~』は全国書店月間売上ランキング一位を記録した。



【軍事】戦略攻撃衛星「ショウレンゲ」打ち上げ成功

 655年5月3日、航空宇宙軍は、いわゆる「イレギュラー」に分類される機能を持つ戦略攻撃衛星「ショウレンゲ」の打ち上げに成功したと発表した。ショウレンゲは対衛星レーザーと対地上レーザーを装備しており、宇宙攻撃と対地攻撃の双方を任としている。名称は華厳経第四十五巻阿僧祇品第三十に於ける命数法「青蓮華」(10の2218388550399401452619230609408乗)からとられている。

 ここに於いて大御所殿下は「イレギュラー打ち上げの成功により我が国の軍事技術は世界に知らしめられたわね。我が帝国の臣民を害すかもしれない敵国の軍事衛星を叩き落とすこのショウレンゲがあれば、我が帝国の護りは盤石そのものだわ」と満足げに語られた。
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4月 12 (火曜日) 2016
【政治】第六回民評院選挙開票。自由・社労第一党に。副管領、自由有村総裁に決定。 13:44   
【政治】第六回民評院選挙開票。自由・社労第一党に。副管領、自由有村総裁に決定。



 5月10日開票の第六回民評院選挙の結果、自由・社労が連立により第一党となり、全国民衆一揆に大勝利をおさめ選挙戦は終了した。選挙により決定した議席数は以下の通りとなった(括弧内は前回議席からの変動)



自由党(与党)…103議席(5↑)

社会労働党(与党)…76議席(4↑)

全国民衆一揆…82議席(30↓)

石動共産党…20議席(新)

全石動社会主義革命統一戦線…19議席(12↓)

救済党…15議席(3↑)

石動国家社会主義者同盟…12議席(7↓)

幸福拡大党…8議席(新)

表現の自由を守る党…6議席(新)

惟神の道の同胞…5議席(1↓)

勝共正義連合…4議席(新)



 今回の選挙により与党(全組閣権はないが政権に参画にしているため誤用ではない)は民評院350議席の過半数にあたる179議席を獲得し、まさに盤石の体制が築かれるに至った。有村総裁は選挙事務所で満足げにダルマの目にスミを入れた。

 自由党は副管領に有村弘行総裁を指名。有村氏により農林卿・商工卿・逓信卿・厚生卿・労働卿候補者が指名され、5月26日に有村副管領以下6名の民事閣僚が皇帝陛下から任命を受けた。今回選出された民事閣僚は以下の通りである。



副管領…有村弘行(自由)

農林卿…亀岩八郎(自由)

商工卿…魚沼瑞穂(自由)

逓信卿…白川和洪(自由)

厚生卿…福山瑞穂(社労)

労働卿…吉田忠文(社労)



 任命を終えた有村副管領は記者らに対し「今の石動経済は好調に言ってる様で実は問題山積みだからね。将軍様と協力してより安定した経済構造にしていければいいね」と語った。

(写真=トーク番組に出演する有村副管領)
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4月 10 (日曜日) 2016
【政治】民事閣僚民選議員制法案成立。総選挙開票は5月。 20:22   
【政治】民事閣僚民選議員制法案成立。立法会議法・公方府法の改正により一部閣僚を民選議員に規定。



 647年3月28日、立法会議民評院は大きな転換を齎す法改正案を可決した。民評院において可決された「民事閣僚民選議員制法案」である。これは立法会議法および公方府法を改正し、民評院第一党(所謂与党)に相当する政党ないし連立政党に、「民事閣僚」すなわち農林卿・商工卿・逓信卿・厚生卿・労働卿と、さらにこれを指名し取りまとめる事を目的とする「副管領」を輩出する権利を付与するという提案であった。以前からこれに似た法案はしきりに民評院において可決されていたが、いずれも評定院において否決されていた。今回の可決は将軍殿下が「民事閣僚に限れば、閣僚を民選とすることに異論はない」とする発言を受けての法案提出によって起こり、結果評定院の過半数の賛成により法改正が事実上決定するに至った。将軍殿下は「これからの石動は武家・公家・そして平民の三つの身分が協力して国を治めていかなければならないわ。確かにこの石動の現在の安定と発展を築いてきたのは私たち武家だけれども、この発展に大きく貢献してきた平民を、いつまでも政府の外に置くことはできないわ。これからは武家・公家・平民という三つの臣民が手を取り合って、皇帝陛下になりかわり国を治めていくべきだわ。勿論これは民主主義と言う一体制の体裁にとらわれず、我が国独自の体制に適う形で成されなければならないでしょう。そうした意味でも、今回の法案通過は今後の統治をより良い方向へ導く結果となるはずよ」と述べられた。

 これにより立法会議法・公方府法の改正は4月を以て施行となり、これを踏まえて将軍殿下は立法会議民評院の初の解散を指示。初の解散総選挙となる第六回全国民評院選挙は4月10日公示、5月10日開票と発表された。総選挙後の「民評院第一党」が公方府民事閣僚の指名権を獲得し、第三帝政初の「公武民合体政権」が誕生する見込みである。現在民評院は最大政党の全国民衆一揆と、ほぼ同数の議席を誇る自由党が大半を占めており、これらの政党の動向が注目される。
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3月 30 (水曜日) 2016
【政治】土岐元統参総長、武器流出により銃殺刑。新統参総長に細川之子中将ほか 15:53   
【政治】土岐元統参総長、武器流出により銃殺刑。新統参総長に細川之子中将

 643年9月20日、嘉川道観音寺市郊外で南朝軍残党勢力の拠点が嘉川憲兵隊司令部により摘発された。同拠点は雑木林にカモフラージュされた地下施設であり、中には戦車や小銃をはじめとする大量の武器弾薬類が隠遁されていた。憲兵隊・嘉川道警合同発表によると、これらの武器弾薬はほぼ全てが国産兵器であり、少なくとも十年以内に製造されたものが多数を占めており、軍内部から流出を手引きした者がいると断定された。これにより憲兵隊が内部調査に乗り出した結果、流出を指示した首謀者が土岐康之統合参謀総長(写真左)その人であったことが、偽装命令書や通信記録などのなどの各種捜査資料から明らかになった。644年1月、土岐統参総長は免職の上陸軍中央軍法会議へ更迭となり、同年10月、軍籍・栄典等全てはく奪の上、銃殺刑が求刑された。土岐元統参総長は容疑を認めており、「南朝残党に武器を供与し我が国を南北朝状態へ引き戻し、混乱の中で我々の勢力に近い別の将軍を立てようと思っていた」などと供述している。

 またこれにより同月、滿子将軍殿下は後任の統合参謀総長として、前管領の陸軍嘉川総軍司令、細川之子中将(写真右)を指名された。土岐元統参総長ら反細川派の武家により管領の座を追われた細川元管領が、今回の事件により再び将軍殿下の御許へ舞い戻る格好となった。細川新統参総長は「帝都での政争に敗れた私は地方鎮護の身で終わるものとばかり思っていたけど、まさかこの様な形で殿下のもとに戻ってこられるとは思わなかったわ。殿下の御恩情には感謝してもしきれない」と涙ながらに語られた。



【国際】ベルサリエーレ王国滅亡

 644年5月、瓦帝の侵略戦争によってその国土を痛めつけられた友邦ベルサリエーレ王国が遂に滅亡してしまった。政府は海軍一部部隊を派遣し、邦人救出及び難民の受け入れを行った。

 ここに於いて将軍殿下は「かつて専制的な王政社会によって比較的安定した統治が行われていたベルサリエーレは、民主主義という不安定な体制を瓦帝に強要され、遂にその不安定な治世を克服できずに滅亡してしまいました。瓦帝の苛烈な賠償もさることながら、今回の件は民主主義という一体制が、西洋人らが他の国家にもそれを押し付けるほどに盲目的に崇拝されている程には、全ての社会に適応する完璧な体制とは言い難いという事を明確に示したことでしょう。この事実は我が石動帝国の、第一帝政期の立憲君主制の衆愚政治化による無様な崩壊が物語っている所でもあります」と述べられた。



【国際】グロリアーナ国際スポーツ大会、帝国はメダル14枚獲得。うち金6枚

 637年4月から9月まで開催されたグロリアーナ国際スポーツ大会において、帝国は実に14枚ものメダルを獲得した。うち金は6枚、銀は7枚、銅は1枚であった。今回のグロリアーナ大会からは一部の競技が団体戦と個人戦に分けられており、こうしたことが今回のメダル獲得数の多さにも繋がったものと思われる。

 大会に於いてもっとも注目の集まっていた野球については、出場前にすでに代表監督に指名されていた、前山岡大会でも監督を務めた可塑川ティターンズ監督の浄御原和博氏が、危険ドラッグ使用の容疑で警視庁に逮捕されたため、練習計画に大幅な狂いが生じ、出場が困難となり、見送られた。石動の野球ファンたちは大いに落胆し、浄御原容疑者に激しいバッシングを送った。

 しかし石動には柔道などの格闘技や強豪として名高いバレーボールがある。今回柔道では個人をレゴリスに許してしまったものの、団体では金を獲得。また剣道では成蘭勢に敗退し銀に留まったものの、テコンドーでは和寧人選手たちが見事に団体・個人ともに金を勝ち取ってくれた。テコンドー個人代表の朴星日選手(大工重工社会人選手)は、「今回長い歴史を誇るテコンドーによる一世一代の舞台に立てた事を大変うれしく思います。今回私をこの場所に立たせてくれた石動と大工重工の皆さんに胸を張って金メダルを持ち帰りたいと思います」と語った。

 また、「東方の魔女」として名高いバレーに於いては、今回遂に三冠を達成した。バレーのみ、伝統的に異色の男女混合チームで参加している石動は、男子ウィンドスパイカーによる怒涛の攻撃と、女子ミドルブロッカーによる鉄壁の防御によって無敵の布陣を誇っており、今回石動の比類なさが改めて証明された。今回の試合が最後の出場とみられていた石動代表の名セッター、木村小百合選手は「三冠という重い期待に応えられるかどうか心配でしたが、みんなと一緒に遂にこのメダルを勝ち取る事が出来て、本当に安心しました。これで心置きなく引退できそうです」と涙ながらに語った。





【国際】航空宇宙軍、テークサット国立宇宙局に技術者団派遣。

 616年3月10日、池田俊美航空宇宙卿は、テークサット国立宇宙局への技術者団派遣を明らかにした。今回の技術者団派遣は同国のシェロジア問題に関連する国際法違反が問題視され打ち切られた技術協力の再開であり、技術者団代表として、宇宙開発研究部門飛翔体統括研究ユニットリーダー、木山春海中佐相当官(写真)が指名された。木山中佐相当官は「石動の宇宙開発はイレギュラーの打ち上げを除きほぼ全ての課題が解決されている。我々の今回の技術協力によって、停滞していたテークサットの宇宙開発に必ず大きな進歩がもたらされるだろう」と語った。



【国際】フリューゲル仏教徒連盟結成。

 645年5月1日、山岡府の石動仏教会本部において、フリューゲル仏教徒連盟憲章が発表された。石動仏教会会長の臨済宗管長、天竜寺住職、由利瑞雲軒仙嶽宣浄聖人と、テークサット仏教協会会長のタイフーテン寺住職、チー・ガンチャン上人がそれぞれ憲章に署名を加え、フリューゲル仏教徒連盟の結成が正式に宣言された。仙嶽宣浄聖人は「この連盟によって、これまで存在の知られていなかった多くの仏教徒や、新たに仏教への道を志す人々と共に、フリューゲルに於ける仏教伝道を一層盛んにしていければと思う」と語った。また既にテークサット仏教協会との間で、石動での第一回仏教徒会議の開催が合意されており、近いうちに記念すべき第一回仏教徒会議がここ石動に於いて開かれるものと思われる。



【国際】スコッチランド革命50周年式典



 643年1月15日、盟邦スコッチランド共産主義同盟に於いて、革命50周年式典が行われた。我が国からは直衣宮第一皇女殿下、将軍殿下、ならびに将配日野康時公、洞院公子外務卿が出席された。式典祝辞に於いて将軍殿下は、「盟邦スコッチランドの素晴らしい発展を目の当たりにし、愈々勇気と活力を頂いた次第です。我が石動とスコッチランドは政体こそ違うけれど、人民が人民のために国家を築き、盛り立てていくというその精神に変わりはないわ。石動とスコッチランドに、さらなる飛躍と発展があらんことを」と仰せになり、会場から喝さいを浴びられた。また式典後、将軍殿下は駐蘇武官やスコッチランド高級軍人と共に、パレードに参加したスコッチ軍の戦車を興味深く見学されていた模様である。



【寄稿】新国家援助に関する所感

文責:洞院公子外務卿

 現在フリューゲルに於いて、我が国を含む一部の国家により、建国間もない新国家への鉱山開発をはじめとする多くの援助がおこなわれている。これは決して悪い事ではない。建国間もない彼らは開発に足る十分な資金や資材を有しておらず、我々先進国が資金ほか多くの資材を供与し、それらの国々の発展を支援することは、国際経済にも利する行為である。

 しかしながら我々は、ここで今一度慎重に思慮しなければならない。ここで我々が新国家に援助する「多額の」国費は、我が国の国民が汗水流して労働し、国家へとその用途を託した貴方がた国民の血税なのである。よってこの国費の用途に関しては、国家は慎重に協議したうえで決断を下さなければならない。特に国費が国民の血税によって購われたものであるからには、この用途は自国の利益―ひいては国民の利益に利するものでなければならないことは明白である。

 我が国の新国家支援は勿論これに則った上で実施されている。例として昨年建国されたラシニア社会共和国への鉱山開発支援を挙げよう。我が国の燃料輸入先の一つであったエウシウワンジャ共和国の滅亡は、我が国の燃料事情に暗い影を落とした。ここで我々外務省は、ラシニア社会共和国へウラン鉱山の開発支援を実施し、その上で同国に燃料定期輸出の優先取引権を付与してもらい、燃料の安定供給を図ろうと企図するに至った。外務省はすぐに将軍殿下に事を上奏し、殿下は立法会議評定院を招集。協議の結果「取引優先権が認められる場合に限り援助すべし」との結論が出され、同国との支援交渉に入るに至った。また協議の中で「同国は国家情報を未だ開示していない正体のわからぬ国家であるから、交渉に際して同国への国家情報開示も促すべし」との方針も固められた。そして支援交渉の結果、同国への支援協定は無事成立。同国は我が国からの支援金および支援物資を、我が国は同国の燃料に関する取引優先権・並びに同国が少なくとも三年後までには国家情報を開示するという合意を勝ち取るに至ったのである。

 ここで重要なのは、この支援によって我が国が同国の取引優先権と、同国の国家情報開示の確約を勝ち取ったという点にある。もし今回の支援が同国に対し取引優先権の如きものを一つも求めず、また同国が正体のわからぬ国家でいることを放置したままの交渉であったなら、我が帝国の臣民は「外務省は国民の血税をドブに捨てた」と、大いに憤慨したことであろう。

 しかしながら世界には、この様な多額の国費を、何の見返りも得られないような条件で、あるいは突発的に、あるいは協議を経ながら行う、理解に苦しむ国家が存在している。しかも驚いたことに、それらの「無秩序な」支援を行う国家は多くの場合民主主義体制を採る国家なのである。「部分的民主主義体制」であることを自他ともに認めている我が国が言えることではないかもしれないが、何ら見返りの得られない条件でできたばかりの新国家―時には国家情報が開示されていない様な国家にまで―に対し、国民の血税たる国費を無秩序にばら撒く国家に於いて、国民や、国民の代表である議員たちは、その様な無秩序な援助に本当に賛同しているのであろうか?

 さらにこの様な無秩序な援助が積もり積もれば、それは援助をうける国家までもが、経済的自立を勝ち取れない、支援漬けの国家に成り下がってしまうという危険すら懸念される。フリューゲル諸国民の諸兄に於かれては、あなた方の政府が新国家に対し如何なる支援を行っているのか、今一度精査する必要があるだろう。





【社説】新興商業国の無秩序勃興が圧迫する市場経済

 現在、ここ数十年のうちに勃興した国家のうちのいくつかが、既に大規模な商業国として成長しつつある。しかしその一方で、先のミッドガルド帝国の崩壊や瓦帝の鎖国による工業国の滅亡・貿易停止が目立っており、世界市場はまさにモノをつくる工業国とモノを買う商業国の相対関係が逆転しようとする情勢を呈している。ここにおいて私は、近年勃興した新興商業国が、世界経済に於いて求められている役割と逆行した道を歩んでいるのではないかとすら感じられる。商業とは、モノを作ることなくこれを取引することにより利益を生む、考えようによっては「甘い汁」と言えなくもない産業である。しかしこれはモノを作る工業がなくては成り立たない。しかしながら昨今の新興商業国の無秩序な勃興は、この大前提を無視するかのように際限ない商圏拡大を齎している。しかしながら、我が国の様に既に遥か昔から商業を国家の根幹事業としている国家に、突如産業を工業へ転換することは不可能である。現在これから発展を志向する国や、発展の途上にある国家は、今一度世界経済に於いて求められている役割を認識するべきではないだろうか。(経済部主筆:田村均)
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3月 19 (土曜日) 2016
独自通貨「貫」制定 00:23   
 643年5月20日、公方府は独自通貨として新たに「貫」を制定することを発表した。

 これまで石動は国際通貨として知られているVa(ヴァローレ)を石動国内で兌換した「石動Va」を自国通貨として位置付けていた。これは信頼性及び貿易の利便性を考えての処置であったが、滿子将軍殿下は「今や世界経済の一翼を担う石動にいつまで経っても独自通貨が存在していないのはおかしいことだわ。この通貨改定を期に帝国臣民の皆さんも石動の発展を実感すると共に、石動人としての誇りを今一度再認識していただきたいと思いますわ」と仰せになられた。

 新たに制定された「貫」はVa本位制をとっている点では石動Vaと変化がないが、100Va=1貫とする固定レートが採用されている。端数通貨は「文」とし、1貫を100文と定めている。

 今回石動Vaに対し順次兌換される紙幣・貨幣は10貫札・5貫札・1貫札・50文硬貨・10文銅貨・5文銅貨・1文硬貨の全七種類。中でも10貫札(写真)には地球時代の室町初代将軍足利尊氏公が、5貫札には足利尊子初代征夷大将軍が、1貫札には南北朝期の忠臣として名高い故・今川範邦元管領が印刷されている。
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3月 02 (水曜日) 2016
640年までの主要ニュース 22:03   
【国際】大和寧帝国崩壊。旧和寧皇族朴枖原殿下亡命。



 616年11月、兼ねてより政府機能が低下していた友邦大和寧帝国の崩壊を受け、公方府は海軍部隊を派遣、同国の邦人・難民受け入れを行った。レゴリス帝国・ガトーヴィチ帝国からも邦人受け入れのための部隊派遣が行われた。同国は中夏大陸武装勢力から核兵器(同地に温存されていた戦術核兵器か)による攻撃を受け全土が核汚染されていおり、各国派遣部隊は半島への上陸はならず、半島近海に於いて和寧より脱出した邦人・難民の受け入れを行った。またここにおいて旧和寧皇族の朴枖原氏および両班の亡命を受け入れた。朴枖原氏は女子ではあるが和寧皇帝家の皇統に近いという理由により、皇帝陛下は同氏を当主として王皇族に叙位。和寧皇帝家の存続が成った。

(写真=派遣された第一機動艦隊旗艦、強襲揚陸艦ほのいかづち)



【社会】旧大和寧帝国軍石動守護師、陸軍本土防衛団として編入。事実上の外人部隊へ。



 620年2月、帝国本土に残留していた石動守護師のうち、希望者を以て帝国陸軍に編入することが決定した。希望者は陸軍本土防衛団として再編成され、正式に陸軍指揮下に入り、事実上の外人部隊として活動することとなった。





【社会】航空宇宙軍、防衛衛星「ベイマタラ」打ち上げに成功。

 624年4月、航空宇宙軍は石動5機めの人工衛星となる防衛衛星「ベイマタラ」の打ち上げに成功したと発表した。

 防衛衛星ベイマタラは軍事衛星「ゴウガシャ」に次ぐ二機めの軍用衛星で、フリューゲル全土の偵察任務のほか、弾道ミサイルの早期発見や、石動上空での強力な妨害電波散布による弾道ミサイルの再突入運動の妨害などを任としている。なお機体名「ベイマタラ」は仏典「大方広仏華厳経 巻第四十五 阿僧祇品第三十」に於ける命数法による数「鞞麼怛羅(べいまたら)」より取られた。これは10の1008806316530991104乗に相当する数で、無量大数よりも大きな数の一つである。



【国際】将軍殿下、瓦帝の侵略戦争を非難。

 635年、瓦帝は友邦ベルサリエーレ王国への苛烈な要求を辺国が拒否したことを理由に、瓦帝に対し宣戦を布告した。ここにおいて将軍殿下は635年12月の会見に於いて「そもそも国王の退位要求など、近世の様な野蛮な要求を盛り込んだ勧告を主権国家であり君主国家であるベルサリエーレが受け入れられるはずが無く、今回の一連の勧告は「民主主義」「国際的正義」の美辞麗句に包まれた瓦帝民族主義極右政権の露骨な拡張主義的侵略策動であると言わざるを得ません」と語られた。成蘭・レゴリスの参戦に関しては「成蘭に関しては同国と相互安保関係にあったための行動であり、まさに瓦帝の暴力的侵略策動に巻き込まれたという形でしょう。よもや成蘭もかの国と安保条約を締結した折には、かの国がかかる野蛮な侵略国家と成り下がることを夢にだも思って居なかった事でしょう。またレゴリス帝国の参戦についても、成蘭の参戦如何では結果はまた違ったものとなった事でしょう」と語られた。

 残念ながら友邦成蘭の参戦により我が第三帝国は友邦ベルサリエーレを野蛮な侵略者の手から護ることはできなかった。しかしここに於いて明らかになったものがある。民主主義の大義名分を振りかざし他国へ浸食の魔手を伸ばす極右民族主義者瓦帝の醜悪な肖像である。彼ら極右民族主義者ファグネルスキー政権は、200年を数える(我が国には及ばないが)瓦帝の大義の伝統と歴史を、一度の宣戦布告によって地に貶めたのである。瓦帝極右民族主義者と我々は最後まで決別するし、かかる蛮行を許容することは永久にないであろう。



【国際】石蘇同盟成立。

 636年3月、石動第三帝国・スコッチランド共産主義同盟の両国は、山岡府室満京市中央区公方府庁舎において「石動第三帝国とスコッチランド共産主義同盟の政治及び軍事に関する同盟条約」に調印。「石蘇同盟」が誕生した。

 石蘇同盟は単なる相互安保に留まらず、両国の政治的な連携と内政の不干渉を厳密に規定した「攻守同盟」の形をとる同盟であり、今後、高い軍事力を誇る両国の緊密な連携による国際社会への貢献が期待される。

 同盟締結に際し将軍殿下は「この同盟は昨今の擾乱の国際社会に於いてわれら二国が生き残るための、大きな一歩となりましょう。ことに、民族主義者が同じ君主国家に君主退位を要求し侵略戦争を突きつける昨今に於いては」と語られた。
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