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セビーリャ公共通信 | ||
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5月 03 (金曜日) 2019 | ||
833年9月「セビーリャ」ーインフラ危機ー | 19:02 セビーリャ自治政府 | |
833年9月中旬、セビーリャ統治委員会より非常事態宣言が発せられた。 ![]() 834年1月の試験までは、セレドニオ・ボニージャ・ヒロン行政副長官が職務を代行する。 ![]() 814年以降、アントニオ行政長官率いる評議会派はCDX-Sシステム中心の社会を目指し、経済や官僚制の改革を進めてきたが、行政の沈滞化による経済の停滞を招いた。さらに、アントニオ行政長官の健康状態の悪化が重なり行政の機能不全と市民生活への影響が顕著になってきた。784年には世界最高を誇った幸福度は徐々に低下し、現在一部で混乱状態に陥っている。 この状況に対し、議会派の有力者として知られるサルバドール・レンテリア・ラサロ氏は8月20日セビーリャ自治下初の政治政党「自由党」の結成を発表。行政長官就任と議会選挙での過半数獲得を目指すとしており、セビーリャ政治の活性化が予想される。 | ||
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1月 07 (月曜日) 2019 | ||
814年「セビーリャ」―自治五十周年記念式典、厳かに開催される― | 00:12 セビーリャ自治政府 | |
![]() ![]() また、アントニオ長官による演説では今後のコーデクス主義建設に関して新しい方針が示された。(後半の記事で詳細に解説)午後には人民宮殿で祝賀会が行われ行政長官をはじめ学者や財界人、文化人などが参加した。
中央指令経済体制構築に意欲 ![]() | ||
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8月 28 (火曜日) 2018 | ||
792年セビーリャ公共通信 | 14:24 セビーリャ自治政府 | |
792年4月に行われた定例のセビーリャ公務員試験で、現職のペドロ氏を抑え、自治政府開発部のアントニオ・レオン・パレス氏が選出された。アントニオ氏は740年生まれの52歳でセビーリャ大学卒業後、共同管理区域開発部に入省、都市開発を担当した。特に近年の人口増加に伴う都市開発で強力な手腕を発揮し、高度なインフラを備えた機能的な都市設計が全土で高く評価された。アントニオ氏は行政長官就任にあたり人民宮殿での演説で、開発のさらなる進展に意欲を示した。 アントニオ行政長官は、792年5月に会見を開き南西部埋め立て計画を発表した。計画では南西部の海域を3万?埋め立て200~700万人の人口を確保することが予定されている。人口の80%は農業生産に従事し、更なる農業の増産が見込まれる。また、この計画では、人口増加により雇用の不足が予想されることから、2度に分けて実行され第一次計画では土地の造成と200万人模の都市開発が行われる。計画発表の背景には792年1月にセビーリャ統治委員会より発せられた、面積制限の緩和に関する通達がある。また、壮大な計画の一方で、数百万人分の雇用の確保という問題に新たに直面するため、この問題への対応はセビーリャ民族の命運を左右するだろう。自治政府開発部出身の同氏には、長年造成と都市開発に従事していたこともあり、その手腕の発揮に期待が寄せられている。 ![]() | ||
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7月 20 (金曜日) 2018 | ||
785年セビーリャ公共通信 | 23:14 セビーリャ自治政府 | |
セビーリャの自治開始(=セビーリャ自治政府成立)から784年で20年を迎えた。これに合わせ、首都では警察予備隊によるパレードをはじめとした祝賀行事のほか、人民宮殿でホセ長官による演説が行われた。ホセ長官は演説で「コーデクス体制20年間で我々の生活水準は飛躍的に向上し、他に類を見ない安定した体制を実現した。いまや不幸な市民はいない。」と20年間の歩みについて総括した。セビーリャは一時世界で最も幸福な国になるなど、高い幸福率と発展を両立している。また、「私は20年間体制の成立からずっと政治に携わってきたが、セビーリャの将来のためにも世代交代が必要だ。」と行政長官の退任を示唆した。自治政府の閣僚、官僚は複数科目の統一試験によって選ばれ、最も高い点数をとったものが行政長官に任命するという体制を取っているが、ホセ長官はその天才的な頭脳で20年間他に圧倒的な差をつけてトップに立ち続けた。市民の支持も根強く、退任を惜しむ声がセビーリャ全土から上がった。同氏はその執政期間中に、コーデクス主義に基づいた執政を行い、セビーリャに安定と平和、幸福をもたらした。経済分野では、鉱産資源の輸出を中心にセビーリャ経済を発展させたほか、大規模農場の建設と穀物の輸出による経済の多角化に成功させた。さらに、社会保障、教育の分野でも多額の投資を行い、先進諸国と同等の幸福度、生活水準を実現した。 ホセ行政長官の退任を受け、785年に行われたセビーリャ公務員試験でペドロ・プリド・トルヒジョ前通商部部長が行政長官に選ばれた。 ペドロ新行政長官は試験結果に関して、「行政長官は長年の夢だった。セビーリャ市民のために頑張っていきたい。」と語った。また、「コーデクス体制による経済成長と人口の増加による農業生産・輸出の拡大を目指す。」と今後の方針について会見を行った。同氏は セビーリャ中央大学政治経済学部卒業後、通商部に入り、貿易政策を行ってきた。レゴリス帝国との穀物輸出契約では交渉役を担った。 768年10月、セビーリャ戦争終結後ちょうど100年続いた平和に突然終止符が打たれた。新興国ユリウス王国は報道にて、セビーリャ自治政府、カルセドニー社会主義連邦共和国に対して突然の宣戦布告を行った。1世紀近く平和な時代が続き、戦争の記憶がほとんどないセビーリャ市民はパニックに包まれた。65年に創設された武装警察の警察予備隊は、4万人の少ない人員に加え、迎撃用の大砲も不足しており戦闘経験は全くなかった。これをうけ統治委員会による特別措置により、警察予備隊を4万人から28万人規模に増員を決定。直ちに6か所の駐屯地設置と、志願兵の募集が行われた。この事件はセビーリャ人の忘れかけていた愛郷心を刺激し、突然の召集にもかかわらず募集を大きく超える35万人の志願兵の応募があった。直後11月にユリウス陸軍部隊を乗せた揚陸艦がセビーリャ近海に出現、増員された警察予備隊は、これを迎撃する態勢を整えていたが、実際に攻撃を行うことはなく、ロムレー軍の衛星攻撃によって撃破された。その後ユリウス王国は破壊され王族も逮捕されたが、戦後処理はいまだ続いており、王国からの謝罪や賠償については進んでいない。ユリウス戦役は、セビーリャに大きな衝撃を与え一つの転換点となった。17年経った今、改めてこの事件を問い直す時が来ているのではないだろうか。 | ||
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