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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/7/26 23:50
ゲスト    投稿数: 0

== Flugel Another Story vol.17 ======
 
「リエラはルティーナ様のお人形」
「リエラはルティーナ様のお人形」
「リエラはルティーナ様のお人形」
 
 成蘭の宮廷から充てがわれたその部屋で、可憐なる少女は膝を折り、瞳を閉じ、手を組んで祈りの言葉を紡ぐ。
 
 それは聖なるものに祈りを捧げる聖女。少女王。
 
 しかしその祝詞は聖石アクアマリンへのものではなく、平和への祈りでもなく、自分が人間であった事すら忘れたかのような、魔のモノへの爛れた忠誠の言葉だった。
 
 所有の刻印は犠牲者の上で猛威を振るう。主人を思い浮かべ忠誠の言葉を紡ぐ度に、リエラの精神は幸福感に満たされ、全身に性的にも似たえもいれぬ快感がもたらされる。
 
 しかしながら、魔のモノの眷属となってもリエラ・エアリーヌは信仰を失ってはいない。彼女には聖職者としての日々や、アクアマリンの神託、愛と平和と、現実との折り合いの努力の記憶が残っている。
 
「…ごめんなさい、エアリーヌお姉様。ごめんなさい、ユリティアちゃん」
 
 聖姉妹たる彼女らが今のリエラを見たら、一体どんな顔をするだろうか? 姉妹への裏切り。アクアマリンへの裏切り。国民への裏切り。それらは間違いない彼女の罪。
 
「ルティーナお姉様……リエラは心も身体もお姉様の物です……」
 
 主人を想うだけで罪悪感は快感に変換される。だから、リエラは罪悪感を感じるために信仰を捨てない。本末転倒だとリエラはその聡明な知性で感じている。自分が壊れていくことを、主人への依存が深まっていくのを自覚する。愛しいルティーナ様は闇の力を与えてくれる。美しい衣装を与えてくれる。幸福と快楽を与えてくれる。その上不老まで与えてくれるのだから。
 
「ふ……ぁ」
 
 リエラは自らの身体の内にドロドロとした欲望が渦巻いているのを感じていた。肉欲、情欲、性欲、あるいは淫欲。聖姉妹を穢す妄想を一瞬でもした自分の堕落に恐れおののき、それが快感に転換されたときの絶頂は今も忘れられない。
 
「……」
 
 敬虔なる祈りを捧げる少女。だが堕ちたるリエラにとっての祈りとは、今や自慰に近しい意味を持つ。だがそれに気がつけるものは多くない。外面は完璧に、内面だけが腐っていくのだ。

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/8/14 15:54
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== Flugel Another Story vol.18 ======

 シャーロフ・アルザングというこの48歳の肥満体の男は、聖マズダー教会の聖職者であり、ルーシェベルギアスにおける教会の責任者である。
 白と黒の豪奢な絹製の法衣に身を包み、金と銀と宝石の宗教的装身具をじゃらじゃらとぶら下げ、見る目麗しい少年少女の侍従を引き連れて、彼は信者たちの集まる聖堂の中、よく響くバスの声色で厳かに神事講釈を垂れる。
 ルーシェベルギアスとの国交樹立からマズダー教会は布教活動を行ってはいたが、今日のように聖堂一杯に信者が参拝するようになったのはアルザングが赴任してきてからのことだ。
 アルザングは清貧などということは口にしない。世界からの富裕層が集まるこの金満富豪国家で、そんな教義など何の意味もなすまい。
 もともと富裕人というものは教育の程度も高く、聖マズダー教会の教えもアフラマスダーの加護も不要の人種だ。彼らにとって宗教などファッションに過ぎない。
 
 
「…そんなもん、全員地獄行きに決まってるだろ」
 本日の宣教を終え、空になった聖堂でアルザングは呟く。
 それぞれの国の貧困層の救済より、教会への寄進をする彼ら。
 開発の名の下で自然を破壊し公害を撒き散らし、低賃金で長時間労働を強いる工場経営者たち。
 金融という搾取構造に寄生し、途上国の血と汗と労苦を吸い続けるダニども。
「俺はお前らから金を巻き上げるために来たんだ。どうせ不労所得。我が教会が活用することで浄財となる。お前らは天国でも買った気分でいればいいさ」
 従者から高級紅茶の入った水筒を受け取りがぶ飲みし、ひと息つくとアルザングは立ち上がる。
 今夜はルティーナ公爵の主催する親睦パーティーに参加しなければならない。あの変わり果てたリエラ・テスレスタの姿を見るのは偲びないのだが、止むを得まい。

投票数:0 平均点:0.00
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/9/10 21:18
ゲスト    投稿数: 0

アヴァシン崩壊前夜

入国管理官「敢行ですか?」
ルティーナ「えっ」
入国管理官「敢行しにいらっしゃったんですか?」
ルティーナ「なぜわかったんですか」
入国管理官「えっ」
ルティーナ「えっ」
入国管理官「大罪はどれくらいですか?」
ルティーナ「はかりしれません」

投票数:1 平均点:10.00
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/9/16 2:41
レゴリス帝国  一人前   投稿数: 84

 フリューゲル490年のある日、レゴリスの若手政治家であるヴァルター・ディットリヒは、レゴリス帝国帝都ブリンストに存在する二大ハブ空港の一つであるガストン・ホルスマン国際空港の国際線ターミナルに居た。
 公務で諸外国に外遊するという訳でも無く、単なる私的旅行であった。
 目的は、数百年ぶりに会う旧知の人物との再会である。

 ヴァルターは自らが乗るラトアーニャ君主国首都アウセクリス行きの便が出発間際ということをアナウンスで知り、空港についてから購入したレゴリス土産を両手に抱えながら搭乗した。

 数百年ぶりに会う旧知の人物との再会を心待ちにしながら。

Flugel Another Story Regolith Side vol.2

「数百年ぶりの再会 前編/Reunion of several hundred years the first volume」

 アウセクリス行きの便は数カ国の空港を経由している事からフライト時間が長いことで有名で、ヴァルターはその暇を潰す為、旧知の人物のこと、そして自分のことについて思い出していた。

 482年前…ヴァルターは「恒星間宇宙船ジャスリー・スリー」という名前のついた宇宙船に乗っていた。
 地球からこの惑星フリューゲルへ向かう移民船のひとつである。
 その宇宙船では魔物と呼ばれる魑魅魍魎が猛威を振るっており、航行と人類は存続の危機に陥っていた。
 あの化け物たちの正体は未だに判らない。だが人類は持てる限りの技術と努力を持って反抗した。
 肉親親戚全てを殺され孤児となってしまったヴァルターもまた「オーダー・オブ・ワイルドファイア」と呼ばれる、民間警備会社の革を被った準軍事組織に入り魔物らに対する復讐を果たそうとしていた。

 ヴァルターがオーダーに入隊後、彼は複数のメンバーと共に新たなチーム「フィブリノーゲン」を結成した。
 そのメンバーの中には今回彼が会う旧知の人物、エリーゼ・シェルストリアが居た。

「初めてエリーゼと出会った場所はオーダーへ入る際の最終面接の時だったな…。」
 ヴァルターはそう独り言を呟く。
 最終面接を行った面接会場には体格の良い人がかなり多かった事もあり、小柄なエリーゼはかなり目立っていた。
 それがヴァルターと彼女の初対面であった。
 不安げに椅子に座る美少女の姿を、ヴァルターは今もはっきりと覚えている。
 もっとも、言葉掛ける勇気など無く、すれ違っただけだったが。

 彼女を含めたフィブリノーゲンのメンバーらは、魔物たちとの最前線に配置された。ただ強化手術を受けただけの、充分に訓練も受けていない新兵たち。復讐心だけを買われた、使い捨ての少年兵。だがオーダーの予想に反し、フィブリノーゲンは生き残った。いつのまにかオーダー内で「最強のチーム」と呼ばれるようになるほどに。
 エリーゼは当初からの戦友だった。境遇はほとんど同じ。だが人生を奪われただけでなく、霊媒化の犠牲者たるエリーゼはなお悲惨であっただろう。
 エリーゼは魔物の玩具として、食糧として、あるいは肉体のスペアとして、魔物の都合のいいように肉体を造り替えられていた。異様な色合いの髪と瞳。不老、不妊、鋭敏な身体、魔物への本能的な畏怖と服従──。彼女は自分自身すら喪失していたのだ。
 エリーゼへの同情と憐憫の情は幾度かの任務と戦闘を重ね、信頼と共感へと変わった。生死と共にしたという、吊り橋効果があったのかもしれない。ヴァルターの中ではエリーゼへの好意が芽生え、気がついたら彼女を愛するようになっていた。
 最も、ヴァルターはそれをエリーゼに告白することは遂に無かったが。

 少年と少女は多数の犠牲の上で、数えきれぬ魔物を駆除した。彼らは慎重でかつ大胆であったが、それだけで勝利や生存は約束されはしない。明日をも知れぬ、死と隣り合わせの日々。
 だがそれはヴァルターにとって、それは輝かしき熱と光の時代だった。初恋の季節。何百年経っても忘れ得ぬ日々。だが、それはある日突然途絶えることになった。他ならぬ自分自身の死によって。

 油断していたわけではない。しかしヴァルターはそのとき判断を誤った。
 プリンセスと呼称されたその未知の魔物はチームの予測を遙かに上回る存在だった。
 正解は逃げの一手であったかもしれない。しかしそれを行うには背後に匿っている生命の数が多すぎた。チームは抗戦を選択し──未知の攻撃により壊滅した。
 覚えているのは、動けぬ身体でプリンセスに止めを刺されていくメンバーたちを見ている光景。少女の姿をした魔物の操る蛇が、メンバーの喉を、太股を、脇腹を噛み切り咀嚼するたびに、恍惚とした悦びの声が魔物から漏れる。一人殺され、二人殺され、次に魔物が狙いを定めたのは──エリーゼ。
 ヴァルターは肉体の限界を超えて立ち上がった。骨は折れ、神経は寸断されている。肉体の修復も追いつかない。なのに立てる。今思い返せば、サイコキネシスの力で肉体を持ち上げていたのだろう。残り少ない命で、魔物を灼滅するために。

 ヴァルターが最期に見た光景はエリーゼに膝枕されているものだった。
 彼女は泣きながら何かを喋っているが、ヴァルターにはもう聞こえなかった。
 ヴァルターは気がついたらエリーゼの頭を撫でていた。
 そして言葉を掛けようとするが、言葉の代わりに出てきたものは血だった。
 ヴァルターは一気に気が遠くなるよう感じ、そのまま意識が途絶えた。

 次に気がついた時はある病院のベットの上だった。
 ヴァルターは混乱していた。
 自分の体を見てみたが、どう考えても自分の体では無かったのだ。
 彼は18歳でありながら、比較的小柄な体だった。だが今の体はそれよりかなり大きい。
 トドメに看護師から自分のではない名前で呼びかけられた。
 ヴァルターは発狂しそうになったが、何故か自分のとは別の記憶があったので、そこから情報を引き出しつつ生活を行う事にした。
 …後にヴァルターは知るが、彼は死の間際に精神寄生の術を無意識に習得し、フィブリノーゲンの戦闘に巻き込まれ死に掛かっていた一般市民に自らの魂を移していたようだ。

 ヴァルターは古巣のオーダーに戻ろうとしたが、今の容姿では自らがヴァルターであることを証明できないと悟り諦めた。
 それから230年ほどが経ち、恒星間宇宙船ジャスリー・スリーがフリューゲルに到着した。
 その時のヴァルターは既に何度か精神寄生を行い、何人もの体を渡り歩きつつ生き長らえていた。
 エリーゼに何時か邂逅できると信じて。

 だが、恒星間宇宙船ジャスリー・スリーはフリューゲルに到着した数週間後には他の星を探し求め出発してしまった。
 その理由は、惑星フリューゲルから発せられる特殊な電磁波によりジャスリー・スリーの大半のコンピュータが不具合を生じること、そしてジャスリー・スリーを制御する超AIと呼ばれる人工知能もまた、その影響に受け動作不良を起こす等の問題が判明したからだ。

 入植を中止することに伴い既に地上に降りた者達にも撤収するよう勧告が出されたが、ヴァルターはフリューゲルに残ることにした。
 エリーゼもこのフリューゲルに残っている。そんな気がしたから。

 その後、ヴァルターは裏でレゴリス帝国の前身の前身であるレゴリス首長国連邦の建国に携わり、レゴリスの地で一市民として暮らしていた。
 レゴリス帝国が再建国され、現政権の前の政権であったビュットナー内閣の頃に当時の与党国家社会主義レゴリス労働者党に入党。
 党員として、帝国議会下院議員として活躍し有名になる。
 ヴェルトミュラー政権に移った頃は党官房長として、国家社会主義レゴリス労働者党解党後は極右政党黄金の夜明け党首として活躍した。

 黄金の夜明けでの内部対立が激しくなった頃にヴァルターは突如黄金の夜明けからの脱退及び現与党レゴリス保守党への入党を発表し世間を騒がせた。
 そして気がついたらレゴリス保守党幹事長を務め、更には帝国外務副大臣も兼務していた。

「うーん……時の流れというものは早いな…。」
 ヴァルターはまたしても独り言を呟く。

 余談だが、ヴァルターはヴェルトミュラー政権の頃に魔術結社レメゲトンに入り、そちらの方でも活躍していた。
 その活躍が目に止まったのか、【色欲/Begierde】のリーゼロッテの推薦によりトントン拍子で昇格し、遂には7大幹部にまで上り詰めた。
 7大幹部になる際には空席であった【傲慢/Hochfart】を名乗った。
 何故かは知らないが、それ以降リーゼロッテからは「傲慢の坊や」と呼ばれている。

 閉話休題。
 フリューゲルに入植してからもヴァルターは暫くエリーゼの所在を知らなかったが、ラトアーニャ君主国の報道等により同国に居ることを最近知った。
「エリーゼがラトアーニャに・・・。」
 同国の報道によると、エリーゼはラトアーニャ君主国のタールウィル選帝侯として活躍し、同国の国家元首である統領の座を巡って現統領の妹アイリス・キルヒアイゼンと対立しているらしい。

 ヴァルターはエリーゼがラトアーニャに居るということを知ってから、無性に彼女に会いたくて仕方がなかった。
 その気持からか公務が滞りがちになってしまったこともあり、帝国総統であるリーゼロッテより「貴方は少し休みなさい」と言われてしまった。
 総統にそう言われた以上、休みは取らざるを得ない。ヴァルターは2週間ほどの休暇を取って、ラトアーニャに居るエリーゼに会うことにしたのだった。

「──お客様、お客様」
「…眠っていたのか。」
「ええ、そうですよヴァルター様。当機はアウセクリスに到着しました。貴方が機内に残っている最後のお客様ですよ。」
「これは失礼した。直ぐ降りよう。」

 旅客機の搭乗口からタラップを用いて駐機場に降りると、その目の前に数台の黒塗りの自動車とSPと思われる男性が数名、そして1人の女性が立っていた。

 ヴァルターと目線を合わせ、何故か確信したような表情をした彼女はこう口を開いた。
「…お久しぶりです。ヴァルターさん」

…To Be Continued

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/9/24 19:42 | 最終変更
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== Flugel Another Story vol.19 ======

 ある帝国の、ある総統官邸にて──
 

 まさか本当に八桁殺すとは思わなかったわ。

 真の平和をフリューゲルにもたらす為に動いた? ふふ。自分自身ですら騙せない嘘はおやめなさい。

 こんなはずでは無かったのよね。思いのままに制御できると。クリスマスまでには帰れると。

 発端となったマリアリアのせい?

 抵抗するノイエクルスのせい?

 裏切り者のエルジアのせい?

 国益を求めるレゴリス市民のせい?

 生贄を求めるレメゲトンのせい?

 止めてくれなかった夫のせい?

 運命を操る私のせいかしら。

 いいえ、これはあなたの罪。

 あなたの決断によって地獄の釜の蓋が開いたの。

 貴方にも聴こえるでしょう。死者たちの悲哀の声が。怨嗟の声が。

 それは常に貴方を取り巻いて、貴方に残ったわずかな良心を苛むの。

 既に人間を超えたと思った? いいえ。人間はどこまでいっても人間なの。

 レゴリスは勝利するでしょう。でも勝利は貴方の魂を救わない。

 動き始めた殺戮の歯車は止められない。自己正当化の余地すらない。

 貴方の魂を救えるのは私だけ。

 私だけが大罪人の貴方を受け容れて赦してあげるの。

 戦いが終わったら、二人で旅行に行きましょう。

 傷心の貴方を慰めましょう。

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/10/13 18:29
レゴリス帝国  一人前   投稿数: 84

 旅客機の搭乗口からタラップを用いて駐機場に降りると、その目の前に数台の黒塗りの自動車とSPと思われる男性が数名、そして1人の可憐な美少女が立っていた。
 ヴァルターはこの出迎えに少々混乱していたが、それを断つかのように少女はヴァルターと目線を合わせた。
 その刹那、何か確信したような表情をした少女はこう口を開いた。
「…お久しぶりです。ヴァルターさん」

Flugel Another Story Regolith Side vol.3

「数百年ぶりの再会 後編/Reunion of several hundred years the second volume」

「エリーゼ……なのか?」
「ええ……そうですよ。やっと会えましたね。ヴァルターさん♪」
 エリーゼは首を少し左に傾け、そう笑いかけてくれた。
 その姿は……紛れも無くエリーゼだった。
 もちろん、最後に会った時から400年以上経過していることもあり、外見こそあの頃とは変わっていなかったが、雰囲気はかなり大人になったような、そんな感じがした。
 ヴァルターはエリーゼをじっと見つめる。
 きらめくようにつややかな髪、見ているだけで引き込まれそうな青色の瞳、落ち着いて上品だが愛嬌のある佇まい…。
 全てがかつて見たエリーゼの姿と一致した時、ヴァルターは無意識にエリーゼを抱きしめた。
 ヴァルターに突然抱きしめられたエリーゼは最初こそ戸惑っていたが、直ぐにそれを受け入れた。

 少しの間抱き合っていたが、この場所は駐機場。旅客機を整備するスタッフたちも大勢いる。
 彼女は統領選挙に出馬している最中なのだから、公衆の面前でそのような事をされては困る……。とSPの一人が止めに入る。
「シェルストリア様、ここは人の往来が激しいですから一先ずお車の中へ……。」
 そうですね。とSPに言葉を返した後、エリーゼはヴァルターの手を引いて黒塗りの自動車の中へと案内する。

 エリーゼはヴァルターを後部座席に座らせ、自らはその隣の席に座った。
「このままタールウィルの私の屋敷へ行って下さい。」
 運転手は無言で頷きつつ、他の自動車へ無線で行き先を告げ、前方の自動車から順次タールウィルに向け走り始める。

「さて…改めて。お久しぶりです。」
「ああ、久しぶりだね、エリーゼ。」
「しかし……あの頃と全く変わっていないね。外見然り、性格然り。違うのは雰囲気くらいだよ。」
「…そういうヴァルターさんは、外見こそ変わっていますが、雰囲気や性格は全く変わっていませんね。」

 これを皮切りにヴァルターとエリーゼは、自動車に揺られながら様々なことを話した。
 エリーゼとの出会い、フィブリノーゲンの昔話、ヴァルターが倒された後のエリーゼの話、フリューゲル到着後の生い立ち……。
 数えればきりが無いほど話した。
 エリーゼと会話をしていると、気分が安らぐ…ヴァルターはそう改めて感じた。

 気がつけばヴァルターらを乗せた自動車の車列はタールウィルにあるエリーゼの屋敷に入ろうとしていた所だった。
「(意外と小さいな……)」
 ヴァルターは自動車の車窓から見えたエリーゼの屋敷を見やった。
 屋敷と言われると、どうしても【怠惰/Tragheir】のセシリア・アルヴィドソンが所有している巨大な屋敷を連想してしまう。
 しかし、エリーゼの屋敷はそれとは比べ物にならない程規模が小さい。
 最も、世間一般ではこれ位の規模でも十分屋敷と言えるのだろう。

 正門をくぐり、正面玄関の前にあるロータリーに自分たちの乗った自動車が停車した。
 エリーゼに乗った時と同じように手を引かれ、ヴァルターは自動車から下りると、正面玄関の方に数名の執事やメイドが視界に入った。
 彼らは自分達を視認すると、「お帰りなさいませ。シェルストリア様。そしてディットリヒ様。」と声を掛けてきた。
 
 執事らの出迎えの後、ヴァルターはエリーゼと一旦別れ、執事に案内され客室に向かった。
「シェルストリア様がこちらの屋敷に戻るのは1カ月ぶりの事です。」
 客室に到着した後、ヴァルターは執事との雑談に興じていた。
 執事曰く、普段はルセナールにある紫煙の図書館のとある部屋に住んでおり、この屋敷に来るのは数カ月に1回位しか無いそうだ。
「──では、私はそろそろ戻らさせて頂きます。後程、夕食の御用意が出来ましたら呼びに参りますので……。」
「分かった。ここに留まらせて悪かったね。」
「いえいえ、別に構いませんよ。では、ごゆっくりお寛ぎ下さい。」
 そう言って執事は退室した。

 執事が退室した後、ヴァルターは旅客機に乗る前に空港で購入したレゴリス土産を整理していた。
 レゴリス土産の内訳はユーハイム・ティー・マイスターという帝国では有名なお菓子ブランドの各種お菓子、ワイン等計10点だ。
「しかし自分は何故これを買ってきたのだろうか……。」
 ヴァルターは古めかしいデザインをした机の上に乗っかっている大きな紙袋を椅子から眺めた。
 その大きな紙袋にはATELIER NIGHTMAREのロゴが入っていた。
 アトリエ・ナイトメア……。帝国で最も有名かつ最古のロリータ・ファッションブランドである。
 空港に着いた際、再会を祝してエリーゼに何かプレゼントをしたいと思ったヴァルターは、何故かアトリエ・ナイトメアの店に直行し、そこでエリーゼに似合いそうな服を探して購入してきたのだった。
 鮮やかな赤に染め上がった別珍ローテとローゼワンピース、そして黒色の小さいシルクハット……。
 自分的にはエリーゼに似合うとは思うが、自信が無い。とヴァルターは思っていた。
「喜んでくれると良いんだが……。」
 ヴァルターはそう独語した。

 暫くして、先ほど雑談した執事がヴァルターを呼びに来た。夕食の準備が出来たそうだ。
 ヴァルターは執事の後ろについて行き、1階の大食堂の方に向かった。
 大食堂の中にあるテーブルには何も置かれて無かった為、ヴァルターは少し戸惑ったが、執事の案内で大食堂に隣接するベランダに移動した。
 そこに並べられているテーブルの一つに、豪華な料理が並べられたテーブルがあった。
 ヴァルターはそのテーブルのすぐ近くに置かれた2つの椅子の片方に座る。
「エリー……、シェルストリアさんはまだ来られていないのですか?」
 ヴァルターは自分をここに案内した執事に質問する。
「シェルストリア様は只今御召し替えをされているそうです。」
 そうですか……と言い、暫くヴァルターは無言になる。

 それから凡そ5分後、エリーゼがやってきた。
 奇麗に着飾った彼女の姿を見たヴァルターは時を忘れ、暫く見惚れていた。
 やがて、ヴァルターにじっと見つめられているのが恥ずかしくなったのか、エリーゼの頬が少し赤くなった。
「…ヴァルターさん、その、じっと見つめられていると恥ずかしいんですが……。」
「ああ、ごめんごめん。エリーゼがあまりにも奇麗だったから、見惚れてたんだ。」
「もう、ヴァルターさんの馬鹿」
 そう言ってエリーゼはぷいと顔をそむける。
「(本当に可愛いなぁ、エリーゼは)」
 そう思いつつ、彼らはささやかな夕食会を始めた。

「──もうこんな時間か。」
「あ、本当ですね。」
 時刻は午後9時を回っていた。夕食の後、2人はそのままベランダで雑談していたのだった。
「……さてと、自分はもう寝させてもらうよ。」
「そうですか……。」
 エリーゼが一瞬残念そうな表情になったが、即座に元の表情に戻った。
「おやすみなさい。ヴァルターさん。」
「ああ、おやすみ、エリーゼ。」
 そう言ってヴァルターは自分に宛がわれた客室に戻り、客室にある浴室で入浴した後、客室に置いてあるダブルベットに倒れこみそのまま寝てしまった。

 ぐっすり寝ていたヴァルターは急に飛び起きた。理由は簡単だ。近くに何らかのモノが居る事を自分が持つ端末が探知したからだ。
 ヴァルターは魔術結社レメゲトンの最高幹部の一員である事から、反レメゲトンを掲げる団体の暗殺の標的になりやすい。
 その為、ヴァルターは寝ている間も端末を起動させ、常に周辺を警戒させている。
 普段なら結界も張るが、ラトアーニャではそのような事は起きないだろうと踏んでいたから張っていなかった。
 懐中時計で時間を確認すると、時計の針は深夜の1時を指していた。
「やれやれ……ここで戦闘はあまりしたくないんだがな……。」
 そう言いながら、ヴァルターはいつも携帯しているサーベルを持ち、端末が探知した場所、客室に隣接するベランダに移動した。

 ベランダに通じる扉を開くとと、そこには手摺に寄りかかり夜空を眺めているエリーゼが居た。
 彼女は夕食会とは別の──更に豪華なドレスを着ていた。
「(ああ──端末が反応した理由はこれか)」
 ヴァルターは即座に理解した。
 彼女はメディウムと呼ばれる──要は魔物に良いように体を作りかえられた人種の事だが、その人種特有の能力として、魔物の姿に変身して、その魔物の能力を用いて戦闘を行うというものがある。
 彼女はこの能力を行使して、リリス/Lilithに属する魔物──プリンセスになっていたのだ。
 ヴァルターの端末は様々な魔物や魔術師等を探知するようにプログラムされていたから、恐らく端末はエリーゼに対して反応したのだろう。
「(しかし──プリンセスか)」
 ヴァルターはプリンセスの服装を着たエリーゼを見て、何とも言えない感情を抱いた。
 確かに、プリンセスの姿であるエリーゼは凄く美しい。今すぐにでも抱きしめたい位に。
 だが──ヴァルターはそのプリンセスによって致命傷を負い、結果として死んでしまったのだから、当然の感情とも言えるだろう。

 扉が開く音に気付いたエリーゼは、その音の鳴った方向を見やった。
 ヴァルターと目が会ったエリーゼは驚くような表情をしていた。
「…こんばんわ、エリーゼ。」
「……こんばんわ。」
 そう挨拶を交わした後、ヴァルターは手摺に寄りかかるエリーゼの隣に陣取り、手摺に寄り掛かった。
 ヴァルターは夜空を見上げ、こう独語した。
「…星が、凄い奇麗だ。」
「そうですね……。」
 少なくとも、レゴリスのブリンストから見上げた夜空よりは星が見えていた。
 恐らく、この屋敷がタールウィルの中心部よりかなり離れた場所に位置しているからだろう。とヴァルターは思った。
 ──暫く無言になってしまったが、程なくしてエリーゼが口を開いた。
「……そう言えば、まだ一つ聞いていなかった事があったのですが、質問しても良いでしょうか?」
「ん?構わないけど。」
「ヴァルターさんは、あの時、何を私に伝えようとしたのですか……?」
「 あの時、か……。」
 恐らく自分があの化け物──プリンセスによって致命傷を負い、エリーゼに看取られながら死んでいった時に、彼女に伝えようとした言葉の事だろう。
 その言葉を伝えるのが、今回のラトアーニャへ来た最大の目的だった。
「……そうだね、あの時は──」

「『貴方の事がずっと好きでした。』と伝えたかったんだよ。」
「──!」
 エリーゼは驚いた表情をしていた。
「そしてその気持ちは──今も変わらないんだよ。エリーゼ。」
 そう言ったヴァルターは間髪入れずエリーゼを抱き締めた。
「エリーゼ……僕は君の事が大好きなんだ。愛おしくて堪らないんだ。」
「………」
 双方共に黙り込む。
「…私の事、忘れていたのかと思ってました。」
「まさか。あの時の後も、ずっと君の事を想っていたんだよ。」
「──ふふ、私と同じですね。」
 ヴァルターは無言でエリーゼの言葉を聞き続ける。
「私も、ずっと貴方の事を想っていたんですよ。ヴァルター。」
 そう言ったエリーゼは突然接吻してきた。
 ヴァルターとエリーゼの唇同士が少しだけ触れる短いキス。
 ヴァルターは少し混乱していたが、エリーゼは気にせず言葉を続ける。
「…私も大好きですよ。貴方の事を愛したくて堪らないんです。」
 ヴァルターの、数百年も続いた片想いが両想いへと変わった瞬間だった。
「エリーゼ…」
「ヴァルター…」
 お互いの名前の呼び合いつつ、彼らは接吻を繰り返す。
 まるで自分達の愛を確かめるかのように……。

Fin

◆あとかぎ
自分にはSSを書ける文才は無いのですが、何を血迷ったのか前後編に分かれる程長いSSを書いてしまいましたw
でも、なんとか完結したので良かったなぁと思う次第です。
最後に、推敲をして下さったveirosさん、許諾を下さったラトアーニャさんに最大限の感謝を。

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/10/19 0:32
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== Flugel Another Story vol.20 ======

 まがりなりにも夢魔を自称するルティーナの寝室は豪奢の一言に尽きる。夢魔にとって寝室は聖域。内装、寝具、照明…すべて最高のものを揃えている。唯一、部屋の主が毎夜別の男を、あるいは女を連れ込むという習慣からいまや淫魔という有難くも無い二つ名まで付いていることが唯一の汚点ではあるが。
 今夜、夢魔の帳を越える栄誉を賜ったのは、ルティーナが王子様と呼ぶ黒石治宗という若者。二人が出会ってからもう何年も経つ。交わした言葉、共にした夜は数えきれぬほど。治宗はイニストラードの統治、大戦の停戦会議を支え、今や夢魔の愛人、恋人、主従、親友──盟約者としての地位を得ている。
「盟約者なんて持ったのは数百年ぶりなの。名誉なことよ」
「ほんの少し──複雑な気分だね。僕の前にも君と盟約した者がいると思うと」
「夢魔の思い出は上書き保存。前の盟約者のことはもう何も思い出せないわ。ふふ、だから今のルティーナには王子様だけ」
「…そして、僕もいつか忘却の彼方に消えるのか」
「ええそうよ。王子様は人間だから。あと50年も経てばおじいさんになって、100年も経てばお墓の中。死が二人を分かつまで、ルティーナの側に置いてあげる。きっと貴方のために泣くでしょう。でもしばらくすれば新しい盟約者がでてくるわ。数百年も前の恋人を覚えているなんて──それは妄執。」
「手厳しいね。永遠を生きる君に永遠はないと」
「永遠より刹那。今この瞬間はルティーナはあなたのもの」

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/10/30 2:54
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== Flugel Another Story vol.21 ======

 カジノはルーシェベルギアスの主要産業のひとつだ。
 ミストメドウというカジノホールは世界有数の規模を誇り、一夜に動く金は世界最大となる。
 ミストメドウは国営カジノと思われている。実際はルーシェベルギアス公爵家の私有財産であり、その収益は国庫には一銭も入らない。国庫と公爵家財産は厳密に分けられており、圧倒的に後者の方が規模が大きい。国土の85%は公爵家の私有地であり、鉱山もまた公爵家のもの。もちろん国家として最大の納税者はルティーナ・エルツ・ルーシェベルギアスそのひとである。
 カジノスタッフは全員カベルネ・ソーヴィニヨンの現地人であり、そしてカジノで遊ぶことは許されていない。

「そんなうんちくはどうでもいいの。今重要なのはのるかそるか」
 この可憐な公爵閣下はポーカーのテーブルについていて、円卓についている七人のプレイヤーの一人としてカードを眺めている。
 プレイヤーたちに渡されたカードはそれぞれ2枚。まずこの2枚でゲームを続行するか降りるかを決断しなくてはならない。
 苦渋の声とともに早々に一人脱落した。レゴリスの投資家ミハイル・コルサコフは2枚のカードのみで撤退を判断。ルティーナとテーブルを囲めた栄誉を述べて席を辞した。
「…あの」
「急にどうしたのエーファ。難しい話なら王子様にしておいて」
「レゴリスの新総統にヴァルター・ディットリヒが就任しました」
「ふうん」
 ルティーナはディーラにゲームの続行を告げる。テーブルの中心には5枚のカードが伏せられており、そのうち3枚のカードが明らかになる。プレイヤーは手札の2枚と、テーブルの3枚を見比べて合計5枚。プレイヤーたちがそれぞれ顔色をうかがう。なにしろポーカーの勝者はテーブルに一人しか存在できず、その一人が掛け金を総取りする。一時間近くこのメンバーでポーカーに興じていたが、ハイライトとなる今回は、富豪のコルサコフが真剣に悩む程度には高額の金が掛けられている。プレイヤーたちの視線。手の震え。声の震え──それらは心理的情報となってルティーナに判断の材料となる。彼女もまた緊張や葛藤と無縁ではない。彼女はかなりのカードを読めはするが、百戦百勝というわけでもない。
「コール」
 ボード上の3枚のカードを見て、ルティーナはゲームの続行を告げた。全員のコール確認後、ディーラーによってテーブルの上の4枚目のカードが明らかになる。手札の2枚とボードの5枚で役を作り、ショウ・ダウンするルールだ。
「リーゼロッテ…さんといえばいいのかしら? 彼女は何してるの」
「ジャスリーさまと旅行を計画中です」
「そう…。エーファのお役目もおしまい?」
「はい。帰国するかどうかは好きにしろと」
 ゲームが進む。脱落者がいない。それはつまりテーブル上の掛け金の合計が莫大な金額となっており、かつ全員が何らかの勝算を持っているということになる。対面に座っているスオミ・エストニア副王家のパルヌ伯アルフレートもコールを宣言した。
「レゴリスから、国交回復交渉のために首脳会談を提案されています」
「あら、まだ国交してなかったの。ファッションショーのときは何も言われなかったけど」
「講和交渉が長引いていましたから…」
「王子様の仲介を蹴って、王子様の仲介案とほとんど変わらない内容で講和だったっけ」
「いろいろ事情があったんでしょう。会談の時につっこんでみては」
「フォールド」
「えっ?」
 エーファ・ブルーンスは主の脱落宣言に、素っ頓狂な声を上げて周囲の注目を浴び、縮こまった。
(フラッシュで降りちゃうんですか)
(ジャックしかないの。フラッシュ同士になったら負けちゃうわ)
 ショウ・ダウンされ、カールスラントの貴族令嬢フレゼリシア・Z・メートヒェンヴェルトがエースを含んだフラッシュで場を制した。
 ローティーンの少女に数億Vaに相当するプラチナ・チップの山が押し出され、拍手が巻き起こる。
「おめでとう。メートヒェンヴェルト」
「あ、有難うございます。ルティーナ公爵様」
「可愛いわね。後で私の部屋に来なさい。ご褒美をあげる」

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レゴリス帝国  一人前   投稿数: 84

Flugel Another Story Regolith Side vol.4

「魔法使いと魔女の恋の行く末/Fate of love of witch and wizard」

 クラーシェとレゴリスの首脳会談が終わった夜、帝国総統ヴァルター・ディットリヒと、クラーシェ誓約者同盟皇帝エリーゼ・シェルストリアは二人仲良く恋人つなぎをしながら、ベレッツァ島の浜辺を歩いていた。
「……ヴァルターが言っていた通り、綺麗ですね。バルニッツァの海は……。」
「ああ……。本当に綺麗だ……。」
 月明かりに照らされたバルニッツァ海は誰から見ても綺麗だが、同じく月明かりに照らされたエリーゼのほうが綺麗だ。ヴァルターはそう思った。
「でも、君のほうが綺麗だよ。エリーゼ」
「もう…ヴァルターの馬鹿」
 それっきり二人は黙ってしまい、彼らの足音と、浜辺に波打つ音のみが聞こえてくるようになった。

「…ヴァルター…。」
「ん?」
「ちょっと歩くのに疲れたようです…。だから彼処に座りたいのですが……いいですか?」
 エリーゼが指さした方向には浜辺に打ち上げられている1本の流木があった。枝はもうついていないから十分座れるだろう。
「ああ、構わないよ。」
 そう言って流木のある方向に歩を進める。

「…しかし、もうエリーゼと出逢ってから500年近く経つのか…。」
 流木に腰掛けたヴァルターが静かに口を開く。
「ええ……。時が経つのは早いものです。」
「この広いフリューゲルという惑星の中で、あの宇宙船での出来事を憶えているのは今や自分たち2人だけ……か。」
「ふたりぼっち、ですね……。」
「ああ……。でも、500年近く経ったのにも関わらず、君と再会出来たのは本当に良かったよ。」
「……。」
「お陰であの時言えなかった気持ちも言えたし、今こうして一緒に居られる。これまで諦めず生きていて良かったと思えたよ。」
「……。」
 エリーゼは黙ってヴァルターの言葉を聞いている。
「──エリーゼ。」
「…はい。」
 そう言ったヴァルターは一呼吸置いたあと、こう言った。
「結婚しよう。」
 そう言ったヴァルターは自分のポケットから、一つの紅い小さなケースを出して、エリーゼの前で開く。
 そこには紅く輝くルビーの指輪があった。
 それを見たエリーゼは急にポロポロと涙を流し始め、ヴァルターを動揺させた。
「……結婚はダメ…なのかい?」
「…いえ、嬉しくて……涙が止まらないんです。」
「…!それじゃあ──」
「はい…。私、エリーゼ・シェルストリアは、ヴァルター・ディットリヒの妻になります…!」
「…エリーゼ……ありがとう」
 そう言ったヴァルターはエリーゼに短いキスをする。
「エリーゼ…愛してる」
「私もです。ヴァルター…」
 彼らのキスの時間はやがて長くなり、そして──
 二人は互いの愛を確かめ合った。

 ──気がついたら、真夜中であった筈なのに日が登り始めていた。
 真夜中に別荘を抜けて、しかも首脳会談の相手と話していたと言う事がバレたら流石に不味いと感じたのか、ヴァルターがこう口を開いた。
「…流石にそろそろ戻らないと不味いな。」
「ですね……。いっその事、今日の共同記者会見で婚約発表でもしますか?」
 エリーゼの提案に一瞬驚いたが、ヴァルターはすぐに同調した。
「良いね。記者共の面喰らった顔を見てみたいし…ね。」
「ええ…。」
 そう言って二人はクスッと笑う。そしてエリーゼがこう言った
「これから宜しくお願いしますね。ヴァルター……いえ──私の旦那さま」

Fin

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「魔女の夢の終わり」

 海の上。太陽の日差しの下。レゴリス行きの豪華客船の甲板の上で。
 ふりふりの白いロリータを着込んだ少女が幾つもの紙袋を抱えて、おっかなびっくりと歩く。
 全てが上質の絹でできているかのような美少女。清楚、可憐、無垢。天使と名乗れば通用しかねないほどの。見るもの全てが彼女の幸せを望まずにはいられないだろう。
「──!」
 急な潮風が天使を襲い、身を縮込ませた彼女から日除けのおしゃれな帽子を巻き上げた。
「待って!」
 天使の叫びも虚しく、帽子は見る間に彼女の手の届かない高みに。
 声に気が付いた人影が振り向いた。偶然か必然か運命か、帽子は海に落ちる前に、振り向いた彼にすんでの所で救助された。
「……気を付けるんだ」
「はい。有難うございます」
 抱えた紙袋で両手が塞がった彼女に、彼が帽子をかぶせる。
 慣れ慣れしかったかなと呟く彼に、彼女は微笑んで礼を述べた。
 そして気が付いた。彼の風貌に。軍人だろうか? 隆々にしてしなやかな体躯と、腰に掛けた日本刀。そして琥珀色の右目と青色の左目が彼女の目を引いた。
 目が合う。彼女はこれまでの旅で、数多の賛美と羨望の視線を受けてきたから、見つめられることには慣れている。だが男性と視線を絡ませ合うというのは初めての事で、彼女は自分が大胆なことをしていることにふと気が付き、赤面して顔を逸らした。
「ご、ごめんなさい」
「気にしなくていいさ。……旅行は楽しいかい?」
「はい。リゼットはお友達のジャスリーと、世界一周してきたのです」
「世界一周か。それは凄いな」
「はい。エーラーンにも、ノイエクルスにも、東方にも。アドミラルにもルーシェベルギアスにも。ジャスリーと一緒に、フリューゲルの世界すべての国々を回りました。捜し物があって足かけ三年にもなってしまいましたけれど」
「世界を巡っての捜し物か。……聞かせて貰ってもいいかな」
 彼は彼女の紙袋を代わりに持ち上げて、ベンチを示す。
「え? ……はい。リゼットは……ジャスリーと出会う前の記憶がないのです。ジャスリーはお医者さんで、リゼットを知る人を見つければ治るって。だから二人で探していて」
「見つかったのかい?」
「……いいえ。見つかりませんでした」
「レゴリスに戻ったらどうするつもりなのか。また旅に出るのかい」
「いいえ。……旅を続けるうちに、少しづつわかってきたのです。リゼットは普通の人間ではないと。貴方ならわかりますでしょうか。世界には魔力満ちる人間がいることを」
「……ああ」
「リゼットのこの姿も、その発露。きっとリゼットは、覚醒すれば凄い事ができてしまいます。恐ろしいことも。ジャスリーはこう言いました。無知は罪ではないと。忘却は安寧だと。記憶が戻らなくとも、今のリゼットが幸せを積み上げていけば良いと」
「……真理だね」
「だから、レゴリスの土を踏んだらリゼットの旅はそれでおしまいです」
「過去は怖い?」
「……怖いです。とても。過去のリゼットはきっと、記憶を失ったのでは無く、消したのだと。きっと、消さざるを得ない絶望があったのだと」
「俺は、」
「……?」
「君を知っている。記憶を消した理由も。旅に出た意味も」
「……え?」
「俺は誓ったんだ。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しきときも、君を愛し、君を敬い、君を慰め、君を助け、その命ある限り、真心を尽くすと」
「……」
「君は俺の事も忘れてしまったのか」
「……いいえ。いいえ。忘れるわけがないわ、駆。…私の駆。」
「戻ってくるんだ。リーゼロッテ・ヴェルトミュラー。我が妻よ。」
 
 
 
(お姫様の呪いを解くのはいつでも王子様の接吻)
 夢魔の王は自らの呪いを打ち破った二人を祝福し、これから二人に降りかかるであろう難事に思いを馳せる。
 そして人知れずフリューゲルから別の世界へとプレインズウォークした。
 次の世界の旅も、きっと楽しいだろう。

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